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第14話 密林の怪しい影 消えた足音

 密林の中を進む3人。会話は弾み、次第に打ち解けていく。道中、フェリーニャはテラベストラについて少しだけ教えてくれた。テラベストラには決まった場所に住んでいる者は少なく、基本的には家というものを持たない。そのため、オージが空から見ても集落が発見できなかったのだ。しかし王とその家族だけは例外で、テラベストラの中心に位置する大樹に身を置いているとのことだった。オージとワカは、今まで自分が進んできた道が間違いではなかったことに一安心する。

 そんな中、ふとワカが何かを思い出したように声をかけた。

「そういえば、フェリーニャ強いな!」

 先を歩くフェリーニャの尾がわずかに振れる。 

「私なんて大したことないわ」

 手を剣の柄に置き、俯くフェリーニャを見てオージが声を上げた。

「大したことないってことはないだろ!」

「オージ圧倒されてたもんね」

 ワカはオージをからかいつつも、フェリーニャの様子を伺う。

「うるせぇ!俺だって魔法が使えりゃ……」

 オージもワカの言葉に反応しつつ、フェリーニャを気にしている。

 フェリーニャは一瞬立ち止まり、密林の木々を見渡す。

「このクニでは剣術がいくら優れていようと強さとは認められないの」

 オージとワカはこれまでと違う彼女の力のない声を不思議に思ったが、言葉はかけられずにいた。フェリーニャは逃げるように話題を変えた。

「そんなことより、あんた魔法が使えるの?」

「まあな!」

オージは自信満々に親指を突き立て、横に並ぶフェリーニャに笑いかけた。

「魔法って本でしか見たことないの!何ができるの?」

 フェリーニャの目は少しだけ輝きを取り戻している。

「雷出したり、纏ったり、まあほとんど戦闘用だな」

 誇らしげに語るオージ。

「あと、宙に浮く魔法も使えるよね」

 ワカも2人の後ろから会話に割って入る。

 オージは振り返って、ムスッとした顔でワカを睨んだ。

「何でお前が答えんだよ!」

 フェリーニャは横目で2人の掛け合いを見て自然と柔らかな表情になる。木々の合間を縫って差す陽光が3人を明るく照らし、彼女の耳が嬉しそうに小さく動いた。

「使ってるとこ見せてよ!」

 オージに笑いかけるフェリーニャ。オージも胸をはって答えた。

「もちろん!まあ王様に会った後にな!」

 フェリーニャはオージの言葉を聞いて、ハッと思い出すような顔をする。 

「そういえば王に伝えたいことって何?」

 真剣な顔をして尋ねるフェリーニャ。オージも少し緊張した面持ちで答えた。 

「俺たちのクニでは魔族の痕跡が発見されてて、呪力を纏った獣に村が襲われたりしてんだ。」

 オージに続けてワカが補足する。

「この異常事態を各クニの王様に伝えて、情報共有をしておくというのが今回の私たちの目的なんだ」

 フェリーニャの尾が静かに揺れ、考え込むように呟く。

「なるほど……もしかしたら、最近このクニで起きている狂暴化とも関係がありそうね……」

「狂暴化?」

 オージが首を傾げて尋ねると、フェリーニャは厳しい口調で説明を続けた。

「そう。突然、自我を失って暴れだす民が後を絶たないの。それに狂暴化した民のそばで獣人族ブラッドロアではない怪しい二人組を見たという報告が相次いでるのよ」

 ワカは一歩立ち止まって分析している。 

「自我を失うというのはヒューマニアで見たものと少し様子が違いそうだが、異変が起きていることは確かだね」

 その時、ワカの視線が密林の奥で何かを捉えた。木々の合間に黒い霧のようなものが揺れ、一瞬だけ怪しい人影が横切ったかのように見えた。立ち止まったまま、じっとその方向を観察するワカ。

 しかし、オージとフェリーニャは気づかず歩き続ける。

「それでさっき襲いかかってきたってわけか」

「そういうことよ……今このクニで一人でいるのは危険よ」

 フェリーニャは剣の柄を握り込み、鋭い視線をオージに向けた。 

「大丈夫だろ!さっきはやられちまったけど、俺結構強いんだぜ!」

 オージは、ニヤリと笑い軽口を叩く。フェリーニャの耳がピンと立った。

「むしろその方が危険よ」

 脅かすように声を低くしてオージに告げるフェリーニャ。

「何でだよ……」

 オージは思わず、唾を飲む。フェリーニャがオージに顔をぐっと近づけて呟いた。 

「抵抗すれば死刑にされちゃうわ」

「死刑!?」

 オージは目を丸くして声を上げる。

 フェリーニャはクスっと笑い、オージを安心させるように続けた。 

「クニを守るためよ。まぁ、私と一緒にいる間は大丈夫だから安心して!……ってあれ?ワカはどこ?」

 オージが振り返るとそこにワカの姿はなかった。木々がざわめき、彼の背筋に冷や汗が流れる。フェリーニャも鋭い目で周囲を見渡し、剣の柄に手を置いて警戒を強める。吸い込まれるような深い密林の中、一瞬にして重くなった空気が2人にのしかかった。


 それから2人は辺りをくまなく探したが、ワカはどこにもいなかった。不穏な風が吹き、オージの心臓が早鐘を打つ。 

「悪りぃなこんなことに、付き合わせちまって」

 オージは必死に探してくれるフェリーニャに詫びを入れると彼女は首を振った。

「私も注意が足りなかったわ。私は慣れているけど、この密林は初めての者には少し優しくないから」

 オージは肩を落とし、意気消沈してしまった。 

「あいつどこいっちまったんだよ……」

 その時、フェリーニャの耳がピンと立った。 

「ニャ!? この雄叫びは……」

 密林の中をつんざくような雄叫びと何かを知らせるような打楽器の音が響き渡る。オージの拳がギュッと握り込まれ、2人の間に緊張が走る。

「どうしたんだよ」

 オージは絞り出すように問いかけた。

 フェリーニャは密林の闇を見つめながら震えた声で呟く。

「このままじゃワカが殺されちゃうわ」

 空気を震わせる咆哮がより一層密林の闇を深くする。心臓の鼓動はさらに早く、激しい音を立てる。滴る汗は地面に落ち、オージの不安を煽る。

 一筋縄ではいかないテラベストラの旅が今、幕を開けようとしていた。

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