オージとワカがテラベストラの地に足を踏み入れてからはや数時間。絡み合う巨大な樹木と苔むした地面に囲まれた道を2人は彷徨っていた。湿った空気が肌にまとわりつき、葉の隙間から差し込む薄い陽光が道をぼんやりと照らす 。2人の足取りは次第に重くなる。遠くで獣のような遠吠えが響く密林の中、2人の間に突然情けない音が響いた。
グゥ〜〜
「いつになったら人に会えるんだぁ」
額の汗を拭いながら、辺りの木々を見渡し、オージは呟いた。
「こっちの方が栄えてそうだといったのは君だろう?」
オージはここについてすぐに
「あっちもこっちも木ばっかで分かんなかったんだよ!」
オージの目に映ったのは見渡す限りの密林。残念ながら切り開かれた集落は見当たらなかった。2人はとりあえず目についた巨大樹を目指して歩いていたのであった。
空腹にしびれを切らしオージが立ち止まり提案をする。
「扉からヒューマニアに戻って腹ごしらえしねぇか?」
ワカは、オージの言葉に立ち止まる。眉を少し上げ、目を見開き、驚いたような表情でオージを見つめる。
「ん?あの扉は出口だぞ?」
オージは一瞬言葉を失い、目を丸くする。
「それはどういう意味だ……」
ワカは淡々と、しかしどこか楽しげに説明を続ける。
「扉は入口と出口に分かれてる。あの扉からヒューマニアには帰れないよ」
オージは頭を抱え、声を張り上げる。
「な!!お前は、また大事なことを……」
ワカの説明によると、それぞれのクニを繋ぐ門は複数ある。どのクニと繋がっているかはクニによって様々だが、門には2種類ある。それぞれ入口と出口の役割を担っているが、これは門を通るものが外敵だった場合に備えてである。そのため、入口はクニの中心部にあり、出口はクニの外れにあることが多い。守りやすく、攻められにくい。これが門の基本である。ちなみにヒューマニアのように試練があったり、門の場所が分かりにくかったりなど、門を通るために障害があるクニがほとんどだ。
「……というわけで、このクニの王に早く会って目的を達成して、このクニにある入口に案内してもらわねばな!」
オージは深いため息をつき、疲れた目でワカを睨む。
「本当に先が思いやられるぜ……」
2人は再び歩き出すが、道は険しく複雑だった。道とも言えないような木と蔦に覆われた密林の中を2人は掻き分けながら進んだ。突然、耳に手を当てワカが立ち止まった。
「何か音がしないか?」
オージも顔を上げ、耳を澄ませる。確かにどこから岩を叩くような金属音と気迫のこもった声が聞こえてくる。
2人は声のする方へと歩を進めた。次第に声がハッキリと聞こえだす。
「ニャア!」「ヤァア!!!」
声は次第に激しさを増していく。2人は草木を払いのけ、茂みからこっそりと顔を出した。
密林の奥、苔に覆われた岩場に開けた空間が広がっていた。
そこにはひとりの少女がいた。全身を覆う銀白色の毛並みは陽光を受けてほのかに光を反射し、風に揺れるたび、柔らかな絹のように波打つ。頭部から長い髪のように綺麗な長い毛が伸び、そのてっぺんから猫のような三角耳が左右にピンと立っている。
少女は剣を構え、何度も形を繰り返すように剣を振るった。筋肉がしなり、柔軟な関節が生み出すその無駄のない所作は、しなやかで舞のようだった。腰から伸びる長い尾が重心を安定させるために左右に振れる。
2人は少女の剣捌きに思いがけず見惚れてしまう。
「すげぇな……」
オージは、我慢できず、声を漏らした。
少女は耳をピクリと動かし、急に動きを止めた。剣を構えたまま、周囲をゆっくりと見渡した。縦に長い瞳孔を持つ琥珀色の瞳が真後ろで息を潜める2人の姿を捉える。
「何者だ!!」
彼女は振り返り、鋭い視線とともに声を上げた。2人は、即座に茂みから出ると手を上げて必死に無害をアピールした。ワカが一歩前に出て、声を掛ける。
「私たちはヒューマニアから来たんだ!」
少女は聞く耳を持たず、一瞬で距離を詰めるとおろした剣を再び構え、その剣先をワカの顔に向けた。
「最近、目撃されている怪しい二人組だな。私が成敗する!」
言い終えると同時に剣を振り上げ、ワカをめがけて振り下ろした。
「あぶねぇ!」
オージはワカを押し退けて剣から遠ざける。剣が地面を打ちつけカンッという金属音が響いた。その隙にワカは少女から距離を取った。少女の標的がオージに 移る。三度、剣を構え、オージに斬りかかる。その瞳は狩りの獲物を狙うように獰猛で気迫が溢れている。
「ニャアァ!!」
オージは少女の初撃を体をよぎり、紙一重でかわす。
「そっちがその気なら!」
そのまま拳を握り、少女の顔をめがけて反撃を試みる。が、少女は剣の柄でオージの腕ははじき、一瞬で間合いを詰める。少女の剣がオージの顔の前で鋭い軌跡を描く。剣はオージの頬をかすめて髪を数本切り落とした。
「こいつ……めちゃめちゃ強ぇ」
汗がオージの頬を伝う。迫りくる少女の剣を必死に避けるオージ。少女の素早く、そして洗練されたその剣捌きは、密林の猛獣そのものだった。
2人の戦闘の傍ら、ワカは自分の懐を弄り、何やら探し物をしている。
後退りをしながらオージは交わす。しかし、足元の苔で足を滑らしてしまう。少女はその隙をついて、剣を一直線にオージの胸元に伸ばした。
「ストップ!!」
少女の剣が、オージの胸を貫く直前、ワカが大きな声で待ったをかけた。ワカは両手に持つ1枚の書物を広げてみせた。
「ほら!見てくれ!国書だ!」
少女の尾は上に伸び、警戒の目でワカの書物をジッとみつめた。
「こいつにそれを見せたところで信用してくれないだろ?」
オージは、冷や汗をかき、苦笑いを浮かべながらも、ワカに語りかけた。
だが、ワカは少女の服に目を留め、冷静に続ける。
「あなたの服の紋章はブラッドロアの紋章だよね?もしかしてこのクニの王家の者ではないか?」
赤と金を基調とした衣服の胸元には、獣をかたどったような意匠が刻まれていた。
少女は剣を下ろし、胸を張り、答えた。
「いかにも、わたしは女王シャーロットの妹 フェリーニャよ」
長い尾を左右に揺らし、凛と澄ました顔で佇む少女の名は【フェリーニャ】。確かに立ち姿をみると王族としての気品が垣間見える。
「こいつが王様の妹!?」
オージは驚きで口を歪めている。
フェリーニャは「ニャン!?」と声を上げ、尾をパタパタ振ってオージを睨む。
「何か文句でもあるかしら!?」
フェリーニャに圧倒されながらも、オージの口から余計な一言がポロッとこぼれる。
「いきなり飛びかかってくるようなやつが王族だなんて……」
今にも飛びかかりそうになるフェリーニャ。これを見てワカが手刀でオージの頭を軽く叩き、たしなめる。
「オージ失礼だぞ。失礼しましたフェリーニャ殿。私はヒューマニア国から参りました使者のワカにございます。ほらオージも自己紹介をするんだ」
オージは気まずそうに頭をかき、フェリーニャに軽く手を上げる。
「オージだ。よろしくな!」
フェリーニャは目を細めて、オージの顔を軽く睨むと、手に持っていた剣を鞘に納めた。そして、ワカが手に持つ国書を受けとり、じっと眺めた。
「ヒューマニアから……クニを超えることは禁じられているはずよ?何故ここに?」
ワカが背筋を伸ばし丁寧に答える。
「この度は
フェリーニャは国書を閉じ、フッと笑みを浮かべた。
「確かに国書は本物のようね……そんなにかしこまらないで、私は
ワカは頷き、軽く頭を下げた。
「それは君に預けておくよ」
その言葉を聞いて、フェリーニャは懐に国書をしまい、2人に語りかけた。
「いきなり飛びかかって悪かったわ。
そういうとフェリーニャは耳をピクピクっとさせて合図し、颯爽と歩き出した。尾は軽やかに揺れ、先ほどまでの敵意は消えている。オージとワカは顔を見合わせ、彼女の後を追うことにした。
新たな土地での新たな出会い。2人は不安と期待を胸に募らせながら、密林の中を進むのであった。