前田紗栄子とその仲間たちはぞろぞろと帰り始めた。
先頭は前田紗栄子と小島有紀だ。その隣に三枝を始め何人か男たちがいてしきりに前田さんに話しかけようとするが、小島が追い払っている。その後ろからさらに男たちがぞろぞろついていった。
俺は同じ集団と思われたくないので、さらにその後ろにぽつんと離れていた。そこに誰か近づいてきた。
「おい、お前も今帰りか」
「なんだ、ハカセか」
ハカセこと佐藤博は情報処理部だから部活帰りだろう。
「どうだった? 食堂は」
前の方に居る前田紗栄子と小島有紀を見ながらハカセが言う。
「お前の言ったとおり。驚いたよ」
「だよな。いつも男たちが群がってるんだよ。今日は何人だった?」
「10人ぐらいかな」
「もしかして、前に歩いている奴ら全員か?」
「ああ。そうだ」
「大変だな、小島さんも」
そうだな。ん? 小島さん?
「……大変なのは前田さんだろ」
「そうだけど、前田さんの人気が上がって小島さんも大変だろ」
「そりゃそうだけどな」
そのとき、小島有紀が俺たちの方を振り返った。そして、俺に手招きする。
俺は前の方に急いだ。
「中里、また紗栄子を助けてくれたって?」
小島が俺に言う。前田さんが食堂でのことを小島に話したようだ。
「まあな。前田さんが大変そうだったから手伝っただけだ」
「えっと、中里君。ありがとね」
前田さんはようやく俺の名前を覚えてくれたようだ。
「いや、好きでやったことだから気にするな。毎日こういう感じなのか?」
「うん。でも人に教えるのは自分のためにもなるし、嫌いじゃ無いから」
「そうか。とはいえ、あの量だと大変だろう」
「まあ、ちょっとね」
「でさあ」
小島が会話に割り込んできた。
「明日、ちょっと朝早く来てくれないかな。私も早く行くんで」
「それは問題ないが、何か用か?」
「うん、少し話したいことがあるから。じゃあ、よろしく!」
そう言って話は打ち切られた。おそらく、ここでは話せないことなのだろう。
俺は少し立ち止まってハカセのところに合流した。
「なんだって?」
「小島が明日俺に話があるらしいが何かは分からん」
「そうか」
ハカセはなぜか渋い顔をしていた。
◇◇◇
「ただいま」
「あ、お兄、お帰り」
家に帰ると妹の
茜は中学三年生。俺の妹だけあって背は高め。スレンダーな体型だが、ギャルっぽい格好をしている。もともとはそんな感じでは無かったのだが、元カノの佐々
「今日は珍しく遅かったね」
「まあな」
「もしかして、放課後デートとか?」
「勉強してただけだ」
「え? 残って勉強? 誰と?」
「誰とだっていいだろ」
「ええー、つまんない。お兄が朋美さんと付き合って時はいろいろあって楽しかったのに」
楽しかったか。茜は朋美とすぐに仲良くなった。茜は今でも朋美と連絡を取っているようだが、朋美が家に来ることはもう無い。
「朋美の話は俺にするなって言ったろ」
「だって、朋美さんと付き合ってたときのお兄は生き生きしてたのに、今は死んだ顔になっちゃったし」
「誰が死んだ顔だ」
「あ、でも今日は少し生き返ってるかも。なんかあった?」
「俺はゾンビか。何もねーよ」
俺はそう言って自分の部屋にこもった。
今日のことを振り返る。「何も無かった」とは言えないかもしれないな。