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第7話:服を買いに行く服がねぇんだよ①

 松原さんに取り憑いた幽霊――赤塚さんの一件から一週間が過ぎた。


 松原さんは次の休日に赤塚さんの家へ行って、遺品であるピンクのペンを返してきたらしい。

 位牌の隣に飾られた赤塚さんの写真は、屈託のない笑みを浮かべていた、そう語る松原さんの顔は晴れやかだった。

 赤塚さんが松原さんを許し、全てを納得して成仏したかはわからない。いや、大人になれずに亡くなってしまった子供が、不幸な生い立ちを納得する事なんて出来るわけないと思う。

 でも、あのお気に入りのペンを使って、次の世界でも漫画を描き続けられたら――

 そう願うのは、きっと悪い事じゃない。



   *   *   *



 いつもの放課後。

 そんでもって、明日は休みだ。

 僕は学校指定の通学カバンに道具を詰め込み、ひかえめなスキップで教室を出た。


「あ、阿部くん!」


 そこで松原さんと鉢合わせする。


「あ、どうも」


 僕はペコペコと会釈をする。校内で松原さんと親しくして、他の生徒に意味深な目で見られるのは御免こうむる。自分のような教室の背景と、松原さんみたいな陽キャ美人が釣り合わないのはわかってる。僕はそういうトコロもちゃんとわきまえてる人間なのだ。


「ねえ、かぶちゃんのところ、行こ?」


 松原さんは、放課後になると度々影山さんのところに行ってる。そして大概は、僕も付き合わされる。


 2人で8組の教室に行くと、影山さんはいつものように教室の隅で本を読んでいた。なんの本を読んでいるのか一度聞いたことがあるけど「死んでも教えねぇ……」と凄まれてしまった。

 なんなんだよ、もう。


「ねえ、かぶちゃん! 明日、暇?」


「忙しい……」


 影山さんは即答する。


「そっか! じゃあさ、買い物行こうよ!」


 松原さんは、わざとなのか天然なのか、影山さんの話をちゃんと聞かない節がある。影山さんの声は確かに小さいし、放課後の喧騒の中では確かに聞き取りづらいけど……


「ほら、かぶちゃんこの前、私服があまりないっていってたでしょ? だから、イオーンに買いに行こうよ!」


 イオーンはJ市の外れにある大型ショッピングモールだ。近隣の皆さんのショッピング欲を一挙に引き受け、休日は人がめちゃくちゃ押し寄せる。

 クラスの女子たちも、みんなでよく買い物に行ってるらしい。買い物して何が楽しいのか、僕にはよくわからないけど。


「やだよ……あそこ騒がしいし……」


 影山さんは本から目を離さない。


「でも、かわいい服、着たいでしょ? 私がコーディネートしてあげる!」


「うぜぇ……」


「ていうかね、かぶちゃんのファッションショーやりたいの! 色々着せ替えしてさ! 絶対かわいいから、見たい!」


 松原さん、本音が出てますよ?


「遠いし……」


「自転車で行けばすぐだよ!」


「道わかんないし……」


「私と阿部くんも一緒だから大丈夫!」


 え? 僕も? なんか勝手に参加させられているけど、かといって断れる流れじゃなかった。


「じゃあ……寒いし……」


「そんなの、冬だから当然じゃん!」


 影山さんは読んでいた本に顔を埋める。そしてよりいっそう小さな声で呟く。


「服を買いに行く、服がねぇんだよ……」



   *   *   *



 イオーンの駐輪場に自転車を停める。

 そして、魔王の城を見上げる勇者一行のような面持ちで、巨大な建物を見上げた。


 僕たちは、装備を統一している。

 布の服――つまり学校指定の紺色ジャージ。


 まあ確かに、学校帰りにジャージ姿で買い物しているクラスメイトをたまに見かける。でもそれはあくまでも学校帰りだからじゃないか? 

 休日にわざわざジャージで出かけるのは、ちょっと違うと思う。


「制服でも良かったけど、乾きにくいからね! ジャージなら冬でもすぐ乾くから、お母さんもニッコリ」


 そう言ってピースサインを作る松原さん。

 影山さんが『服を買いにいく服がない』って恥ずかしがるから、なんか3人ジャージで買い物に行くことになってしまった。

 言い出しっぺの松原さんだけ、そんな事気にしない様子でキャピキャピはしゃいでいる。

 まあ、コートを着てれば上半身のジャージは隠せるし、僕はオシャレするほどの人材でもないから、どうでもいいんだけど……


 影山さんは、不安そうに建物を眺めている。

 悪霊相手にはあれだけ強気なのに……。

 ちょっと心配になって「大丈夫?」と尋ねると、影山さんは「ちっ……ただ、寒いだけだよ……」と強がった。


 店内には服屋さんとか食べ物屋さんとか、いろんなお店が並んでいて、いろんな年代の人が、いろんな表情で歩いている。

 両親と来ることはよくあるけど、友達同士で来ることは初めてだ。男友達と過ごす休日なんて、大体は家でゲームと決まっている。


 ていうか、恐ろしい事実に気づいてしまった。

 女子を2人連れてる今の僕は、はたから見て『超モテ男』に見えてるんじゃないだろうか?


 どうしよう、モテ男らしい振る舞いがわからない。


 キョドって歩いてたら、きっと周りの人に『あいつ、あんな冴えないのに女子2人も連れてやがるぜ? あんなダセーやつのどこがいいんだ? 金持ちなのか?』と思われて、最悪は誘拐に発展してしまうかもしれない!


 そんな謎の被害妄想が頭を駆け巡る。


「かぶちゃん! 予算いくら?」


「あ……3000円だけど……」


「よし、その金額で見繕ってみる! ちょっとあの辺のベンチで座って待ってて!」


 言うが早いか、松原さんは超スピードで消えていった。残された僕と影山さんは、仕方なく指定されたベンチに腰掛けた。


 ワイワイガヤガヤと人の声。


 たまに流れるBGM。


 両足をぶらぶらさせながら、目の前を通り過ぎていく人を眺める。

 休日のイオーンは本当に人が多い。でも、誰もが僕たちの事など気にも留めず、右に左に消えていくのを見ていると、さっきまでの不安感も単なる自意識過剰な妄想なんだなって思う。


 僕は影山さんを見た。

 握った拳を膝の上に押し当て、石像みたいにカチカチに固まっている!


「どうしたの影山さん! めっちゃ固まってるよ!」


「こういう店、慣れてねぇから……」


「だからって固まりすぎだよ!」


「うう……ごめん……」


 あれ? いつもみたいに死ねよクソが、って言わないの!?

 どうしちゃったの影山さん!

 なんかフクロウの前に放り投げられたリスみたいに、なんか悲しいくらい弱々しくなってるよ……?


「いや、あやまらなくてもいいけど……。僕の方こそ、不用意につっこんでごめん」


「……」


 影山さんは無言で俯く。

 そして、プルプルと小刻みに震えている。


 不覚にも僕は、そんな影山さんがめちゃくちゃかわいらしく感じてしまった。そう、前髪で顔が隠れてるだけで、影山さんは普通にかわいい。

 そしてさらに、いつもの暴言が鳴りを潜めれば……それって僕の理想の女の子じゃないか!


 驚愕の事実に気付いた。

 そうなると、僕も変に影山さんを意識してしまい、体がカチカチに固まる。


 イオーンのベンチに、2体の石像が並んだ。


「お、阿部じゃん」


 不意に名前を呼ばれた。

 顔を上げると、クラスメイトの男女数人が僕の方に手を振っていた。きっとグループで遊びに来ているんだろう。その中に、元カノでもある服部さんの存在を見つけ、僕はついつい視線をそらす。


「阿部も買い物?」


「てか、なんでジャージよ!」


「あれ女子と一緒?」


「誰、この子」


「あ……この子って、8組の……」


 影山かげやま蕪太郎かぶたろうさん――


 影山さんの存在に気付いたクラスメイト達は、途端に声を抑えて何やら囁き出す。


「阿部くん、影山さんと付き合って……?」

「てか俺、影山さん初めて見た……」

「うわぁ、マジで幽霊じゃん……」


 隠しているつもりだろうが、全部丸聞こえだ。


 影山さんは俯いてプルプルと震えている。

 そんな彼女がすごく小さく感じた。


 我慢できなくなって、僕は立ち上がる。影山さんの手を引いて、この場所を離れようと思った。

 でもそんな僕の前に、服部さんが立ち塞がる。


「阿部くん、私にフラれたからって、影山さんと付き合うなんて……」そしてプッと吹き出す。「よりにもよって影山蕪太郎さんって。もうちょっと相手選びなよ、マジでダサいんだけど……」


 服部さんの目は侮蔑に満ちていた。

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