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第10話:イカれたバケモンに話なんか通じるかよ②

 金曜日の放課後――


 夜の『かまいたち退治大作戦』を前にして、僕達3人は情報室のパソコンで情報収取に勤しむ。

 この中学の情報室は、先生からの許可が得られれば、PCを使って自由に調べ物をする事が出来る。

 もちろんエッチなサイトとかには繋がらないようにセキュリティがかけられている。でもそれだってけっこうガバガバなもので、別のクラスのヤンチャしてる系男子数人がエロ画像を見ていたとの噂も耳にする。


 PCの前に座った影山さんは、検索サイトを開いて嬉しそうに文字を打ち込む。人差し指でぽちぽち。


「……これが、深淵に住まいし賢者たちの巣窟……」


 何かぶつぶつ言っているけど、打ち込まれた文字を見て僕は辟易した。


『8ちゃんねる』


 僕は片手で目を覆って「あちゃー……」と呟きたくなった。

 そんな感情を必死に堪えて画面に集中する僕の表情を、驚きで引き攣った表情と勘違いしたのか、影山さんは上目遣いで僕を見て、ニチャァと笑いながら呟く……。


「……Welcomeウェルカム toトゥ Undergrounアンダーグラウンドd……」


 あいたたたたたたたたたたた……。


 影山さんのニチャついた笑顔から目を逸らし、僕は明後日の方向に空笑するしかなかった。


 影山さんが愛用してるらしい『8ちゃんねる』。

 そのアングラな雰囲気から影山さんはダークウェブだと勘違いしてるけど、別にそんな大それたもんじゃない。これは暇人や才能を無駄遣いしてるおかしな奴らが集まる、掃き溜めみたいな匿名掲示板サイトだ。

 僕だってROM専だけどたまに利用する。マンガの二次創作とか、ちょっとした調べ物とか、それと……まあいろいろと……。

 ローカルルール的な独特なスラングや言い回しがあるけど、それだってある程度使っていれば自然に身につく。取っ付きにくい印象はあるけれど、雰囲気が陰気なだけでいたって普通のWEBサイトだ。


 でも……、得意満面な影山さんを見ていると、そんな無神経な事を言えるわけがない。


「うわあああ! かぶちゃんすごい! スーパーカーみたいじゃん!」


 あぁ、純粋無垢で何でも盛り上げてくれる陽キャ松原さんがいて助かった。あと、きっとスーパーハッカーって言いたいんだろうな……。


 気を取り直し、僕たちは『8ちゃんねる』の地域板で、住んでる地域の小学校にまつわる七不思議や怪異について調べてみた。

 でも、かまいたちや、鎌で人を切り付けるような悪霊の情報は何一つ引っ掛からなかった。


 ならば……と、今度は検索サイトで『かまいたち』と検索してみる。

 妖怪としてのかまいたち、自然現象としてのかまいたち、お笑い芸人としての――。たくさん引っかかった情報の中から、関連がありそうなものをクリックしてみる。


 えーっと、なになに……。

 妖怪かまいたちの生態には諸説あるらしいけど、一番ポピュラーなのはかまいたち3兄弟説らしい。

 1匹目が転ばし、2匹目が斬りつけ、3匹目が薬を塗る。その薬のおかげで、かまいたちによる傷に痛みはなく、出血もない。


「へぇ、薬を塗ってくれるなんて、やさしい妖怪なんだね」


「……本当に優しかったら、斬りつけたりしねーだろ……」


 のほほんとした松原さんの言葉を、影山さんがかまいたちみたいに一刀両断する。


 まあ確かにわざわざ斬りつけてから傷を治すなんて、意味がわからない。


 いや、待てよ……これ変じゃないか?


「ここに書いてある、かまいたちの生態についてだけど……おかしくない?」


 僕は親指を顎に当てる。


「まず、今回の事件の状況と照らし合わせてみると……。妹の小学校の男の子は、鎌を持った妖怪に襲われた。その子は大怪我を負って、病院に運び込まれる事になった」


 ここで一度言葉を切り、二人の表情を伺う。松原さんは興味津々かつ尊敬の眼差しを僕に向けているけど、影山さんは長い前髪の奥で「は? いきなり何語り出してんのこいつ……?」って目をしている。


 なんか釈然としないけど、僕は続ける。


「でもさ、考えてもみてよ。今回の件が仮にかまいたち3兄弟の仕業だったら……ちゃんと薬を塗ってもらえて、男の子に出血はなかったはずだよ。きっとここまで大騒ぎにはならなかった――」


 うひょー、なんだか名探偵になった気分だ。テンションが爆上がりする。


「……で、何が言いてぇんだよ……。もったいぶんなよ、クソが……」


「今回のケースでは、3と考えた方が、辻褄が合うと思うんだ」


「え? それってつまり、3匹目がいなかった――」


「ビンゴ」


 僕は人差し指で松原さんを差す。

 ああ、一度やってみたかったんだよね。正解した人に食い気味で『ビンゴ』って言うやつ。


「そう松原さんの言う通りなんだよ! 本来ならいるはずの3匹目の不在……これが、今回の件に大きく関わっているんじゃないかな!?」


 そうだ! きっとそうに違いない!


「すごいよ阿部くん! 名探偵みたい!」


「だよね」


「名探偵アベ!」


「ありがとう」


「……3匹目の不在が関わってるって……漠然としてっけど、どういう状態だよ……?」


 影山さんの質問に僕は首を傾げる。


「うーん、予想になるけど、例えば3匹目が学校の誰かに捕まってしまったとか、どこかで不慮の事故で死んでしまったとか……。そういう経緯で3匹目が行方不明となって、混乱した2匹が強行に及んだんじゃ?」


 自慢げに語っているけど、僕の考察には元ネタがある。それはお父さんの実家で読んだ古い漫画だ。その漫画では、男の子が3匹目のかまいたちを連れ帰ってしまい、怒った2匹が暴れ回るというエピソードが描かれている。


 うんうん、今回の事件はまさにそれじゃないか!?


「よし、学校に忍び込んだら、3匹目の失踪に関連しそうな何かを探すんだ。閉じ込められてそうな場所とか、形跡とか……」


「……形跡って……んなの、わかるわけねーだろ……」


「見つからなければ仕方ないさ。でも、何もわからないまま闇雲に学校に忍び込むよりは、全然いいじゃん」


 せっかく捜査の指針を示しているのに、影山さんはどこか不服そうだ。僕はちょっとムッとしたけど、大人なので顔には出さない。


「それじゃあ、今日は一旦帰ってから8時に小学校そばのコンビニに集合だ。各々、外出のアリバイをしっかりと作っておくように!」



   *   *   *



 8時15分。


 コンビニで買ったお菓子をリュックにつめた松原さんと、ジャージ姿の影山さん、そして闇に紛れる黒いパーカー姿の僕は、小学校の正門前に立った。


 幸い職員室の照明はついていなかった。ニュースで教員の長時間労働が問題になっているけど、僕の母校はしっかりホワイトな労働環境らしい。どうでもいい事だけどちょっとホッとする。


「警備員さんとかいるんじゃない? 大丈夫?」


 リュックからうまい棒を取り出してもしゃもしゃと齧りながら、松原さんは不安そうに尋ねる。行動と表情が合ってない。でもそこもかわいい……。


「そうだね。よし、ちょっと確認してみるけど、おそらく今日は問題ないはずなんだ……」


 僕は忍足で警備室の辺りまで走り、窓から中の様子を確認する。


 よし、警備員はやっぱり小田おださんだ。

 スポ少で遅くまで残ることが多い友達から聞いたんだけど、警備員の小田さんは某VTuberの大ファンで、毎週金曜夜のナマ配信を心の支えにしているらしい。

 だからナマ配信がある金曜8時から10時までは、たとえ校内で爆発が起ころうとも絶対スマホから離れない。

 これは職務怠慢だと思うけど、今日だけはそのルーズさが本当に助かる。


 そんなわけで、タイムリミットは夜10時だと確定した。

 それまでに真相に迫る何かを見つけて、この学校を離れなかればならない!


 理科室の窓も予定通り施錠されていなかった。つくづくいい加減な母校だと思う。

 僕、松原さん、影山さんの順で校舎に忍び込み、懐中電灯をつける。たくさんの照明で僕らの侵入がバレても困るから、先頭の僕だけが懐中電灯を持つことにした。


 まず向かうのは、被害があった2年1組の教室だ――

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