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第11話:イカれたバケモンに話なんか通じるかよ③

 夜の学校は重苦しいほど静かだ。


 懐中電灯をやや下向きに構えて、足元だけを照らしながら廊下を歩く僕と、足音を殺しながらその後ろを着いてくる松原さん。

 影山さんは特に気負った様子もなく、いつも通りツカツカと歩き、僕たちに追いついては止まって、また歩き出す。

 それら大きさの違う3つの足音が、冷えた廊下の壁や天井に跳ね返り、飛び散る氷片のように鳴った。


「やっぱり、こわいね……」


 松原さんが呟く。細く吐き出された吐息の音まで聞こえそうだ。先日、悪霊と化した赤塚さんと対峙した彼女でも、夜の学校が放つ押し潰すような恐怖感には、やっぱり気圧されてしまうらしい。


「うん……」


 僕は頷く。完全同意、マジで怖い……。

 いかんいかん! 言い出しっぺの自分がこんなんじゃ、恐怖でパーティーの士気が下がり続けてしまう……。なんとか場を盛り上げないと!


 僕は小話で場を盛り上げることにした。


「町はずれに、古いおもちゃ屋があったんですよ。古ぼけた雑居ビルの隣に建っていて、いつも日が当たらないそのおもちゃ屋は、2人の老夫婦が切り盛りしていました。痩せ細って、いつも不気味な笑みを浮かべている、影のような老夫婦でした。その夫婦に子供はいません。いつも2人だけで、店の奥のカウンターから入口ドアの外をじっと見つめていました。もしかしたら、子供を欲していたのかもしれませんね……。おもちゃ屋のショーウインドウには、我が子のように着飾ったいくつものぬいぐるみが並べられていましたから――」


 僕は足を止めて、後ろを振り返った。窓から差し込む月明かりに照らされ、顔を引き攣らせる松原さんと、退屈そうな影山さん。


「ある日、1人の小さな女の子がそのおもちゃ屋の前を通り過ぎようとして……自分を呼ぶ、小さな子供の声が聞こえた気がしました。声のする方に駆け寄った女の子は、おもちゃ屋のショーウインドウの中を見て、言葉を失いました……。そこには信じられないものが飾られていたのです。女の子は唇を強く引き締めた後、ゆっくりと口を開き、こう言いました――」


 僕はライトで自分の顔を下から照らす。


「あ、く、ま、の、ぬ、い、ぐ、る、み――」


「悪魔のぬいぐるみ!?」


 背後から背中を触られた小犬みたいに、ビクッと体を硬直させた松原さんは、咄嗟に影山さんへと抱きついた。


「ははは、松原さん怖がりすぎだよ。これはよくあるジョークというか……、悪魔じゃなくて、『あ、クマ!』ってやつ」


 オチまでのストーリーはオリジナルだけど。


「え? 悪魔じゃないの?」


 耳を倒したかわいい犬が、キョロキョロって僕と影山さんを交互に見る。


「クマでしたー(*゜▽゜*)」


「えー! もー、阿部くんひどいよー(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)」


「そんなに驚くとおもってなかったから(*´Д`*)」


「ひどいひどいー(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」


 柔らかく握った手で、ぽかぽかぽかぽか


「ごめーん(*´ω`*)」


「ばかばかばかー・°°・(>_<)・°°・。」


 きっきゃ


 うふふ


 そんな茶番を繰り広げていると、後ろを歩く影山さんがボソリと呟く。


「こいつら……マジでうぜぇ……」



    *   *   *



 場も温まってきたところで、僕たちは目的地である2年1組の前へと到着した。僕は固唾をガブ飲みしつつ、引き戸の取っ手に指を掛けてゆっくりと開く。


「!!」


 空気感に飲まれて反射的に戦慄を覚えてみたものの、そこは何の変哲もない、懐かしさ漂う小学校の教室だった。

 規則的に並べられた机と椅子。中学校のサイズに慣れた僕からするとやけに小さくて、小人の世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚える。


「よし、まずはここから捜索だ」


 と胸の前で拳をギュッと握る僕。


「……何を探しゃいいんだよ……」


 と影山さん。


「かまいたち本体とか、骨とか……もしかしたら、誰かがノートに描いた絵かもしれないし、呪物みたいなものかも? ともかく、かまいたちに関連しそうなものを片っ端から探すんだ!」


「今更だけど、かまいたちってイタチなの?」


 と松原さん。


「うん、僕の見た文献(マンガ)では、手が鎌になってる動物のイタチっぽかったよ」


「イタチって、カワウソ? オコジョ?」


「?」


「びょーんとした感じのやつでしょ?」


「え、うん? あ、そう、そんな感じ……?」


 どうしよう、たまに松原さんの言うことがわからない……。かわいいから全然許せるんだけど。


 照明を点けるわけにもいかないから、僕たちは照射角度に注意しつつも各々が持参したハンドライトで、教室の中を捜索し始めた。

 生徒たちには申し訳ないけど、ロッカーの中にしまってあるノートや、ロッカーのカバンの中まで念のためチェックする。

 松ぼっくりとか、よくわからない枯れ草とか、セミの抜け殻とかは出てくるけど……かまいたちに関連しそうなものは何もない。


 あ!


 何か刃物っぽいものが入っていると思ったら、お土産屋さんでよく売ってる、ドラゴンが巻き付いた聖剣っぽい感じのキーホルダーでした。


 昔は、こういうのよく買ってたなぁ……。


「最近のガキは……ませてやがんな……」


 ゴミ箱に丸めて捨てられていた紙を開いて、影山さんが呟いた。

 ハンドライトで照らされたその紙には、男の子と女の子がキスをしている絵が描かれている。絵の上にはそれぞれ名前が書かれていた。クラスの子をイメージした絵なのかもしれない。


「あ、虫かご」


 そう言って松原さんが窓際に置かれた虫かごの中を眺め「うわ」と小さく呟く。


「どうしたの?」


「イタチがいるかもと思って見たら、虫の死骸が入ってる……」


「あー、秋に採った虫を虫かごに入れて、そのまま死んじゃったんだな」


 バッタに、トンボに、カマキリ。

 僕が小学校の頃も、こんな忘れ去られた虫かごが、教室の隅にひっそりと置かれていた。

 今になって思えば、僕だって小さい頃は命に対して怖いくらい無頓着だった。アリの巣に水を流し込んだり、トンボの羽をちぎったり――残虐非道な行為にだって慣れ親しんでいたと思う。


 そんなふうに、善悪の判断が曖昧な小学生なら、偶然見つけたかわいい『かまいたち』の末っ子を、ぬいぐるみ感覚で弄ぶ事だってあり得ると思う。


 ちっちゃい子ってのは無邪気で、残酷なんだ。


 松原さんが見つけた虫かごの中を、影山さんが覗き込んでいる。そして「てめーら……あたしみてーだな……」と呟いた。


 3人の捜索は続く。


 しかし、何もない。


 手がかりになるようなものが何一つとしてない。


「次、行こうか……」


 なんともしっくりこない虚しさを感じながら、じゃあ次は何処を捜索すりゃいいんだ? と自問自答しつつ、僕は机の中に向けていた視線を、教室のドアへと向けた。


 カツン――


 硬い何かがぶつかって擦れ合うような音。


 気のせいかと思いながらも、僕は耳を澄ませる。


 カツ、カツン――


 カツ、カツ、カツ、カツ――


 している。


 規則的なその音は、確かに廊下の方から聞こえてくる。


「影山さん……」


「ああ?……」


「変な音、聞こえない……?」


 僕は隣に立っている影山さんに尋ねた。影山さんはただでさえ鋭い目をさらに尖らせて、教室のドアの方を見つめていた。


「ああ……きみわりぃ音が聞こえんな……」


 音は徐々に大きくなる。


 警備員の小田さんの足音かとも思ったけど、それは明らかに靴底が鳴らす音じゃなかった。尖ったナイフで廊下の固い床を引っ掻くような、聞いた事ない不気味な音。


 僕は息を呑み、影山さんと松原さんを順に見た。2人ともこの音に耳を澄ませ、体を硬直させている。


 かまいたち、か?


 末っ子じゃない方の、小学生の男の子を負傷させたという、凶暴化したお兄ちゃんたちの方……。


 僕は拳を握りしめる。


 その間も、音はどんどん大きくなり――


 教室の前で止まった。


 締め切られたドアの窓ガラス越しに、鋭い鎌のシルエットが見える。


 来た。


 妖怪かまいたちだ――


「あ、あ、あっちのドアから、逃げよう」僕は反対側のドアを指さす。「廊下に出たら、その、あっち側に、向かって、ぜ、全力で逃げるんだ……」


 声が震えて、上手く喋れない。


 今すぐにでも走り出したいけど、足が地面に貼り付いて動いてくれない。


 そんな僕をリードするように、先に動いたのは影山さんだった。机の隙間をぬって奴がいない方のドアまで行き、僕と松原さんを手招きする。

 僕たちがフラフラとそこまで向かうと、影山さんはゆっくりとドアをスライドさせた。


 老朽化して歪んだドアレールが、ゴツゴツと小さな音を立てて少しだけ開く。


 その隙間から僕は顔を出し、妖怪かまいたちの方を見て――


 は?


 え?


 僕は目を疑った。


 そこにいたのは鎌の両手を持つ毛むくじゃらの哺乳動物ではなかった。


 細い足の先で廊下を引っ掻きながら、はゆっくりとこちらに顔を向ける。


 その姿はまるで――


「カ、カマキリ……?」


 僕は思わず呟く。


「逃げるぞ……」


 影山さんのその一言で、まるでゴムまりが弾けるように、僕たちは走り出す。


 巨大な鎌の先を地面にあてて、カツカツカツカツ――奇妙な音を響かせながら巨大なカマキリが僕たちの後を追う!


「なにが……妖怪かまいたちだよ……!」影山さんが言う。「カマはカマでも……虫ケラじゃねーかよ……!」


「虫やだああああ!」


 松原さんが叫ぶ。


「影山さん、なんなのアイツ!?」


 走りながら尋ねる僕に、影山さんが答える。


「多分……子供に捉えられて殺されて、怨みを持った虫ケラの霊の集合体だろ……! さっき虫かごを見た時、似たような『陰気さ』を感じたんだよ……」


 なんだよそれ!


 僕の推理、大ハズレじゃん!


「2人とも早く!」


 先を走る松原さんが手招きしてる。松原さんはかわいい上に運動神経もいいから、3人で走ると僕と影山さんは遅れをとってしまう。


「松原さんそこを右だよ!」


「うん!」


 松原さんは廊下の突き当たりを右に曲がり――そこに置かれていた物に足を取られて転ぶ!


「きゃっ!」


「松原さん!」


 僕と影山さんは、うずくまる松原さんに駆け寄り、その手を取った。

 後ろを振り返ると迫り来るお化けカマキリ。


「……クソが……」


 僕と松原さんを守ように、影山さんが立ち塞がる。

 その背後には銀髪の鬼が浮かび上がっていた。 


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