隣で様子を見ていた俺の横目でも、リアムの表情が強張るのがわかった。
断られたわけではないが、この空気で来てほしい理由を説明するのは酷だろう。
「そう……ですよね。はは……いや、ほんとに。もしよかったら……くらいに思っていたので気にしないでください」
リアムが辛うじてそう取り繕っているのがわかる。
肩が震えている。目に溜まった涙を見せまいと顔を背ける。そしてそのまま走り去ってしまう。
「リアム!」
屋敷から出ていくリアムを追いかけることができず、焚きつけたような形になってしまったことに後悔が残る。
シシリーさんは何もわかっていないようにキョトンとした顔をしている。
「シシリーさん。あれは酷いですよ……。授業参観くらい行ってあげればいいじゃないですか」
あまりにも気まずいので俺が明るめにそう言うと彼女は首を傾げた。
「なんで? 私はあの子の母親じゃない。その手紙は、両親に向けられたものなんでしょう? 私には関係ないじゃない」
ぴしゃりと扉を閉められた気分だった。リアムの気持ちを一方的に知っているだけにシシリーさんの言葉に胸が痛む。
同時にその物言いに腹も立った。
この人はリアムの気持ちに何も気づいていないのだ。いや、当然かもしれない。第三者である俺にリアムが打ち明けたのとはわけが違う。彼は今までシシリーさんに思いを打ち明けたことはないだろう。
しかし、それでも長い間一緒に暮らしてきたんだろう。身の回りの世話をしてもらってきたんだろう。
それなのに、その他人行儀な物言いはなんなんだ。
「……見損ないました」
気付けば口からそんな言葉が漏れていた。
「しまった」と思ったがもう遅い。むしろこのまま言ってしまえと開き直る。
そんな言葉は予想していなかったのか、シシリーさんは困惑している。
「シシリーさんが……師匠がそんなに人の気持ちを考えられない人だとは思ってませんでしたよ! 最低だ!」
この気持ちはなんだろうか。ほとんど八つ当たりに近いのかもしれない。
無責任にリアムに助言した自分に腹が立つ。しかし、それだけではなく彼女に思いを伝えたリアムの気持ちを汲み取ってほしかった。
呆然としているシシリーさん。彼女が今何を考えているのかわからない。
「……俺、リアムを探してきますから」
彼女にそれだけ言い残して俺も屋敷を飛び出した。
♢
まるで子供の様に湧き上がる感情に戸惑っていた。
前の世界ではこんなことはなかった。医者に肺がんを宣告された時も、車に轢かれて自分が死んだと気づいた時も。
落ち込むことはあったが、どれも心の中で「あーあ……」と呟くだけ。まるで他人事のように感じていたはずだ。
それなのに今は、本当に他人事のはずなのにこんなにも腹を立てている。これは一体何なんだ?
走りながらそんなことを考えていた。視線を巡らし、リアムを探す。しかし心の中は別の思いでいっぱいだった。
この世界に来てから、感情が前よりも豊かになった気がする。前の世界のままだったら喫煙の能力に気付いてもそのまま当たり障りのない暮らしを続けていたのかもしれない。
言い訳になるが、今回の出来事はその感情のずれに俺が振り回された結果だ。もっとよく考えていればリアムを傷つけることもなかっただろう。
「レイト君?」
走っていると呼び止められた。この町に知り合いは少ない。俺をこう呼ぶ人は今のところ一人だけ。
振り返るとリーリャさんが立っている。食材の入った袋を抱えているのを見るに夕食の買い出し途中だろうか。
「そんなに急いでどうしたの?」
俺の様子を心配して声をかけてくれたらしい。俺は手短に事情を説明してリアムを見なかったか尋ねた。
「リアム君は見てないけど……もしよかったら少し時間を貰ってもいいかな? 姉さんのことで代わりに弁明させてほしいんだ」
リーリャさんはそう言った。
少し悩む。もうじき暗くなるし、子供が外を歩く時間ではなくなる。しかし、リアムは賢い子だ。町の外に出ることはないだろうし危険なこともしないと思える。
何より、俺の話を聞いただけで真剣な顔つきになったリーリャさんの「弁明」とやらを聞いておかなければならない気がした。
「一緒に探すよ」
と言ってくれたリーリャさんの言葉に甘えて二人で歩きながら話をする。彼が語り始めたのはリーリャさんとシシリーさんの幼少期の話だった。
「僕と姉さんは早くに親を亡くしてね。姉さんが冒険者になって町を出るまで二人でずっと暮らしていたんだ」
リーリャさんもシシリーさんも親をあまりよく覚えていないらしい。愛されていたとは思うが子供過ぎて記憶が薄いという。
親の愛をよく覚えていないから、子供を愛せないという話だろうか?
「姉さんの僕に対する態度驚かなかった?」
不意にそんな質問をされた。確かに、普段は淡々としているシシリーさんがリーリャさんを抱きしめているのを見て「新たな一面を見た」と思った。
俺の反応を見てリーリャさんが「ふふっ」と笑う。
そして
「あれが本来の姉さんなんだよ」
と言った。