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第24話

アストリアに来てから二十日が経過した。

修行は順調だ。シシリーさんに教えて貰っている剣術は基礎から応用へ、そしてより実践的に。

そして剣術だけでなく棒術や槍術、弓術と様々な武器の使い方に発展していく。


「私は割と器用な方だから、『これが得意』という武器がない代わりに大抵の武器をそれなりに扱えるの。レイトにも一通りの武器を扱えるようになってほしい」


とシシリーさんは言っていた。

正直、一か月ですべてをマスターするのは不可能に近いが、それでもある程度扱えるようにはなって来た。

俺もそこそこ器用な方だという自負がある。

前の世界では特技がない器用貧乏だと馬鹿にされることもあったが、それがこの世界でこんな形で役立つとは思わなかった。


詰め込み型の修行はキツイ、ただおかげで体力は随分ついた気がする。


おつかいの修行も続いている。

頼まれる素材の量は増え、作るものもより複雑になっていく。

大抵は薬の類だ。最近の傾向は「解毒剤」。それもあらゆるタイプの毒を想定して効果のある解毒剤を一つずつ覚える必要がある。

おかげで薬草については随分詳しくなった。そこら辺の新人薬師よりも詳しいんじゃないだろうか。


詳しくなったおかげで調達する素材の量は増えてもおつかいにかかる時間は減っている。

その時間を使ってリーリャさんのところに通っている。


「魔力をコントロールする」修行だ。

魔法を使えないシシリーさんの代わりにリーリャさんが丁寧に教えてくれる。


魔力のコントロール自体はさほど難しいことではなかった。最初は自分の中に流れる魔力を感じ取るのに苦労したが、リーリャさんと向かい合わせで手を合わせ、彼が魔力を練るのに合わせて集中していくうちに自分の中の魔力も感じ取れるようになった。


魔力のコントロールを学び始めてからリーリャさんが言っていたように身体の動かし方にも違いが出て来たと思う。

前よりもシシリーさんの剣が良く見えるようになったし、時折見せる彼女の本気の一撃も十回に一回くらいは受け止められるようになってきた。


まぁ、その一撃を受け止めるとむきになったシシリーさんが二撃、三撃と本気で攻撃してくるので前よりもぼこぼこにされてしまうのだが。


修行を始めてから、俺は自分でも信じられないくらい冒険者になるための修練にハマっている。

前世では剣術はおろか格闘技の一つもしたことのない俺だが、日に日に強くなっていくのを実感できるのが嬉しいのだ。


充実した毎日。心が満たされている状態で吸う煙草はいつもよりも格別に美味い。


「あ、リアムだ」


リーリャさんの店からの帰り道、広場で煙草を吸っていると見慣れた茶色髪の少年の後ろ姿を見つける。

時間的に学問塾からの帰り道だろう。

すぐに声をかけようかと思ったが、動作があまりに挙動不審なので様子を見ることにした。


シシリーさんの屋敷はもう近いというのにリアムはその場を行ったり来たりして先に進もうとしない。そしてたまにしゃがみ込んで手に持った紙を見つめてため息をついている。


何をしているんだろうか。

あまりにもその様子が気になったので、俺はこっそりとリアムの背後に近づいて彼の持つ紙を覗き込む。


「なんだ、授業参観のお知らせか」


俺がそう言うとリアムは驚いて飛び上がった。紙を胸に押し付けて隠し、振り返って俺を睨む。


「バカ! 勝手に見るなよ!」


隠すようなことではないと思うのだが、リアムは嫌だったらしい。


「ごめん、なんかうろうろしているのが気になって」


俺がそう言うとリアムは小さくため息を吐く。怒っている様子はない。むしろホッとしているように見える。

リアムの持つ紙には「学問術に通う子供の様子を見に来ませんか?」という内容の文章が綴られていた。学問塾から通う子供の親に向けて配られたもののようだ。


てっきり、学問塾というのはただ文字の読み書きや計算を教えるだけの場所だと思っていたのでこういう前世の小学校のようなことをやっているのは意外だった。


それにしても、リアムは一体何を悩んでいたのだろうか。


「頼めばいいじゃん。シシリーさんに」


何なら「俺が行ってやろうか」と言おうと思ったが、リアムの表情を見てやめた。ハッとした様子のリアム。なんとなく、彼が「シシリーさんに来てほしいのだ」と察する。


「でも、俺とシシリーさんは本当の親子じゃないし……。こんなの渡されても困るだろ?」


そう言ってリアムがうつむく。しょぼくれた頭を俺は撫でてやる。


「バカ、前にも言ったろ? 一緒に住んでたら家族みたいなもんだ。シシリーさんだってお前がどんな風に勉強しているのか見たいと思うぞ」


俺がそう言うとリアムが顔を上げる。


「本当か? 嫌じゃないかな?」


まだ不安そうな彼を勇気づけるため俺は力強く頷いてやる。


普段は大人びていて隙を見せないリアムだがこういうところは子供らしい。いつもお世話してもらっているんだ。授業参観に来てほしいというリアムのささやかな頼みを優しいシシリーさんが断るはずもないだろう。


そう思っていた。

しかし帰宅後、意を決して紙を見せたリアムにシシリーさんが投げかけた言葉は


「なんで?」


という予想していない一言だった。


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