シシリーさんは南区に入っていった。
道順でなんとなく察しがついたが「知り合いの店」とはリーリャさんの魔術本の店のことらしい。
「いらっしゃい……ええ……」
店の扉を開けたシシリーさんとその後ろにいる俺を見てリーリャさんの営業スマイルが凍り付く。
明らかに困惑しているな。
「レイトくんの師匠って……姉さんだったのか」
状況を理解したらしいリーリャさんが言った。今度は俺が困惑する番だ。
シシリーさんは「知り合い」としか言わなかったが二人は姉弟らしい。言われてみれば身に纏う空気感がどことなく似ているような気もする。
「リーリャ……久しぶり」
シシリーさんは嬉しそうに抱き着く。抱き着かれたリーリャさんは鬱陶しそうに引き離す。
一見人に興味を示さなそうなシシリーさんが弟に愛情を示し、物腰やわらかく丁寧な印象を受けるリーリャさんが姉を邪険に扱うのは予想がないの新たな一面だった。
「それで……何の用?」
俺に応対してくれた時とは別人のような冷たい態度でリーリャさんが言う。
しかしそれはいつも通りのことらしくシシリーさんは特に気にしていないようだ。
「魔法適正。レイトの」
シシリーさんがそう言うとリーリャさんの表情がぱあっと明るくなり、期待を込めたまなざしで俺を見た。
「魔法に興味を持ってくれたんだね。さっそく適性がある見よう」
リーリャさんはそう言うと店の奥に行って何やら道具を運んでくる。それは天秤のような形をした道具で片側の皿に透明な水晶のような物が置かれている。
「さぁ、こっちの空いた皿の上に手をかざしてごらん」
リーリャさんに言われるまま俺は皿の上に手をかざした。
この道具は魔法を使用するために必要な力、「魔力」が備わっているかを判定する道具らしい。
空の皿は魔力を感知し、秤を動かす。反対に乗っている水晶が色でその人に適性のある魔力を教えてくれる。
秤がまったく動かなければ魔法自体に適性がないということになる。
俺が手をかざすと秤がかすかに動いた。
「お、これで魔力があるのは確定だ。問題は何に適性があるのか。さぁ、何色になるかな」
水晶を覗き込むリーリャさんの目が商売人そのもの過ぎて少し怖い。
水晶が緑色に光った。
「お、緑だ……ということは『土系魔法』に適性があるね」
とリーリャさんが言う。緑と「土系魔法」が今一つ結びつかず釈然としなかったが天秤は使用者の魔力と釣り合う性質の色を示すらしい。
例えば火の性質は水の性質と釣り合いの関係にある。「火系魔法」に適性がある人が天秤を使うと水晶は青く輝くらしい。
緑色は「風系魔法」の色。それと釣り合いの関係にあるのが「土系魔法」なのだそうだ。
「土系はいいよー。少し慣れが必要だけど、自然界に存在する土や砂を自在に操ることもできるようになる。土壁で防御を固めたり、槍のように尖らせた土を飛ばして攻撃したりできる」
リーリャさんのテンションが高い。まだ実感の湧かない俺は少し置いて行かれてしまう。
「ほら、例えばうちなんかじゃ僕が自ら記した土魔法の修練方が載っている魔術本なんかがおすすめだよ。これとか、これとか」
商売魂逞しいというのだろうか、リーリャさんが俺の目の前に次々と本を積み重ねていく。
どう収集をつけるべきか戸惑っているとシシリーさんがそーっと背後に忍びよって興奮して動く後頭部をパシッと叩いた。
「痛いっ……なにすんの姉さん!」
頭を押さえてリーリャさんが振り返る。相当な威力だったのか少し涙目になり本当に痛がっている。
「リーリャ、興奮しすぎ。レイトは魔法に関して知らないことばかりなの。一度にそんなに言っても覚えられないでしょう」
シシリーさんがそう言ってなだめる。リーリャさんもハッとした様子で「ごめんね」と言って大人しくなる。ただ、俺はそんな二人が何とも微笑ましかった。
魔法について熱弁するリーリャさんが剣について語る時のシシリーさんとそっくりだったからだ。
思わぬところで姉弟の似ているところに気付き、それが二人の仲の良さを表しているような気がした。
「レイトは今剣術の修行中。そこに魔法も盛り込むとどちらも中途半端になってしまう。それはダメ。残りの日数はまず剣技に集中すること。私が納得いくレベルになったら魔法を学ぶことを認めます」
シシリーさんがそう念を押す。もしかしたら俺が剣術そっちのけで魔法に夢中になるのではと危惧したのかもしれない。
でも安心してほしい。確かに魔法に興味があったが、それ以上に今は剣術に熱中しているのだ。
修行を途中で投げ出してまで魔法を学ぼうとは思っていない。
俺が頷くとシシリーさんは安心したように笑った。
「あーでも、もしよかったらなるべくこの店に顔を出しなよ。魔力の簡単な操作方法くらいなら教えられるからね」
とリーリャさんが言う。
彼が言うには魔力は魔法を使うのに必要なエネルギーだが、単にそれだけではない。
体内を流れているエネルギーだからその使い方を覚えるだけで身体能力にも影響があるという。
簡単に言えば魔力のコントロールを学べば剣術のキレもよくなるというのだ。
俺はシシリーさんの様子を伺う。
剣術にも影響が出るのであればぜひ魔力のコントロールとやらを習ってみたかった。
俺の気持ちが通じたのかシシリーさんは小さくため息をついて
「それくらいならいいよ」
と認めてくれた。