この商店には煙草が置いてある。
そんなことかと思うかもしれないが俺にとっては重要なことだ。
前の世界とは違い、この世界の煙草は袋に入っているのが基本的だ。
多少かさばるので前の世界の時のようにたくさん吸うから二箱持ち歩く、なんてことはあまりない。
包装をされているわけでもないのでカートンで買って家に置いておくなんてことも基本的にはしない。
無くなったらその都度店に買いに行くのだ。その方が湿気にやられていない美味しい煙草が吸える。
町のどこに煙草を言っている店があるのか、それを把握しておくのは喫煙者にとっての最優先事項なのだ。
そしてその店は家から近ければ近い方がいい。
そう言う意味でシシリーさんの屋敷のすぐ近くにあるこの商店は俺からしたらほとんどパーフェクトな店だった。
「おばちゃん、一袋ちょうだい」
俺が声をかけると店主のおばあさんは「あいよ」と言って煙草を取りに行く。十日間通い詰めた結果、このおばあさんとはある程度顔見知りになった。
わざわざ「煙草」と言わなくても「一袋」で通じる関係だ。
おばあさんが煙草を持ってくるのを待ちながら俺はリーリャさんの言葉を思い出す。
バルクレストでもアストリアでも毎日通っていた店か。
そんな店あるか? 俺が毎日通っているのはこの商店くらいだが、このこじんまりとした店に冒険者が必要とする植物があるとは思えない。
……思えないが、念のためか。
「おばちゃん、カムチカって植物を探しているんだけど知ってる?」
煙草を持って戻って来たおばあさんに尋ねる。煙草を俺に渡しながらおばあさんは明らかに戸惑った顔をした。
やっぱり知らないか。
そう思ったが、おばあさんは「それ」と言って指をさす。
どれだ?
おばあさんの指の先を追う。俺の手に握られているたった今手渡された袋にたどり着いた。
♢
「戻りました」
少し疲れた様子でそう言う俺にシシリーさんの「おかえりー」という間延びした声が聞こえる。
屋敷の奥の方から響いていた。恐らく中庭に面した廊下だろう。
底に向かうと予想通りシシリーさんがいた。廊下に寝転がってむにゃむにゃと眠そうに草を噛んでいる。
俺に気付いたのに起き上がろうとしない。よほど眠いらしい。
「早かったねぇ。さすがー」
と彼女が言った。どういう意味の「さすが」なのかはわからないが俺は彼女に頼まれていたものを手渡した。
渡したのは煙草の入った袋である。
カムチカとはこの世界の煙草の原料になる葉っぱの名前だった。それと紙が必要と言われれば彼女が欲しかったものはおのずとわかる。
「ありがとう」
そう言って彼女はさっそく煙草を吸い出した。俺が言えた言葉ではないが寝ながら吸うその姿は怠惰そのものだ。
「冒険者に必要な道具って話じゃなかったでしたっけ」
今までが「傷薬」とか「血止めの薬」などの素材だったから今回の「煙草」に考えが結びつかなかった。
カムチカを薬草の一種だと思っていたのでリーリャさんのヒントがなければもっと違うお店を探して時間を食っていただろう。
「必要だよ。君にはね。煙草で強くなる君には何よりも優先して知っておいた方がいいことだよ」
本心からそう言っているのか。それともただ煙草が吸いたかっただけか。彼女の言葉をどこまで本気にしていいのかはわからなかったがとりあえず今日のおつかいは無事に終えることができた。
「そう言えば、シシリーさんは魔法って使えないんですか?」
煙草を吸う彼女の隣に腰を下ろして俺も煙草を吸いながらそんなことを聞いてみた。
リーリャさんの店で彼が紙を用意してくれている間に「魔法」の話になったのだ。
「冒険者の中には魔法を駆使して戦う人もいるからね。興味があるならお師匠さんに相談してみなよ」
ゆくゆくは自分の商売相手になると思っているのかリーリャさんは営業的なさわやかな笑顔でそう言っていた。
「魔法? 興味あるの?」
シシリーさんの問いに「まぁ」と答える。別に冒険者になれればそれでいいのだが、せっかく来た異世界だ。
魔法が存在するなら使ってみたいという思いもある。
「そうかー。でも魔法はねー。適正とか色々あるからねー」
同じような話をリーリャさんもしていた。この世界の魔法はどうやら「誰にでも使えるもの」ではないらしい。
いくつかの系統があり、自分に適した系統の魔法しか使えない。そもそも魔法に適さない人の方が多いらしい。
「ちなみに私は魔法は使えない。でもどの系統が向いているか調べるのはいいかもね。もしも適性があるなら覚えておいてもいいかもね」
そう言ってシシリーさんは立ち上がる。
「行くよ」
と言って歩いていく。さっきまで眠そうだったのに急に行動的になった理由はなんだろうか。
とりあえず話の流れから俺の魔法適正とやらを調べに行くのだろうと予想がついたので俺は彼女の後を追った。
屋敷を出て戸惑うことなく歩いている。
「あの、どこに?」
俺が尋ねるとシシリーさんは歩きながら
「知り合いの店。そこで魔法の適性が判断できるの」
と言った。
彼女の進む道順になんとなく覚えがあった。