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第21話

「レイトー。おつかーい」


洗濯が終わった頃、今までどこにいたのかわからないシシリーさんが不意に出てきて俺にその言葉を告げる。

日常生活の些細な一場面に見えるが、これもれっきとした修行の一環だった。


「ほい、今日はこれね。何を作るのに使うのかとどういうところに売ってるのか、ちゃんと考えて覚えるんだよ」


そう言って彼女は俺にメモを渡す。

冒険者に必要な要素は戦闘能力だけではない。


試験で俺が実力を十分に発揮できるようにシシリーさんは知識も鍛えてくれるようだ。その方法がこれである。

知識に関しては「見て覚える」よりも「実践して覚える」方がいいというのが彼女の持論だった。

毎日一回、決められた時間に彼女のお使いをする。


俺は町に出て頼まれたものを買い、それがどういう用途で使われるのかを調べた上で彼女が想定しているであろう完成品を作って渡す。


素材を売っている店の場所は町によって変わるが、どういう店に取り扱いがあるのか傾向を覚えるための修行でもある。


三日前から始まったこの修業。最初は傷薬など簡単なものから始まり、だんだんと難易度が上がっている。


今日は木くずから作る紙とカムチカという名前の植物だ。

一流の冒険者は町で買わずに自分で素材を集めたりもするらしいが俺はまだ町の外に出る許可は貰っていない。


おつかいは町の中の店で素材を買い集めるのがルールだった。

一先ず比較的入手が容易と思われる紙を探すために俺は町へ出た。


木くずから作られる紙……可能性があるのは木工所か。

そう思い、町行く人に木工所があるかどうかを尋ねる。


「木工所? バルクレストまで行けばあると思うけど、この町にはないんじゃないかな」


いろんな人に聞いてみたが返ってくるのはそんな答えばかりだった。

アストリアの周囲には平たんな土地の代わりに木が少ない。木工は主にバルクレストに委ねているらしい。


そう言えば木こりをしていた時にカッパーさんがそんなことを言っていたような気がする。

月に何回か町の男手を集めて材木になる木を伐採する日がある。その日を目途にアストリアから商人がやってきて交易と買い付けをしていた。


ということは、その買い付けをした商人のところへ行けば売ってくれるかもしれない。


バルクレストに足を運ぶ商人か。思い当たる人物が一人だけいる。俺は以前聞いた彼の店があるという町の南区へ向かった。



「おや、レイトくん」


店に入って来た俺を見て店主が意外そうな声を上げる。やって来たのは魔術本の店。有名な店らしく町の人に聞いたらすぐに場所を教えてくれた。


店主は顔見知りだ。バルクレストからアストリアまで俺を荷車に乗せてくれた商人、リーリャさんである。

彼は魔術本を作るための材料をわざわざ自分でバルクレストまで買いに来る商人だ。きっと紙もあるだろう。


俺は彼に事情を説明した。


「なるほどね。面白い修行だ。いいよ、紙を譲ってあげよう」


リーリャさんはそう言って本来売るものではないはずの紙を融通してくれる。

それから俺の持つメモに興味を示したらしく「ちょっと見せて」と言ったのでメモを手渡す。


「ふふっ」


とメモに目を通したリーリャさんが笑う。俺が不思議そうな顔をしたのに気づいたのか


「ああ、ごめん。君の師匠は随分と君のことをわかっている人らしいね」


と言って紙を返してくれる。その言葉の意味は分からなかったが、彼はもう一つの素材カムチカという植物にも覚えがあるらしい」


それはどこで買えるのか、俺が尋ねるとリーリャさんは不敵に笑う。


「それを全部教えるときっと君の修行にならないだろうから、とりあえずヒントをあげよう。君がほとんど毎日、バルクレストでもアストリアでも通っていたところに行ってごらん。売ってくれるかはわからないけどその植物は必ずそこにあるよ」


簡単に答えを教えて貰えなかったのは残念だが、彼の言うことにも一理ある。簡単に答えを教えて貰っては「自分で調べて考える」というシシリーさんの意図に反するだろう。


俺は紙の件に一先ずお礼を言って、それから店を出る。

リーリャさんの言葉の意味を考える。


俺が毎日行く場所か。自然と限られてきそうだが故郷であるバルクレストならともかくアストリアに来てからはほとんど修行の毎日だ。


屋敷から出ることも少なく、行った店は数えられるほどしかない。

行ったことのある店を片っ端から尋ねて聞いてみるか。


そう思いつつ、その前に一先ず休憩をしようと懐に手を伸ばす。

ここは大通りではないし、馬車も通らないから煙草を吸っても大丈夫そうだ。


そう思ったのに、なんということだろうか。袋の中に煙草がもう残っていない。


「仕方ないか……」


残念そうに呟き、俺は迷うことなく屋敷のある東区へ向かった。


東区のとある一画、シシリーさんの屋敷からそう遠くないところに小さな商店がある。経営しているのは腰の曲がったおばあさんで名前は知らない。


アストリアの多くの店は南区に集中しているのだが「そんなことは知らん」とでも言いたげにポツンと建つその商店はアストリア唯一の俺の御用達の店だった。

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