私たちが、いつも通っている高校。
夏休みになっても、私やハルキはそれぞれの用事で来ることになる。でも、普通の登校日に比べたら、やっぱり来る頻度は落ちるだろう。
その高校に、私とハルキ……そして聡は、訪れていた。
「わぁ、やっぱりどの部活もちゃんと練習してるんだなぁ」
校舎の中には生徒はいないかもしれないけど、グラウンドには生徒の元気な声が響きわたっている。
部活中の生徒が、頑張っているのだろう。
聡の向かう先は、グラウンド。そこでは陸上部が練習しているからだ。
「じゃ、俺ちょっくら行ってくるから」
「大丈夫? ボクもついていこうか?」
「い、いいってそれくらい」
先ほどは二人で高校に行きたい……みたいなことを言っていたのに、ここではハルキについてこられるのはイヤみたいだ。
ま、ただ学校までの道を歩くのと、付き添いで陸上部にまで行くのとじゃ違うのかもしれないけど。
そこはよくわからない。
「陸上部の顧問には、事前に連絡してあったんだっけ?」
「そ。じゃ、姉ちゃんたちは適当に時間潰しといてよ」
あっさりと言って、聡は陸上部が部活動しているグラウンドへと走っていく。
まだジョギング程度だろうに、それでも速いなとはぼんやり思った。
「やー、速いねぇ。ウチの陸上部から声がかかるってんだから、それもそうか」
「ウチの陸上部って、結構強いところなんだっけ」
走っていく聡の後ろ姿を見送りながら言うハルキに、私は問いかける。
さっき聡に聞けばよかったんだろうけど、ついつい聞きそびれてしまった。
まだ入学して三ヶ月な上に、そもそも陸上部……いや部活動の内容がそこまでわかっているわけじゃない。
それでも、確かウチの陸上部は強豪で有名だったはずだ。というのはぼんやり聞いた。
数年前から赴任してきた教師が顧問になって以来、大きな大会で優勝を続けている……とか。
「そうだね。陸上部の友達が言うには、陸上部はかなり力を入れて頑張っているみたい」
「へぇ」
ハルキ、陸上部の友達がいるんだ。知らなかったな。
私の知らない友達がいるという事実に、ちょっともやもやしちゃう。
……しかし、これでハルキと二人きりになっちゃったな。
「……」
今まで、ハルキと二人きりになることは……なかった。
教室では、当然他のクラスメイトもいるし。以前スマホを買いに行ったときだって、周辺にはたくさんの人が居た。
今だって、遠くに部活中の生徒は居る。
でも、近くには誰もいない。本当に、二人きりになってしまったようだ。
「……ハルキはさ、すごいよね」
「え?」
なんだかんだで初めての空間に、私は思わず口を開いた。
ハルキと、なんでもいいから話をしたい。そう思ったから。
「だってさ、運動部の助っ人って言ってたけど……まだ一年生なのに、いろんな運動部に呼ばれるくらいなんてさ」
遠くから聞こえる、生徒の元気な声。
それを聞きながら、思う。私も今日まで頑張ってきたけど、それはハルキも同じなのだと。
まあ、それぞれなにに対して頑張るかの思いは全然違っただろうけど。
昔は、活発に外で遊んでいたハルキ。運動神経もよくて、私は全然追いつけなかった。
あの頃から、もっと……もっと、かっこよくなったんだな。
「あはは、ありがとう。ま、身体動かすくらいしかやることがなかったからね。自然とこうなったって言うか」
……それは謙遜などではなく、本当のことなのだろう。
ハルキが、私と別れてからの十年間……どうやって過ごしていたかは知らない。聞いてない。
なんとなく、私の方からそういう話をするのは避けていた。なんとなく。
私が知らないハルキのことを知りたいはずなのに。なんでか、私が知らないハルキを知るのが怖い気持ちがある。
さっきの、告白されたことがあるのかということもそう。気になっているはずなのに、私は……
「ねえハルキ……」
「なに?」
「ハルキはさ……私のこと、知りたいって思う?」
……自分でもなにを聞いているのか、よくわからなかった。
なんでこんなことを、聞いているんだろう。
「カレンのこと?」
ハルキを困らせたいわけじゃないのに。こんなこと言っちゃったら、どうしたって困っちゃうじゃないか。
でも、一度言った言葉を取り消すことはできない。
ならばなんとか、今の言葉が不自然ではないような言い訳を考えなければ。
そう思っていたけど……
「そりゃ、知りたいって思うよ」
「!」
あっさりと、ハルキはそう答えたのだった。
「そ、そう……」
「そういえば、お互い知らないことばかりだもんね。別れてからのこと、あんまり話してこなかったし」
ハルキと話す時間はたっぷりあった。スマホの連絡先も交換しているし、学校じゃなくったって話せる。
なのに、話すのはなんてことないことばかり。肝心なことは話していない。
お互いにどこか、遠慮のようなものはあったのかもしれないけど。
「じゃあこれからは、お互いのことをもっと知っていこうよ。たとえば、さっきみたいな恋バナとかしたいな!」
「恋バナ……」
「そ! 女子高生って言ったら、やっぱり恋バナじゃない? ボクそういうの、憧れてたんだよねー」
二人の距離感を、もっと縮める……そういう意味で、ハルキの提案はこの上なく良いものだった。
まだ私たちは、お互いのことを知らない。あんなに想っていたハルキのことだって、結局は思い出の中のハルキのことばかりだ。
どこかウキウキの様子のハルキに、私はなんだかおかしくなる。
恋バナ、か……ハルキとそういう話をするときが来るなんて、思ってもみなかったな。
「お互い、好きなタイプについて話し合って、語り合ってさ。楽しそうじゃない? それにボク、カレンの好きなタイプとかも気になるし……」
「……ハルキ」
「え?」
ハルキとそういう話をするのは、なんだかとても楽しそうなのに。
なぜか、ハルキとそういう話をしたくない。
だからだろうか……
「私の、好きなタイプは……」
自分でも思ってもいないうちに、口が動いていったのは。