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第36話 私の、好きなタイプは



 私たちが、いつも通っている高校。

 夏休みになっても、私やハルキはそれぞれの用事で来ることになる。でも、普通の登校日に比べたら、やっぱり来る頻度は落ちるだろう。


 その高校に、私とハルキ……そして聡は、訪れていた。


「わぁ、やっぱりどの部活もちゃんと練習してるんだなぁ」


 校舎の中には生徒はいないかもしれないけど、グラウンドには生徒の元気な声が響きわたっている。

 部活中の生徒が、頑張っているのだろう。


 聡の向かう先は、グラウンド。そこでは陸上部が練習しているからだ。


「じゃ、俺ちょっくら行ってくるから」


「大丈夫? ボクもついていこうか?」


「い、いいってそれくらい」


 先ほどは二人で高校に行きたい……みたいなことを言っていたのに、ここではハルキについてこられるのはイヤみたいだ。


 ま、ただ学校までの道を歩くのと、付き添いで陸上部にまで行くのとじゃ違うのかもしれないけど。

 そこはよくわからない。


「陸上部の顧問には、事前に連絡してあったんだっけ?」


「そ。じゃ、姉ちゃんたちは適当に時間潰しといてよ」


 あっさりと言って、聡は陸上部が部活動しているグラウンドへと走っていく。

 まだジョギング程度だろうに、それでも速いなとはぼんやり思った。


「やー、速いねぇ。ウチの陸上部から声がかかるってんだから、それもそうか」


「ウチの陸上部って、結構強いところなんだっけ」


 走っていく聡の後ろ姿を見送りながら言うハルキに、私は問いかける。

 さっき聡に聞けばよかったんだろうけど、ついつい聞きそびれてしまった。


 まだ入学して三ヶ月な上に、そもそも陸上部……いや部活動の内容がそこまでわかっているわけじゃない。

 それでも、確かウチの陸上部は強豪で有名だったはずだ。というのはぼんやり聞いた。


 数年前から赴任してきた教師が顧問になって以来、大きな大会で優勝を続けている……とか。


「そうだね。陸上部の友達が言うには、陸上部はかなり力を入れて頑張っているみたい」


「へぇ」


 ハルキ、陸上部の友達がいるんだ。知らなかったな。

 私の知らない友達がいるという事実に、ちょっともやもやしちゃう。


 ……しかし、これでハルキと二人きりになっちゃったな。


「……」


 今まで、ハルキと二人きりになることは……なかった。


 教室では、当然他のクラスメイトもいるし。以前スマホを買いに行ったときだって、周辺にはたくさんの人が居た。

 今だって、遠くに部活中の生徒は居る。


 でも、近くには誰もいない。本当に、二人きりになってしまったようだ。


「……ハルキはさ、すごいよね」


「え?」


 なんだかんだで初めての空間に、私は思わず口を開いた。

 ハルキと、なんでもいいから話をしたい。そう思ったから。


「だってさ、運動部の助っ人って言ってたけど……まだ一年生なのに、いろんな運動部に呼ばれるくらいなんてさ」


 遠くから聞こえる、生徒の元気な声。

 それを聞きながら、思う。私も今日まで頑張ってきたけど、それはハルキも同じなのだと。

 まあ、それぞれなにに対して頑張るかの思いは全然違っただろうけど。


 昔は、活発に外で遊んでいたハルキ。運動神経もよくて、私は全然追いつけなかった。

 あの頃から、もっと……もっと、かっこよくなったんだな。


「あはは、ありがとう。ま、身体動かすくらいしかやることがなかったからね。自然とこうなったって言うか」


 ……それは謙遜などではなく、本当のことなのだろう。

 ハルキが、私と別れてからの十年間……どうやって過ごしていたかは知らない。聞いてない。


 なんとなく、私の方からそういう話をするのは避けていた。なんとなく。

 私が知らないハルキのことを知りたいはずなのに。なんでか、私が知らないハルキを知るのが怖い気持ちがある。


 さっきの、告白されたことがあるのかということもそう。気になっているはずなのに、私は……


「ねえハルキ……」


「なに?」


「ハルキはさ……私のこと、知りたいって思う?」


 ……自分でもなにを聞いているのか、よくわからなかった。

 なんでこんなことを、聞いているんだろう。


「カレンのこと?」


 ハルキを困らせたいわけじゃないのに。こんなこと言っちゃったら、どうしたって困っちゃうじゃないか。

 でも、一度言った言葉を取り消すことはできない。


 ならばなんとか、今の言葉が不自然ではないような言い訳を考えなければ。

 そう思っていたけど……


「そりゃ、知りたいって思うよ」


「!」


 あっさりと、ハルキはそう答えたのだった。


「そ、そう……」


「そういえば、お互い知らないことばかりだもんね。別れてからのこと、あんまり話してこなかったし」


 ハルキと話す時間はたっぷりあった。スマホの連絡先も交換しているし、学校じゃなくったって話せる。

 なのに、話すのはなんてことないことばかり。肝心なことは話していない。


 お互いにどこか、遠慮のようなものはあったのかもしれないけど。


「じゃあこれからは、お互いのことをもっと知っていこうよ。たとえば、さっきみたいな恋バナとかしたいな!」


「恋バナ……」


「そ! 女子高生って言ったら、やっぱり恋バナじゃない? ボクそういうの、憧れてたんだよねー」


 二人の距離感を、もっと縮める……そういう意味で、ハルキの提案はこの上なく良いものだった。

 まだ私たちは、お互いのことを知らない。あんなに想っていたハルキのことだって、結局は思い出の中のハルキのことばかりだ。


 どこかウキウキの様子のハルキに、私はなんだかおかしくなる。

 恋バナ、か……ハルキとそういう話をするときが来るなんて、思ってもみなかったな。


「お互い、好きなタイプについて話し合って、語り合ってさ。楽しそうじゃない? それにボク、カレンの好きなタイプとかも気になるし……」


「……ハルキ」


「え?」


 ハルキとそういう話をするのは、なんだかとても楽しそうなのに。

 なぜか、ハルキとそういう話をしたくない。


 だからだろうか……


「私の、好きなタイプは……」


 自分でも思ってもいないうちに、口が動いていったのは。

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