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第43話 居心地が良くて



 目の前で眠っているままのハルキに、私は顔を近づけていた。

 目の先にあるのは、ハルキの小さくぷっくらした唇……今私がやろうとしていることは、きっと許されないことだろう。


 それがわかっていながら……身体が、とめられない。私とハルキの吐息が混じり合う。

 あと、少し……もう少しで……


「ん……んん……?」


「!」


 ふと聞こえた、声。私のものではない……それはハルキのものだ。

 だからだろう、私の身体は反射的に動きを止めた。目の前に、ハルキの顔があるのに……少し唇を突き出せば、触れてしまうほどの距離なのに。

 なにも考えずに、動いてしまえばいい。


 でも私は、頭の中が急激に冷え込んでいくのを感じた。

 そして、なにをどうするよりも先に……恐れていたことが、起こる。


「あれ……カレン?」


「っ!」


 ハルキが、目を覚ましたのだ。

 重く閉じられていた瞼は開き、その瞳はしっかりと私の顔を捉えている。


 どうしよう……言い訳できない状況だ。こんな近い距離にまで、顔を近づけて……しかも、眠っているハルキ相手にだ。


 どうしようどうしようどうしよう。頭の中がこんがらがる。さっきまで、イケないことでいっぱいだったのに……今は、それどころじゃない。

 こんな姿見られたら、ハルキに嫌われてしまう。それだけは、嫌だ。


「どうかし……」


「おお、おはようハルキ!」


 ハルキに嫌われたくない。その気持ちがあってか、私はなんとか顔を離すことに成功した。

 よかった……あのままの距離で会話を続けていたら、どうなっていたか。ハルキの反応も、私の理性も。


 まだ寝ぼけているらしいハルキに、状況を整理させるわけにはいかない。今のうちに、私は口早に言う。


「き、気がついたらよく眠ってたから、起こしたら悪いと思って放っておこうと思ったの! で、でもあんまり気持ちよさそうに寝ていたものだから、思わずじっと見ちゃって……それは謝るわごめんなさい! あ、それで顔に、というかまつ毛にほこりがついているのが見えたからね? それを取ろうと思って、思いのほか近づいちゃった! ほ、他に意味はないのよ!? ただほこりを取ろうとしただけだから! でも安心して、ちゃんとほこりは取れたから! それでハルキはぐっすり眠れたかしら!? ぐっすりって言っても、数分も経ってないと思うんだけどねあはははは!」


 ……我ながらなんて、怪しさ全開なんだろう。

 早口でまくし立てている分、ハルキには言葉の内容が半分も伝わっているのかわからない。


 いや、伝わらなくていいんだ。とりあえず、私がハルキの顔に急接近していた理由だけ伝わってくれれば。

 あれ? じゃあ中身は伝わったほうがいいんじゃないか? あれれ?


「う、うん……ありがとう?」


 頭の中がめちゃくちゃになってきたと感じていたところに、ハルキもまたきょとんとした表情を浮かべている。

 今のが伝わりきったかはわからないけど、変には思われなかった……はずだ。


 とにかく……今のは、なかったことにしないと。


「ごめんね、なんだか眠くって」


「ね、寝不足なんでしょ、聞いたわよ。にしても、こんなところでそんな状態で寝るなんて」


「あはは、面目ない。居心地が良くてついね」


 ハルキは笑うけど、私は熱くなった顔を冷ますので精一杯だ。

 なるべく顔を見せないようにしながらも、会話をする。


 うるさかった心臓は、時間の経過につれて穏やかになっていく。身体の熱も、さっきよりかは落ち着いたみたいだ。

 でも……まだ、熱い部分がある。唇と、それと……


「う、んんっ……」


 寝起きのためか伸びをするハルキ。その際、胸の膨らみが揺れるのを私は見逃さなかった。

 わ、私ってばなんてはしたない……


 いや、そうじゃなくてだ……ふと、気になった。


「ハルキさ……ちゃんと、サイズの合った下着つけてる?」


「え? どうだろ……とりあえず付けれればいいかなって思ってたから」


「だめよそんなの!」


 ……うん、いつもの調子に戻ってきた。そう、いつも通りに。

 さっきのことは、気の迷いだと忘れるんだ。私は普通、私はノーマル……私が好きなのは、ちゃんと男の子だ。


 だから本当に、さっきのは気の迷いだ。


「じゃあカレン、今度一緒に買いに行こうよ」


「……まあ、いいけど」


「やったっ」


 こうして無邪気なハルキをかわいいと思うのも、一種の庇護欲のようなものだ。そうに違いない。

 さっきき、き、キス……しようとしたのだって、あれだよ。世の中にはペットにキスする人もいるし、それと同じ感じで。


 いや、ハルキをペット扱いしているわけじゃないけど……


 ……ハルキがペットかぁ。


「ごくっ」


「?」


 と、ともかく! さっきのは、ハルキも気がついていないし、誰も見ていないんだ。早く忘れて……


「なー姉ちゃん、冷蔵庫になんかジュースとか入っ……」


「わぁああああ!?」


「!?」


 背後から声をかけられ、私は驚いてしまう。

 とっさに振り向くと、そこには驚いた表情を浮かべた聡。


「な、なんだよいったい」


「いや……聡、あんたいつからいた?」


「? いつからって、今来たばかりだけど」


 ほっ……見られてなかった。よかった。

 てっきりあの場面を見られてしまったのかと思った……あ、焦った。

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