目の前で眠っているままのハルキに、私は顔を近づけていた。
目の先にあるのは、ハルキの小さくぷっくらした唇……今私がやろうとしていることは、きっと許されないことだろう。
それがわかっていながら……身体が、とめられない。私とハルキの吐息が混じり合う。
あと、少し……もう少しで……
「ん……んん……?」
「!」
ふと聞こえた、声。私のものではない……それはハルキのものだ。
だからだろう、私の身体は反射的に動きを止めた。目の前に、ハルキの顔があるのに……少し唇を突き出せば、触れてしまうほどの距離なのに。
なにも考えずに、動いてしまえばいい。
でも私は、頭の中が急激に冷え込んでいくのを感じた。
そして、なにをどうするよりも先に……恐れていたことが、起こる。
「あれ……カレン?」
「っ!」
ハルキが、目を覚ましたのだ。
重く閉じられていた瞼は開き、その瞳はしっかりと私の顔を捉えている。
どうしよう……言い訳できない状況だ。こんな近い距離にまで、顔を近づけて……しかも、眠っているハルキ相手にだ。
どうしようどうしようどうしよう。頭の中がこんがらがる。さっきまで、イケないことでいっぱいだったのに……今は、それどころじゃない。
こんな姿見られたら、ハルキに嫌われてしまう。それだけは、嫌だ。
「どうかし……」
「おお、おはようハルキ!」
ハルキに嫌われたくない。その気持ちがあってか、私はなんとか顔を離すことに成功した。
よかった……あのままの距離で会話を続けていたら、どうなっていたか。ハルキの反応も、私の理性も。
まだ寝ぼけているらしいハルキに、状況を整理させるわけにはいかない。今のうちに、私は口早に言う。
「き、気がついたらよく眠ってたから、起こしたら悪いと思って放っておこうと思ったの! で、でもあんまり気持ちよさそうに寝ていたものだから、思わずじっと見ちゃって……それは謝るわごめんなさい! あ、それで顔に、というかまつ毛にほこりがついているのが見えたからね? それを取ろうと思って、思いのほか近づいちゃった! ほ、他に意味はないのよ!? ただほこりを取ろうとしただけだから! でも安心して、ちゃんとほこりは取れたから! それでハルキはぐっすり眠れたかしら!? ぐっすりって言っても、数分も経ってないと思うんだけどねあはははは!」
……我ながらなんて、怪しさ全開なんだろう。
早口でまくし立てている分、ハルキには言葉の内容が半分も伝わっているのかわからない。
いや、伝わらなくていいんだ。とりあえず、私がハルキの顔に急接近していた理由だけ伝わってくれれば。
あれ? じゃあ中身は伝わったほうがいいんじゃないか? あれれ?
「う、うん……ありがとう?」
頭の中がめちゃくちゃになってきたと感じていたところに、ハルキもまたきょとんとした表情を浮かべている。
今のが伝わりきったかはわからないけど、変には思われなかった……はずだ。
とにかく……今のは、なかったことにしないと。
「ごめんね、なんだか眠くって」
「ね、寝不足なんでしょ、聞いたわよ。にしても、こんなところでそんな状態で寝るなんて」
「あはは、面目ない。居心地が良くてついね」
ハルキは笑うけど、私は熱くなった顔を冷ますので精一杯だ。
なるべく顔を見せないようにしながらも、会話をする。
うるさかった心臓は、時間の経過につれて穏やかになっていく。身体の熱も、さっきよりかは落ち着いたみたいだ。
でも……まだ、熱い部分がある。唇と、それと……
「う、んんっ……」
寝起きのためか伸びをするハルキ。その際、胸の膨らみが揺れるのを私は見逃さなかった。
わ、私ってばなんてはしたない……
いや、そうじゃなくてだ……ふと、気になった。
「ハルキさ……ちゃんと、サイズの合った下着つけてる?」
「え? どうだろ……とりあえず付けれればいいかなって思ってたから」
「だめよそんなの!」
……うん、いつもの調子に戻ってきた。そう、いつも通りに。
さっきのことは、気の迷いだと忘れるんだ。私は普通、私はノーマル……私が好きなのは、ちゃんと男の子だ。
だから本当に、さっきのは気の迷いだ。
「じゃあカレン、今度一緒に買いに行こうよ」
「……まあ、いいけど」
「やったっ」
こうして無邪気なハルキをかわいいと思うのも、一種の庇護欲のようなものだ。そうに違いない。
さっきき、き、キス……しようとしたのだって、あれだよ。世の中にはペットにキスする人もいるし、それと同じ感じで。
いや、ハルキをペット扱いしているわけじゃないけど……
……ハルキがペットかぁ。
「ごくっ」
「?」
と、ともかく! さっきのは、ハルキも気がついていないし、誰も見ていないんだ。早く忘れて……
「なー姉ちゃん、冷蔵庫になんかジュースとか入っ……」
「わぁああああ!?」
「!?」
背後から声をかけられ、私は驚いてしまう。
とっさに振り向くと、そこには驚いた表情を浮かべた聡。
「な、なんだよいったい」
「いや……聡、あんたいつからいた?」
「? いつからって、今来たばかりだけど」
ほっ……見られてなかった。よかった。
てっきりあの場面を見られてしまったのかと思った……あ、焦った。