目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

最終話 ハルキに恋してよかった



 ドキドキと、胸が高鳴る。それはさっき、ハルキにキスをしようとしたから……だけではなく。


 いつの間にか後ろに聡が立っていたからだ。

 ただ、今来たばかりだと聞いて……私はほっとする。今のやりとりを見られていなかったからだ。


「はぁ……ジュースあるわよ。好きなの飲みな」


「やりー。って、なんか疲れてない?」


「べ、別に」


 私の返事を聞いて、聡は冷蔵庫へと向かう。まったく、私が自分に買ったものなんだけどな。

 まあでも、勝手に冷蔵庫を開けない辺りは、評価したい。他にもあるし、一つくらいいいか。


 聡はリンゴジュースを手に、キッチンからコップを取り出していく。


「そういや、今なんの話ししてたんだ?」


 聡の何気ない言葉にまたも、心臓が高鳴る。

 つい、さっき私がやろうとしていたことを思い出してしまう。


 いや、あれはハルキだって気が付いていないんだし。早く忘れないと!


「あぁ、カレンと下着買いに行こうって話をしていたんだよ」


「へぇ、しっ……!?」


「は、ハルキ! そんなのバカ正直に言わないの!」


 あんまり当たり前のように言うもんだから、私も聡も一瞬平然と流しそうになってしまった。

 でも、言葉の意味を理解してほぼ同時に、声を上げる。


 聡なんか、危うくジュースとコップを落としそうになるほどに、慌ててしまっている。


「ん? あ、ごめんねカレン。恥ずかしかったよね」


「わ、私じゃなくてぇ……!」


 こ、この男……じゃなくて女はぁ……! なんてことを言うんだ!

 自分がどれだけのことを言ったのか、気付いていないらしいのがまたタチが悪い!


 ハルキの場合、異性との距離感の問題とは別にこういった……発言の内容にも気を付けてもらわないと。

 ほら、そこにいる男の子はもうドキドキしっぱなしだ。


「ハルキ、覚悟しといてね」


「? うん?」


 せめてこの夏休み中にでも、少しは直さないと。

 多分、これまでの生活感が抜けきっていないんだろうな。それに、自分が女だという自覚があんまりないのかもしれない。


 聡に自分のことを「はるきにーちゃん」と呼ばせようとするのも、それが原因のところあるだろうし。

 女の子としての自覚を持たせることを、密かに決める。


「! あ、蓮花から連絡だわ」


 ふと、ポケットに入れていたスマホが震える。

 取り出して画面を見ると、そこには蓮花からのメッセージが映し出されていた。


 その内容は、補習のある日時。わりと近い。

 そして、聡も勉強会に参加することへの喜びのスタンプが送られてきた。


 さっき、勉強会には聡も参加するということを伝えておいたのだ。


「蓮花からだわ。早速、勉強会の日程を組まないとね」


「わぁい。……ってそういえば聡は陸上部の練習に参加するのに、大丈夫?」


「そのあたりのことも考えて時間を考えるわ。それに、陸上部には四六時中いなきゃいけないわけじゃないでしょ?」


「まあな」


「勉強会にもずっと張り付いてないといけないわけでもないしね」


 スマホでカレンダーを表示し、補習の日とそれ以前に勉強会を入れること、聡の予定……といろいろと考えていく。

 なんか、こうやって予定を立てていくのは楽しいかも。


「なんか、カレン嬉しそうだね」


 そして、実際にハルキにもそう見えたらしい。


「そ、そうかしら?」


「うん。その顔、ボク好きだな」


「っ……そ、そう」


 またこの子は……こっちが油断している時に、さらっととんでもないことを言ってくるんだから。


 私が男だったら、変なことを言うその口を俺の口で塞いでやる……って、なんか変な妄想しちゃってる。

 いい加減、そういうのも考えるのやめないと。女として生まれた以上、そんなことはできやしないんだし。


「蓮花……って、補習の勉強会するって人ですか?」


「そうそう。ボクにとっては高校でできた初めての友達なんだけど、カレンは昔から友達だったんだってさー」


 ハルキと聡が会話しているのを聞きながら、私はスマホを操作して……頭の中では、ここ三ヶ月のことを思い出していた。


 高校生という、一歩大人になったかのような感覚。そして入学式で、まさかハルキと十年ぶりに再会することになるなんて。嬉しいこと尽くしだった。

 でも、再会したハルキは実は女の子で。ハルキに初恋をしていた私は、その恋が儚く散ったことを知った。


 そう、初恋は散ったはずだった。なのに、私の心にはまだ、ハルキに対する気持ちが残っている。"好き"だという気持ちが、残っている。


「そう、すごくいい子なんだよその子は」


 いくら抑え込もうと思っても、ハルキの声を聞くたび、笑顔を見るたび簡単に揺らいで溢れてしまう。

 ハルキは女の子なのに、この気持ちが実ることはないのに……私は、あんなことまでしてしまった。


 あと少しで……取り返しのつかないところに、なるところだった。


「でも、このままじゃだめだよね……」


「? カレン、どうかした?」


「ううん、なんでもないよ」


 改めて、誓わないと。ハルキに対する気持ちは、封印するって。


 この夏休みに、聡や蓮花……みんなとの時間をいっぱい作って、遊んで、そこでハルキとの関係を"友達"にするんだ。ちゃんと。

 初恋が叶わなくなったのは悲しいけど……友達でなくなるのまでは、嫌だから。


「この先も、楽しみがいっぱいだなって思って」


「はは、変なの。でも、そうだね」


 ……私にとって、怒涛の三ヶ月だったけど。やっぱり楽しいことが、多かった。


 ハルキと一緒なら……また気持ちに翻弄されたりすることもあるかもしれない。

 ハルキを好きにならなければ、こんな気持ちにはならなかった。

 けど……ハルキと出会ってから楽しいことのほうが多かった。ハルキと出会ったから、今の私があるんだもん。


 だから……ハルキへの恋を捨てなきゃいけないという気持ちとは別に。私は、ハルキに恋してよかったと、本気で思っている。

 思っているけど……


 昔遊んだ男の子と再会したら、実は女の子だったなんて。やっぱり、複雑な気持ちでいっぱいだよ。



 ―――完結―――



 あとがきへ続きます。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?