ドキドキと、胸が高鳴る。それはさっき、ハルキにキスをしようとしたから……だけではなく。
いつの間にか後ろに聡が立っていたからだ。
ただ、今来たばかりだと聞いて……私はほっとする。今のやりとりを見られていなかったからだ。
「はぁ……ジュースあるわよ。好きなの飲みな」
「やりー。って、なんか疲れてない?」
「べ、別に」
私の返事を聞いて、聡は冷蔵庫へと向かう。まったく、私が自分に買ったものなんだけどな。
まあでも、勝手に冷蔵庫を開けない辺りは、評価したい。他にもあるし、一つくらいいいか。
聡はリンゴジュースを手に、キッチンからコップを取り出していく。
「そういや、今なんの話ししてたんだ?」
聡の何気ない言葉にまたも、心臓が高鳴る。
つい、さっき私がやろうとしていたことを思い出してしまう。
いや、あれはハルキだって気が付いていないんだし。早く忘れないと!
「あぁ、カレンと下着買いに行こうって話をしていたんだよ」
「へぇ、しっ……!?」
「は、ハルキ! そんなのバカ正直に言わないの!」
あんまり当たり前のように言うもんだから、私も聡も一瞬平然と流しそうになってしまった。
でも、言葉の意味を理解してほぼ同時に、声を上げる。
聡なんか、危うくジュースとコップを落としそうになるほどに、慌ててしまっている。
「ん? あ、ごめんねカレン。恥ずかしかったよね」
「わ、私じゃなくてぇ……!」
こ、この男……じゃなくて女はぁ……! なんてことを言うんだ!
自分がどれだけのことを言ったのか、気付いていないらしいのがまたタチが悪い!
ハルキの場合、異性との距離感の問題とは別にこういった……発言の内容にも気を付けてもらわないと。
ほら、そこにいる男の子はもうドキドキしっぱなしだ。
「ハルキ、覚悟しといてね」
「? うん?」
せめてこの夏休み中にでも、少しは直さないと。
多分、これまでの生活感が抜けきっていないんだろうな。それに、自分が女だという自覚があんまりないのかもしれない。
聡に自分のことを「はるきにーちゃん」と呼ばせようとするのも、それが原因のところあるだろうし。
女の子としての自覚を持たせることを、密かに決める。
「! あ、蓮花から連絡だわ」
ふと、ポケットに入れていたスマホが震える。
取り出して画面を見ると、そこには蓮花からのメッセージが映し出されていた。
その内容は、補習のある日時。わりと近い。
そして、聡も勉強会に参加することへの喜びのスタンプが送られてきた。
さっき、勉強会には聡も参加するということを伝えておいたのだ。
「蓮花からだわ。早速、勉強会の日程を組まないとね」
「わぁい。……ってそういえば聡は陸上部の練習に参加するのに、大丈夫?」
「そのあたりのことも考えて時間を考えるわ。それに、陸上部には四六時中いなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
「まあな」
「勉強会にもずっと張り付いてないといけないわけでもないしね」
スマホでカレンダーを表示し、補習の日とそれ以前に勉強会を入れること、聡の予定……といろいろと考えていく。
なんか、こうやって予定を立てていくのは楽しいかも。
「なんか、カレン嬉しそうだね」
そして、実際にハルキにもそう見えたらしい。
「そ、そうかしら?」
「うん。その顔、ボク好きだな」
「っ……そ、そう」
またこの子は……こっちが油断している時に、さらっととんでもないことを言ってくるんだから。
私が男だったら、変なことを言うその口を俺の口で塞いでやる……って、なんか変な妄想しちゃってる。
いい加減、そういうのも考えるのやめないと。女として生まれた以上、そんなことはできやしないんだし。
「蓮花……って、補習の勉強会するって人ですか?」
「そうそう。ボクにとっては高校でできた初めての友達なんだけど、カレンは昔から友達だったんだってさー」
ハルキと聡が会話しているのを聞きながら、私はスマホを操作して……頭の中では、ここ三ヶ月のことを思い出していた。
高校生という、一歩大人になったかのような感覚。そして入学式で、まさかハルキと十年ぶりに再会することになるなんて。嬉しいこと尽くしだった。
でも、再会したハルキは実は女の子で。ハルキに初恋をしていた私は、その恋が儚く散ったことを知った。
そう、初恋は散ったはずだった。なのに、私の心にはまだ、ハルキに対する気持ちが残っている。"好き"だという気持ちが、残っている。
「そう、すごくいい子なんだよその子は」
いくら抑え込もうと思っても、ハルキの声を聞くたび、笑顔を見るたび簡単に揺らいで溢れてしまう。
ハルキは女の子なのに、この気持ちが実ることはないのに……私は、あんなことまでしてしまった。
あと少しで……取り返しのつかないところに、なるところだった。
「でも、このままじゃだめだよね……」
「? カレン、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
改めて、誓わないと。ハルキに対する気持ちは、封印するって。
この夏休みに、聡や蓮花……みんなとの時間をいっぱい作って、遊んで、そこでハルキとの関係を"友達"にするんだ。ちゃんと。
初恋が叶わなくなったのは悲しいけど……友達でなくなるのまでは、嫌だから。
「この先も、楽しみがいっぱいだなって思って」
「はは、変なの。でも、そうだね」
……私にとって、怒涛の三ヶ月だったけど。やっぱり楽しいことが、多かった。
ハルキと一緒なら……また気持ちに翻弄されたりすることもあるかもしれない。
ハルキを好きにならなければ、こんな気持ちにはならなかった。
けど……ハルキと出会ってから楽しいことのほうが多かった。ハルキと出会ったから、今の私があるんだもん。
だから……ハルキへの恋を捨てなきゃいけないという気持ちとは別に。私は、ハルキに恋してよかったと、本気で思っている。
思っているけど……
昔遊んだ男の子と再会したら、実は女の子だったなんて。やっぱり、複雑な気持ちでいっぱいだよ。
―――完結―――
あとがきへ続きます。