目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話

 驚くべきことに──

 私とブロルさんが村に戻ると、村を横断する川の最下流に、私のための家だという建物が組み上がっていた。

 もちろん貴族の邸宅ほどではないけれど、一人で住むには大きすぎる、三階建ての立派な家だ。

 村の住民たちも、まさか私が増えただけでこんな家が建つなんて思ってもいなかったのか、物珍しそうな顔で寄り集まっている。


 その真ん中で、猿の魔物が腕組みをして立っていた。


「お、来たねお嬢さん! 中は空だが、作り付けの棚やらなんやら、ある程度使えるようには作っといたんだ。中に入ってチェックしてくれるかい」


 歯を見せて笑う表情は、まるで下町の職人さんみたいだわ。屈託がなくてハキハキとしてて、声も大きい。

 そのせいで、村のみんなも私が帰ってきたことに気づいてしまった。


 ここで一人暮らしなんてすごいねぇとか、なにか店でもするのかなんて、口々に声をかけられるけど……残念ながら私自身、この事態への理解が追いついていないから応えようがない。

 そんな私の内心に気づいたのか、この魔物さんは妙に説明口調で口を開いた。


「バーキーとの話は上から聞き耳を立ててたが、いやぁ驚いたよ。アンタ、まだ成体にもほど遠いガキンチョなのに、この千年、人間たちが見向きもしなかった薬草に詳しいんだって? アンタの巣は特別製でね。一階はアンタが普段生活する場所の他に、このコロニーの連中が病になったときに使えるよう、薬の保管庫にもなってる。二階は、隔離して治療したほうがいい連中を五人ほど泊めてやれる。当然ぜんぶ個室で、共用の便所も作っておいた。で、三階は倉庫。氷魔法や火魔法が使われてる部屋もあるから、保存する物によって使い分けてくれ」


 機嫌よく説明をしてくれるけれど、なんだか頭が混乱してきた。今言われたことを整理してみよう。ええと?


 一階に私の生活スペースと、保管庫があって?

 二階が五人分の個室と、共用のご不浄?

 三階は倉庫になってて、温度の違う部屋もある……?


 つまり、もの凄く部屋数が多いような……?


「悪いが一階以外、それぞれの部屋は狭いからな。二階なんぞ寝転がった成体の人間一人と、世話をするやつが一人入ればいっぱいになるくらいだ。もし狭いってんなら、もう一度バーキーに──」

「いえいえ、狭いなんてそんな!! むしろ広すぎてビックリしたくらいよ!!」


 なんだか予想以上のことになっていて、意味が分からない。村の人たちもなにがどうなってそんな家が建てられたのか、目を白黒させていた。

 病人を宿泊させて治療できる家だなんて、まるで低価格帯の治癒師院みたいな──


「あ」


 ようやく、思惑が理解できた。


「つまり私が、この村の治癒師になれってことですね?」

「そのとおり!」


 手を叩いて笑った彼の言葉に、村の人たちがどよめく。

 それも当然。賤民なのに治癒師だなんて、今は理解できないと思う。

 だけど植物の治癒力を実感したエリアスだけは、たぶん分かってくれる。


「ラフィ! それってティアナがオレを、タイムで直してくれたみたいにってこと!?」

「おお、そういうことだ!」


 人ごみの向こうで手を挙げて叫んだエリアスに、彼は我が意を得たとばかりに指をさす。

 このお猿の魔物さん、ラフィというお名前みたい。名前通り、よく笑う。


 そしてどうやらエリアスが事情の一端を知っているらしいと理解した村の人たちは、疑問をエリアスにぶつけてみることにしたらしい。あの子が治癒師ってどういうこと、そういえばどうやってあの病が治ったの、詳しく教えてなんて、四方八方から声を投げられているのが見えた。


 話すから落ち着いてくれと苦笑するエリアスが、チラッと私に目配せして、家を指さしウインクする。今の間に家に入れと合図してくれたみたい。

 知らない人ばかりの質問攻めに、新参者の私を放り込むわけには思ってくれたのかな。正直、その配慮はありがたかった。


「私の家の中、案内してくださる? ラフィ」

「もちろん、お嬢さん。村長、アンタもついてきな」


 ラフィに続いて私とブロルさんが、木の香りがするドアをくぐる。

 本当についさっき建てられたとは思えないくらい、しっかりとした家だ。入ってすぐ目に入ったのは、左側には作り付けの棚、正面と右にドアがある広めのホールだった。


「ここは共用玄関で、正面のドアを入ればお嬢さんの生活スペース。炊事用のかまどや専用の便所と寝床、水浴び用の部屋もある。右のドアを入れば薬の保管庫だが、病の兆候があるやつを招いて、様子を見たり話を聞き出すくらいの広さは確保してあるぞ。あと玄関を通らなくても、直接倉庫に行くこともできるようになってる」

「ここに棚があるのはなぜ?」

「治癒師院にしろって指示されたから、人間たちが履いてるソレを入れられるようにしたんだ。治癒師院ってのは、それを脱いで入るんだろう?」


 ソレ、と指さされたのは靴だ。

 ブロルさんと顔を見合わせ、少し首を傾ぐ。

 治癒師院にはあまり行ったことがないけれど、靴を脱ぐ必要なんてあるのかしら?

 けれどそういう作りだというのならと靴を脱ぎ、まずは生活スペースに足を踏み入れた。


 壁や柱は丸太をそのまま使ってあるけれど、風が入りこんでくるような隙間もない。床材はなめらかに削られて、裸足で歩いても棘が刺さらなかった。

 すべすべした足触りに、ブロルさんが声を上げる。


「こりゃすごい。これだけ床材が磨かれてるなら、靴で入るのが無礼に思えるな」

「当たり前だ。大ガラスが切り裂いて、スライムが整えたんだからな! 冗談でもケバ立たせる様な真似はやめてやってくれ」

「ほかの部屋も、こんな床なの?」

「お? ああ、この巣の足場はどこもこれと同じだだ」

「なにか理由があったりするのかしら」

「そりゃ──掃除がしやすいだろう? 汚れたもの、吐いたもの、漏らしたものがあっても」


 ラフィは不思議そうに目をまばたいた。

 確かにそうかもしれないけれど……そのためだけにこんな、貴族の屋敷でもしないような床板の家を建てられたことが不思議でたまらない。

 ブロルさんも目をまん丸にして、さっきから言葉になってない声を上げ続けている。


 治癒力のある植物を薬草と言ったり、魔物の肉なんかも、それと同じような効能があって……全部まとめて薬と呼ぶと、バーキーは言っていた。

 もしかすると魔物たちは、私たちよりもずっと、病や治癒に対する知識を持っているんじゃないかしら。

 靴を脱いで家に入ることも、個室が用意されていることも、温度の違う部屋が用意されていることにも、なにか意味がある気がする。


 今度私一人でバーキーのところへ行くべきかしら、なんて思っていたら、ドンドンと玄関ドアが叩かれた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?