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第13話 決戦前夜

 ◆


 決戦前夜。


 月影昏く、夜陰が王都を包んでいた。


 ハイネは天幕の中で、地図を眺めながら作戦の最終確認をしている。


 だが、心ここにあらずといった様子だった。


 扉が開き、セイシロウが入ってくる。


 既に夜襲用の黒装束に身を包んでいる。


「殿下、雲の具合を見ておりましたが、二刻もすれば完全な夜陰が訪れるでしょう。そこを突きます」


 ハイネは立ち上がり、セイシロウに歩み寄った。


「本当に行くのか」


「はい」


 即答だった。


 ハイネは震える手を伸ばし、セイシロウの頬に触れる。


「約束しろ。必ず戻ると」


「はい、必ず殿下の元へ」


 セイシロウもまた、ハイネの手に自分の手を重ねた。


「明日、私はグロウルの首を取ります」


 その言葉に、ハイネの目が見開かれる。


「無茶をするな。門を開けるだけで十分だ」


「いえ」


 セイシロウの声は静かだが、確固たる決意を秘めていた。


「殿下の父君と母君の仇、私が討たせていただきます」


 ハイネの目に涙が滲んだ。


「セイシロウ……」


 次の瞬間、ハイネは衝動的にセイシロウを抱きしめていた。


「死ぬな。絶対に死ぬな」


 震える声で何度も繰り返す。


 セイシロウは優しくハイネの背を撫でた。


「大丈夫です。私は殿下との約束を破りません」


 ハイネは顔を上げ、セイシロウを見つめる。


 そして、自然に唇を重ねた。


 最初は軽く触れるだけだったが、次第に深くなっていく。


 まるで、これが最後かもしれないという恐怖が、二人を突き動かしているかのように。


 唇を離した時、二人の呼吸は荒くなっていた。


「殿下……」


 セイシロウの声が熱を帯びる。


 ハイネもまた、自分の中で何かが決壊するのを感じていた。


「セイシロウ、余は……」


 言葉を探すが、見つからない。


 代わりに、また口づけを交わす。


 今度はより激しく、より深く。


 セイシロウの手がハイネの髪を優しく撫で、ハイネの手はセイシロウの背にしがみつく。


「二刻か──まだ時間はあるという事だな」


「はい」


「ならば──もし、今夜が最後なら……」


 ハイネが囁く。


 その意味を理解したセイシロウの目が見開かれる。


「殿下、それは……」


「後悔したくない」


 ハイネの瞳は潤み、頬は紅潮している。


 もはや王子としての矜持など関係なかった。


 ただ、愛する者と共にいたいという純粋な想いだけがある。


 セイシロウは一瞬逡巡したが、やがて優しくハイネを抱き上げた。


「本当に、よろしいのですか」


「ああ」


 ハイネは震えながらも、はっきりと頷いた。


「余の全てを、お前に」


 セイシロウはハイネを寝台へと運ぶ。


 その動作は、壊れ物を扱うように慎重で優しい。


 ◆


 二人は初めて結ばれた。


 最初は痛みと戸惑いがあったが、セイシロウの優しさがそれを和らげていく。


 激しくも優しい逢瀬。


 お互いの名を呼び合い、愛を囁き合う。


 ハイネは知った。


 これが愛なのだと。


 心と体が一つになる感覚。


 相手の全てを受け入れ、自分の全てを捧げる行為。


 それはこれまでの人生で感じたことのない多幸感をもたらした。


 ◆


 事が終わり、二人は寄り添って横たわっていた。


 ハイネはセイシロウの胸に頭を預け、その心臓の鼓動を聞いている。


「後悔は……ありませんか」


 セイシロウの問いに、ハイネは首を振った。


「ない。むしろ……」


 顔を上げ、セイシロウを見つめる。


「もっと早く、お前の想いを受け入れていれば良かった」


 セイシロウは優しく微笑み、ハイネの額に口づけた。


「これからは、ずっと一緒です」


「ああ」


 ハイネも微笑む。


 だがその笑顔には一抹の不安が混じっていた。


 もうすぐ、セイシロウは危険な任務に向かう。


「必ず、戻って来い」


 もう一度、強く念を押す。


 セイシロウは頷き、ハイネを強く抱きしめた。


「必ず。この腕の中に」


 ◆


 やがて出立の時が来た。


 セイシロウは身支度を整える。


「行ってまいります」


「……待っている」


 ハイネは震える声でそう答えた。


 セイシロウが天幕を出て行く。


 その背中を見送りながら、ハイネは祈った。


 どうか、無事に戻ってきてくれと。


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