翌朝の自室にて。
どうやら自分は今日グレン様と「デート」に行くらしい、とフィリスに告げると、彼女は尻尾と耳をピン! と立たせて「なんですってぇ?!」と叫んだ。
「そういうことはお早くお伝えください妃殿下ぁ~!! ああ、もう今からじゃ時間がない、早く今日の妃殿下を最っ高に盛り立てる準備をしないと!!」
「ごめんなさい、あの、昨日の夜に決まったことだったから……」
(あら?)
そこでふと思い立つ。
昨日の私、どうやって自分の部屋まで戻って来たのかしら? 全然覚えていないわ。
目が覚めたらもう既に自分の部屋だったから、もしかして誰かが運んでくれた……?
……だめだわ、全っ然思い出せない。
(まぁ、きっと自分で戻ったのよね)
さすがにグレン様をブラッシングしながら寝こける、なんてことはしないだろう。……さすがにね?
「妃殿下、ぼぅっとしていてはいけません! 本日はグレン様との「デエト」なのですから!!」
「わ、分かったわ……」
と、いうことで。
やる気満々のフィリスにより、私はいつもより気合いを入れて準備をされた。
とは言っても街歩きなので、あまり目立つような格好はしていない。動きやすいグリーンのワンピース、髪型はハーフアップにして結い上げていた。
準備を終え、扉に開けると。
「おはよう、エリン」
「おっ、はよう、ございます……?」
何故か目の前にグレン様の姿が。
こちらも準備万端らしい。街歩きに相応しい、いつもとはまた違ったシンプルな服装をしている。
「お前が逃げないように迎えに来た」
「あれは本気の言葉だったのですか……」
冗談だと半分くらいは思ってたのに。
「それに、今日は街に行けるのですから、逃げるわけがないでしょう?」
「それもそうだな」
くすりとグレン様が笑う。
「さぁ、まずは食事にして、それから街へ行こう」
「はい!」
*
「……わぁぁあ……!!」
馬車を降りて感動の声を上げる。
中からもちらっと見えてはいたけど……。
本当に、獣人しか居ない街だわ!
「どうだ。うちの帝都は」
「最っっ高です!!」
興奮が止まらず、満面の笑みで答える私。
「やっぱりな」とグレン様が目を閉じる。まるで分かってましたよと言わんばかりの声だ。
まぁ実際バレバレなんだろうけど。
「つくづく俺の婚約者がお前みたいなのでよかったよ」
「みたいなのって、それはどういう意味でしょうか」
「皇后様みたく動物嫌いじゃなくてよかったってことだ」
「皇后様は実はお優しい人なんですよ?! ちょっと怖がりなだけで動物を嫌っているわけではありませんしそれに」
「分かったから落ち着け。ほら、街を見て回るんだろう」
「はっ……そうでした」
いきなり目的を見失う所だったわ。
私は街の方へと向き直す。
すると、さっそく美味しそうな匂いのする屋台を見つけた。
「グレン様! あれ、あれ食べましょう! 美味しそうです!」
「さっき朝食を食べたばかりだと思うのだが……まぁいいか」
グレン様の腕をぐいぐい引っ張りながら屋台へと足を進める。
見るとやはり美味しそうな焼いたお肉達が並んでいた。
「すみませーん! そのお肉、二つほどいただけませんか!」
「おっ、毎度ありー! ……ん? お姉さん、ここらじゃ見かけない顔だね。新入りかい?」
「え? ああえっと、私は……」
「俺の婚約者の、エリンだ」
自己紹介をしようとした私の肩を掴んだグレン様が、ぐいっと自分の方へと寄せてくる。
グレン様の顔を見た熊の店員はぽかん、と口を開けた後。
「……ええええ?! ここ、皇弟殿下ぁぁ?!」
と、大きく叫んだのだった。
その声に周りも何だ何だとこちらを見る。
(ああ、様々な動物の方々が私を見ているわ! 全員にご挨拶したい!)
と思うけれど、さすがにそんなことをしていたらそれだけで日が暮れそうになるので、ぐっと我慢をする。
「え?! 皇弟殿下だって?!」
「こりゃ驚いた、本当にグレン様だ!」
「その横に居るのは……、人間?! じゃああれがグレン様の婚約者の……?! ほぉー!」
……色んな所から、とても、注目されている。グレン様の婚約者だと。
うう、嬉しいけれど、あんまりこういうのに慣れてないのよ私! ちょっぴり恥ずかしい!
「みんな、聞いてくれ!」
すると、その場に居た人達に向かってグレン様が大きな声を上げる。
「ご覧の通り、俺たちは今デートをしている」
「おおっ!!」
ザワッ! と周りが大きくどよめいた。
ちょっと待って。それ言う必要ある?
「俺の婚約者、エリンは少しでもこの国や、ここに居るお前達のことを知りたいと考え、この街に下りてきた。
今日一日、色々な所で世話になると思うが、よろしく頼む!」
「おおーっ!!」
パチパチパチ……、と、その場で起こる拍手。
……こんなに大々的に歩くつもりは、なかったんですけどー!!
「ちょっと、グレン様! こんなに大っぴらに正体を言う必要はあったんですか?!」
「そりゃあある。人間の国から嫁いできたお前がこの国のことをより知ろうと街へ下り、実際の国民達と触れ合う。
立派なイメージアップになるだろう」
「そういう話?!」
いや、まぁ、言っていることはわかるのだけれど。
私は単純に「帝都に遊びに行けるわヤッター」と思っていたから、こんな視察みたいなことになるとは、思いもしていませんでした……!
そうなると、私もグレン様の婚約者として、気を張らなければならないじゃない!
私の気持ちを察したのか、グレン様が言う。
「誤解するなよ? 今日はあくまでデートがメインだ。仕事じゃない。
だからそう身体に力を入れるな」
「ほ……ほんとですか」
「ああ。それに」
グレン様のお顔が急に近づいた。
ぼそっと耳元で囁かれる。
「俺たちの仲が良好だと知れば、民は安心するからな」
「……なるほど……」
確かにグレン様の言う通り、周りの皆様が笑顔で「皇弟殿下と妃殿下のデートだぞー!!」「まぁ、仲睦まじいのね! よかった!」みたいな話をしている。
まぁ、これでみんなが安心できるのであれば。私も吝かではない。
グレン様との仲睦まじいところをどんどん見せていこうではないか!
「あー、で……肉は買っていくんですかい、お二人とも」
「ああそうだった、忘れてたわ!」
熊さん店員の一声で一気に思い出したわ。お肉を買おうとしていたのだった。
「いくらですか?」
「10ユーラですよ」
「まぁお安い! えーっと、それじゃ……」
フィリスに一応、と持たされたお金の入った袋をポケットの中から取り出そうとする。
しかし、それより先にチャリンと誰かがお金を店主さんに渡す音が聞こえた。
グレン様である。
「今日の金は全て俺が出す」
「ええっ! いいですよ、私だって持って来てますし……」
「今日はデート、だからな」
ふ、と微笑みを浮かべるグレン様。
その瞬間、周りから「フゥーウ!!」みたいな声が上がった。
「さすが皇弟殿下。男だねえ」なんてことを店員さんも言っている。
「あ、ありがとうございます……」
グレン様のリードが完璧すぎて、もうそれしか言えることがなかった。
あはは……と苦笑しながら、店員さんから渡されたお肉を頬張る。
「……ん~~!!」
その瞬間、あまりの美味しさにほっぺたに手を当ててしまった。
肉汁が滴ってて、すごく美味しい!
まさにジューシー!!
「これすっごく美味しいわ、店員さん! 」
「へへ、そうですか? いやあ、妃殿下にそう言っていただけると光栄の極みです」
「そんなに畏まらないで、エリンで大丈夫よ!
とにかくありがとう! また絶対来るわね!」
そんな感じでテンションを上げながら会話していたせいか、周りからの「あの人間のお嫁さん、すごい元気でいい子だな」「な。いい方が嫁いできてくれてよかったなぁ」とかって話しているのが、私の耳に入ることはなかった。
それらを聞いたグレン様が、人知れず笑みを浮かべていたことも。
*
それから私たちは様々な場所を見に行った。
王都で人気のカフェでは美味しいケーキを食べたし、ふらりと寄った花屋さんでは綺麗なお花が見れたり。
私達が街を歩いているのは瞬く間に街の人達の知るところとなり、道ゆく人みんなが笑顔で挨拶をしてくれた。
私はそれに対し内心「みんな何てかわいらしいの!!」という溢れんばかりのパッションを秘めていたけれど、できるだけお行儀よく過ごしたつもりだ。グレン様の婚約者として、そして淑女として、恥じない行動をしなければ。
そうそう。何でかわからないけど、街を歩く時はグレン様と手を繋いでいたの!
グレン様の方から「手を貸せ」って仰って!
「人間の国ではデートの時にこうするのだろう?」
だなんて言われたから、恥ずかしいけどしょうがないなって思って受け入れたのだけれど。
おかげで街のみんなから「熱々ですねぇー!」って言われて、顔から火が出るようだったわ。
「どうだ? ドキドキするか?」
「ええっと……、皆さんに見られている気恥ずかしさはあります」
その答えになんだかグレン様は納得がいっていないみたいでした。
「まぁ、綺麗なバレッタ!」
街を歩く中で綺麗な雑貨屋さんも見つけて入ってみた。
店内を見て回ると、黄色いキラキラとしたバレッタが目についた。
「これ……、なんだかフィリスに似合いそう」
いつも私のお世話をしてくれている可愛らしい彼女を思い出す。
彼女の毛並みに、この色はよく似合いそうだ。
グレン様も隣から覗き見ながら「お、中々いいじゃないか」とコメントをくれる。
彼が同意してくれるのなら、私のセンスに間違いはないってことね!
「……よし、買います!」
心に決め、店員さんの所へと持っていく。
そこでもグレン様がお金を出そうとしてくれたけれど、私はそれをすっと制止した。
グレン様が不思議そうにこちらを見る。
「どうした?」
「これはこちらで買わせてください。いつもお世話になっているフィリスに、私から贈りたいのです」
「……そうか。それなら」
頷いて、彼はお金を懐にしまった。
よかった。ここで「いや俺が払う」「いえ私が」なんて問答をしていたら店員さんに迷惑だものね。
「これをください」
「はい、ありがとうございます」
(喜んでくれるといいなぁ)
着けてくれるかしら。着けたらきっと、とってもとっても可愛いに違いない。
笑顔の彼女を思い出しながら、私はプレゼントを渡す楽しみを胸にふふっと笑った。