「今頃、エリンは泣いて暮らしているかしら」
エリンの祖国、レオステア──。
その王城の中で、私は楽しい気持ちで呟いた。
茶色の髪を長くした、地味〜なあいつのことを思い出す。
昔から私の引き立て役だったエリン。
美しい私の陰に隠れて、いつも不遇な立場に居た彼女。
そんな彼女が王子の婚約者なんかをやっているのが前々から鬱陶しくて。似合っていないと強く思っていて。
だから、その立ち位置を奪ってやった。
それどころか、あのジュード帝国への縁談も持ってきてやったわ! ああ、私ってなんて優しいんでしょう!
「うふふ」
テーブルの上に置かれているお菓子をつまみながら笑う。
あー、いい気味だわ。
ダミアン様もエリンにはうんざりしてたみたいで、簡単に奪うことができた。
でも、当然よね? だって私はとても美人だもの。あんな奴とは比べ物にもならないわ。
それに、婚約破棄を言い渡された時のあいつの顔見た? 全っ然状況を理解してないって感じで、ぽかんとアホ面晒してて! 笑いを堪えるのに必死だった!
……でも、あんまり悲しくなさそうな顔してたわね。それはちょっと、私には面白くない。
もうちょっと、悔しさのあまり涙を流すとか、その場に蹲ってしまうとか……無かったわけ?
まぁ、あんなのただの強がりでしょうけど! 内心では大泣きしてたに違いないわよ!
「シンディー、何を楽しそうにしているんだい?」
「あら、ダミアン様」
すると、後ろから私の婚約者、ダミアン様が話しかけてくる。
しまった。エリンの不幸を蜜に楽しんでいるなんてことがバレてしまえば、今まで培ってきた私の素晴らしいイメージが崩れてしまうわ。
努めて冷静に取り繕う。
「ダミアン様と一緒にいられるこの時間がとても嬉しいなぁ、と、噛み締めておりましたの」
「シンディー……、僕も嬉しいよ。君とずっと一緒にいられて」
背後から抱きしめられる。バカで簡単な男だ。
それに私は、はぁー、と、誰にもバレないよう小さくため息をついた。
(奪ったはいいものの、特に面白みがないのよね、コイツ……)
人のものだからこそ魅力的に見えていたのかもしれない。そういうのってあるわよねー。
私はそんな考えを、彼と過ごしていく内に日々巡らせていた。
確かに顔はいい。この国の中でもトップクラスに入るし、学校でもとても人気だった。
だがいざ奪ってしまうと、ど〜もマンネリ気味になり、王子の平々凡々さが目立つようになってきたのだ。
なので最近は結構、退屈気味だったりする。
(まぁ、でも、金はあるしねぇ……)
そうぼんやり考えた。
仮にもこの国の王子なのだ。そりゃあ、ただの貴族の家よりなんかは余程予算がある。
ダミアン様はそれを湯水のように私に使ってくれていた。おかげで毎日が豪華絢爛だ。欲しいものは、ねだれば何でも持ってきてくれる。
使いすぎなんじゃないかって? そんなの知らないわ。だって、かわいい私に対する必要経費でしょ? あって当然のものなの!
ダミアン様だって何も言わない。ただ毎日、シンディーは美しいね、素敵だねとデレデレへらへらしてるだけ。
所詮男なんてこんなものなんだから、女はただただ可愛らしくして、にっこり笑っておけばいいのよ。
──ああ、そうそう。あいつの話をしていたんだった。
「それはそうと……、エリンは大丈夫かしら。ねぇ、ダミアン様」
心の中では笑いながら、されど表に出ている表情は眉を下げて心配そうに。私は呟いた。
これだけで、私は「嫁いで行った親友を心配する健気な女」というイメージになる。
案の定、それを見たダミアン様は私の美しい憂い顔にうっとりとした表情を浮かべながら。
「ああ、君はなんて優しいんだ、シンディー!」
と抱きしめる力を強くしてくる。
ハッ。チョロすぎて笑いが出そうだわ。
「あんな奴のことを心配するなんて……」
「あんな奴ではありませんわ。私の大事な、親友ですのよ?」
「ああ、そうだったね。でも、あれを君が気にかける必要なんてもう無いんじゃないかな? エリンは向こうでさぞかし楽しく過ごしているだろうさ。
なんてったって、あいつは無類の動物好きなんだから」
ああ、そういえばそうだった。
家に四匹も犬を飼っちゃって。番犬のつもりかしら。
おかげで彼女の家に行った時はいつも吠えられていたわ。
大人しくしていればまだかわいいものを。この私に威嚇するんですもの!
所詮犬畜生が調子に乗りやがって! と、いつも私は嫌な思いをしていた。誰も見てない所でこっそり蹴ってやろうかしら、なんて考えたりもしてたし。
「それでも、ダミアン様。
あの国に住まう獣人はみな恐ろしく、凶暴です。エリンが泣いていないか心配で心配で……」
「シンディー……」
胸の前で両手を組み、目に涙を浮かべる私。こうすれば、私の言うことを聞かない男なんて居ない。
涙は女の立派な武器よ?
(ま、あいつをジュード帝国に嫁がせようって提案したのは私なんだけど)
べ、と人知れず舌を出す。
「君のことは愛しているが、しかし、私には婚約者が……」なんて言って渋るもんですから、それならこの国から追い出してやればいい、って言ったのよ。
「それなら私と何のしがらみも無く結婚できますよ」と耳元で囁いただけで彼はその気になり、丁度人間の嫁を探していたジュード帝国とエリンの婚約を結びつけた。息子に甘い国王様も、情に訴えかければ最終的に許してくれて。
なんて事が上手く運ぶのだろう! まるで簡単なゲームでも進めているような気分で、おかしいったらありゃしなかった!
かくしてエリンはあの国へ嫁ぎ。真実の愛である私とダミアン様は結ばれた。
これがお話ならハッピーエンドよね。だって邪魔者を排除して、愛する人とゴールインしたのだもの。
(それにしても、あいつも可哀想よねー。私だったら絶対嫌だわ、あんなルート)
ジュード帝国には人間は殆ど居らず、ほぼ周り全てが獣人らしい。
私がそんな国に一人で放り込まれたら? きっと恐ろしさのあまり、愛らしく涙を流してしまうわ。
いくらエリンが動物好きだからっていっても、さすがにあの獣人の相手は大変なんじゃないかしら。
今頃、凶暴な獣人の相手を無理矢理させられて、国に帰りたいぃ〜、なぁんて泣いてるかも。ふふふ、面白い!
「シンディーの心は清廉で素晴らしいね」
「まぁ、ダミアン様ったら」
くすくすと笑いを零す私。
そりゃあそうよ。だってそう見えるように振る舞っているのだから。
「でも、あいつはもう別の国の人間。我々があいつのことを考える必要なんて、もうどこにも無い。
それよりシンディー、君には私の相手をしてほしい」
すると、ダミアン様は後ろから私の隣へと移動し、私の上に覆い被さってくる。
目的はすぐに察した。これだから男ってのは。
そんな思いを隠しながら、かわいく身を捩って、顔を赤くしながら言ってみる。
「いやん、待って、ダミアン様」
「待たないよ。私は君が愛おしくてたまらないんだ」
熱い口付けをされる中、私はどこか冷めた頭で考えていた。
(あー、どっかに落ちてないかしら。もっといい男)
こんなんよりも、もっと魅力的で……。
そうね、ハッとするくらい美しい男がいいわ。性格なんて気にならないくらい格好良くて、それで、私に相応しいいい男……。
「シンディー……、愛しているよ」
「……ええ、私もですわ。ダミアン様」
嘘はついていない。
私も大好きよ。あなたのお顔と、そのお金。
でも、最近、なんだか退屈だわ。
また他人の男でも奪ってやろうかしら。なんてね。