「はい、フィリス! お土産っ!」
グレン様とお出かけをした翌日。
私はいつも通り私のお世話を焼きに来てくれたフィリスに、昨日買ったお土産を渡した。
「へっ?」
フィリスの狐耳と尻尾がぴこん! と跳ねる。
そしておそるおそる私の手から袋を受け取るフィリス。
「これを、私に……?」
「ええ! 気に入ってもらえるかどうか分からないけど……」
「妃殿下から頂いて気に入らないものなんてありませんよぉ!」
「そ、そう?」
大袈裟だなぁ……と思ったが、彼女の体は既に嬉しさで満ちているようだ。ぴょんぴょんとその場で小さく跳ねて喜びを露わにしている。
私はそれにくすっと笑みを零しながら言った。
「ね、開けてみて!」
「い、いいんですかぁ?! じゃあ……」
フィリスがガサガサと音を立てながら袋を開ける。
そして、出てきた中身を見て、「わぁぁ……!」と声を上げた。
「バレッタよ。仕事をするのに髪を纏めているでしょう? それに使えたらと思って」
「すごいすごい! 私、こんなにおしゃれなもの貰ったの初めてですぅ〜!」
ついに色んな所でフィリスが跳ね始めてしまった。なるほど、狐は嬉しいと飛び跳ねるのね。
顔は喜色満面といった感じで、そんな風に喜んでもらえると私も嬉しくなる。
「ね、よければ着けている所を見せてくれない?」
これを着けているかわいいフィリスが見たい。ただその心、一つである。
「はいぃっ! わかりましたぁ〜! 」
今までで一番元気なお返事である。カワイイ。
髪を1度解き、そしていそいそとバレッタで結い直すフィリス。
「出来ました!」
目の前に居るフィリスの髪には、可愛らしい黄色のバレッタが。
振り返ってフィリスが楽しげに尋ねてくる。
「どうですかぁ〜!?」
「かわいい!! とっても似合ってるわ〜!」
「えへへぇ……」
恥ずかしそうに横に揺れる彼女。うん、やっぱり可愛いわ、うちの侍女さん。
「ありがとうございますっ、エリン様!」
とてもとても嬉しそうに、満面の笑みを見せてくれるフィリス。
その笑顔を見て、心の底から「買ってきてよかったなぁ」と思ったのだった。
そんな和やかな時間が流れたのが、数日前。
そんなこともあったな〜、あれは可愛かった〜、なんて思い出しながら嬉しくなっている私を、鋭い目で睨んでくる存在があった。
*
「妹のライラだ」
グレン様からそんな紹介を受けたのはとある日のこと。
「まぁ……」
思わず感嘆の息が漏れた。
だって、それはそれは──可愛らしい、ちっちゃな女の子だったんだもの!
人見知りなのかどうなのかは分からないけど、その、グレン様の足にぴったりとくっついてこちらを見上げている赤い目!
彼と同じ青色の髪に、かわいらしい狼の耳!
さ、触りたい。
撫で回したい!!
「こら、ライラ。ご挨拶は」
足元でじっと私を見つめている彼女に、グレン様が窘めるように言う。
いえ、いいんですよ……。私はただその頭とぷくぷくのほっぺを触らせていただければ、それで……。
「……ライラ、です」
そこで、あらっ? と気付く私。
なんだか……、すっごく不機嫌そうじゃないかしら、彼女……?
「ライラというのね。私はエリン。グレン様……、あなたのお兄様の婚約者よ」
しゃがんで目線を合わせながら自己紹介をする。
だが、彼女は私をギッ!! と睨んできてしまった。思わぬ反応にちょっとショックを受けてしまう。
ま、まだ自己紹介したばかりなのに……! 何か気に障ることをしてしまったのかしら?!
「……さまは」
「え?」
すると、ぽつりと何かを呟く声がライラちゃんから。
よく聞こえなかったのでもう一度聞こうと、自分の耳を彼女の方へと近づけると──。
「お兄様は、ライラのものだから!!」
──キーーーン!! と大きな声が耳をつんざいてきて、不可抗力にも後ろに倒れそうになった。
前に会った眼鏡の男性──コンラッドさんが「大丈夫ですか妃殿下!」と言いながら私を支えようとしてくれた。お優しい行動に感謝いたします……。
そして、ライラちゃんだ。
おそるおそる彼女の方を見れば、鬼のような形相をして私を睨み続けている。
初対面でこんなにも誰かに嫌われるって、今まであったかしら……。
あと、彼女さっきなんて言いました?
「お兄様が一番好きなのはライラなの!! 人間の国から来たお嫁さんだかなんだか知らないけど、自惚れないでよね!! ライラがその内お兄様のお嫁さんになるんだから!!」
ビリビリと声の振動が伝わってくるようである。
…………おおう。
これはこれは、また。大層敵意を持たれているご様子。
「だからライラ、兄妹では結婚できないと……」
「ライラが偉くなって、お兄様と結婚できるようなほーあんを作るわ!! 待っててお兄様!!」
「……はぁ」
深〜いため息をつくグレン様。
どうやらこの妹さんは、ドが付く程のブラコンらしい。そして大変手を焼いている様子なのが窺える。
「……すまないなエリン。牙を向くのは分かっていたんだが……、どうしてもライラがお前に挨拶したいと」
「あはは……」
それはあれではないだろうか。宣戦布告というか。「お前にお兄様は渡さねーぞ」と牽制をかけに来た気持ちだろう。
しかし、これで理由が分かった。彼女は私がグレン様の婚約者だから私をものすご〜く、嫌っているらしい。
「というかライラ、俺の婚約者に対してその態度はどうなんだ! お前のお義姉様になる相手なんだぞ!」
「知らないもん!」
ぷんっ! とそっぽを向くライラちゃん。怒られてもどこ吹く風のようだ。
だがしかし。
(そのツンツンさもまた、いい……!!)
私はちょっと他では中々言えない喜びを噛み締めていた。そっぽを向いている彼女の膨らんだほっぺが可愛くて、口に手を当てながら感動してしまうレベルだ。
懐かれても勿論嬉しいが、冷たくされても喜んでしまう。それが動物好きの運命である。
「……また妃殿下がアレなことを考えていらっしゃいますね……」
コンラッドさんがぼそりとそう言ったのは、聞こえないフリをして。
*
後ろを振り向く。
「……やっぱり、居るのよねぇ……」
木陰に隠れて私を覗いていた、その小さな存在を見つけて、私は小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。
あれから妹ちゃん……ライラちゃんは、私を監視しまくっていた。
どこへ行っても、何をするにも後ろから見つめている状態。警戒心バリバリという感じだ。
(ああ、構いたい……!)
構いたい。かわいいかわいいと叫びながら、あのまんまるい頭を撫でてさしあげたい。
でも動物好きとして分かっている。警戒している間は無闇矢鱈に構わない! それ、鉄則!
(別に私を監視しているのは気にしないんだけど……)
かわいいので無問題である。むしろずっと見ててくれていいのよ。
だが、そんな彼女にグレン様も大層困っている模様。いくら言ってもやめないらしい。
「……悪いが、暫く相手をしてやってくれないか……」
顔を手で押さえながら、ため息をつく彼に対し、私は「全然大丈夫ですから、気にしないでください!」と励ましの言葉を送ることしか出来なかった。
「……ねえ、ライラちゃん」
私がくるっと振り返って彼女に声をかけると、小さな肩がびくぅ! と跳ね上がる。
驚かせてしまったかしら。
「そんな所に居ないで、こっちで私と遊ばない?」
何とか歩み寄れないだろうかと思いそう聞いてみたのだが、一方の彼女は毛を逆立て、威嚇しながら私にこう叫んだ。
「敵とは遊ばないわ!!」
…………はい。完全に敵認定です。
「でも、ずっと私を見ているだけって退屈じゃないかしら。よかったら一緒に……」
「私はあなたがグレン兄様に相応しい婚約者なのか、調査をしているの!! だからライラに構わないで!!」
なるほど、そういう理由だったのか。
それならまあ致し方ない。
(今はそっとしておきましょうか)
ふうと息をつく。
こうして、かわいい小さな狼さんに監視される日々が始まったのだった。