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第16話 魔王からの登城命令



バッカスとの畑仕事から数日。

バッカスは気がつくと私の小屋へ訪れ、ご飯を食べたり、畑仕事をしたりするようになっていた。


ここ数日でバッカスとの仲が深まった気がする。

また一歩人間界へ近づいているようで嬉しい。




「まーた来たのかよ、バッカス」


「今日もいるんだな、エドガー」




バイト後。

まだ時刻は21時頃。小屋へ帰ってのんびりエドガーと過ごしているとバッカスが小屋へ訪れた。

そして毎度お馴染みのエドガーとバッカスの会話である。


エドガーを助けたあのギャンブルの日から、エドガーは暇になると何故かここへ来て、私が居ても居なくてもここで時間を潰すようになった。


バイト帰りに私がいない小屋にすでにいるエドガーを何度見たことか。

だがしかし私はそのことについてはあまり気にしていなかった。


ここはエドガーたちの家の一部だし、文句を言おうとは思えない。

何故暇になるとここへ来るかは知らないが。

暇潰しで我が小屋入り浸りのエドガーとふらっと現れるバッカスは本当にここでよく会っていた。




「俺はコイツと契約した身なんでね。世話係だし、コイツをいつでも守る為にいるんだよ」


「…」




へぇ。そんな理由が。

偉そうに笑っているエドガーを白い目で見つめる。


絶対適当についた嘘だわ。

暇潰しに来ているのバレバレなんだわ。


今度は誰に世話係のお金請求するつもりだ?




「俺は咲良に会いに来た。咲良のご飯が食べたい」


「…」




まあ!なんて素直で可愛らしい!さすが五男!末っ子!


思っていることそのまま言いましたが何か、といった感じで無表情のままでいるバッカスに思わず笑みが溢れる。

自分にはないと思っていた母性が溢れてしまう素直で可愛い発言だ。


そんなバッカスの発言にエドガーは「あぁ!?恥ずかしくねぇのか!お前!」とエドガーの方が恥ずかしそうに叫んでいた。


うるさい奴め。


ぎゃあきゃあと主にエドガーだけが騒がしい中、コンコンッと小屋の扉がノックされる。


こんな時間に誰だろうか?




「はーい。どうぞ」




そんなことを思いながらも返事をすると扉はある人物によってゆっくりと開けられた。

扉を開けた人物はヘンリーだった。




「邪魔するぞ、咲良…て、エドガーとバッカスもいたのか」




私に軽く挨拶をして小屋へ入ってきたヘンリーがほんの少しだけ驚いたように弟たちを見る。

だがすぐに弟たちから視線を逸らして私へ視線を向けた。




「これを」


「…これは?」




ヘンリーに渡された一通の手紙に思い当たる節がなく、首を傾げる。

魔界で文通をするような相手などいないのだが?




「魔王様からの登城命令の令状だ」


「え」


「内容としては今回は咲良1人だけで会いに来いとのことだ。俺も同伴を許されていない」


「…はぁ」




何?第二回抜き打ち良好な関係築けていますかテストか何か?


訳こそわからなかったが私はとりあえずヘンリーに頷いた。


ヘンリーからは前回の魔王訪問の時のような圧は感じられない。

ここでの生活に私自身不満がないこと、今の自分たちが私に害を与えるようなことはしていないことがしっかりわかっているからだろう。


今の現状を包み隠さず魔王に私が喋っても特に困ることは今のヘンリーにはないのだ。




「ありがとう。ヘンリー」


「いや、魔王城の場所はわかるな?」


「うん」




ヘンリーに笑顔で魔王城の場所を聞かれて魔王城までの道のりを頭に思い浮かべる。


あの建物は魔界一大きく、魔界中を見渡せる高台にあり、いつも歩いている街のどこからでもよく見える。

おまけに一度そこからここへヘンリーと共に帰ってきたこともあるので、おそらく1人でも辿り着けるはずだ。

おそらくだが。




「ちょっと待て!1人だぁ!?心配だ!俺も付いて行く!」




ヘンリーとの会話が終わりかけたところでいきなり不満そうなエドガーが私たちの会話に割って入ってきた。




「いやダメだ。テオから咲良1人で来るように言われている」


「…~っ、何かがあってからじゃ遅ぇだろ!俺は咲良と契約してんだぞ!何が何でもついて行く!」


「…はぁ」




いつもの上辺だけの笑顔を消してエドガーを止めるヘンリーだが、エドガーは聞く耳を持たない。

そんなエドガーの態度にヘンリーは深くため息をついた。




「そうか。そんなに俺のギフトを食いたいんだな」


「ごめんね、兄様。咲良は1人で行くべき。魔王の言うことはあ~絶対っ」




冷たい誰が見ても美しいのに怖い笑顔を浮かべたヘンリーにエドガーはへらりと冷や汗をかきながら笑う。


winnerヘンリー、loserエドガーの瞬間だった。

エドガー、秒殺である。




「とにかくそう言うことだ。当日、俺も仕事の都合が合えば共に魔王城までは向かおう」


「ありがとう、ヘンリー」




エドガーとの会話を終えたヘンリーが私に微笑む。私はそんなヘンリーに笑顔でお礼を言った。


魔王城の場所に不安はないがヘンリーが一緒に行ってくれたら心強い。間違いなく迷わず真っ直ぐ行けることが確約される。


ヘンリーの仕事の都合が合いますように。

…ん?仕事?




「ヘンリー働いてるの?え?学生さんだよね?バイト?」




少ししてからヘンリーの〝仕事〟と言う言葉に違和感を覚えて私はヘンリーに矢継ぎ早に問う。




「バイトではない。確かに俺は学院の学生だが、魔王城勤めもしている。最初に会った時に魔王様から右腕だと紹介されただろう」


「…」




そんな私を笑顔だが少々小馬鹿にしたようにヘンリーは見つめた。


確かに言われていたような気がする為、何も言えない。

…気がするではない。言われていた。


え、魔界では学生でも正社員なの?学生は勉強が本分でしょう?正社員で働きながら学ぶとか大変じゃない?

価値観の違いがありすぎるのですが。




「…つまりヘンリーは魔王城の正社員であり、学院の学生さんでもある変な存在…と」


「変とは聞き捨てならないがまあ、間違ってはいないだろう」


「へぇ、ご苦労様です」




自分だったら絶対できない。

学生やるのも正社員で働くのもかなりのエネルギーがいるのにそれを同時に二つもしているなんて。


不敵に笑うヘンリーの無限の体力に私はただただすごいと感心した。




「…ご飯」




ヘンリーと話していると今度はバッカスが私たちの会話に割って入ってくる。

無表情だが、どこか不機嫌そうだ。




「ああ、先約がいたのに悪かったな。じゃあ俺はこれで」




バッカスの様子を見て呆れたようにヘンリーは笑うと軽く手をあげて小屋を後にした。




「バッカスごめん!食べ物はあるから!今から入れるから待っててね!」


「いや手伝う。何をしたらいい?」




少々不機嫌そうなバッカスに謝ってキッチンへ向かうとバッカスも私の後をついて来る。

早く食べたいのだろう。




「じゃあそっちの棚から大きめの皿を取って」


「わかった」




私に指示をされてバッカスは慣れた様子で棚へ手を伸ばした。




「俺も腹減って来た!俺も食う!」




そしてバッカスと食事の準備をしているといつの間にかエドガーもキッチンへ現れ、3人分のご飯の準備が始まったのであった。


準備を終えた後、3人で本日2回目の夕食を食べた。

3人で食べる夕食は賑やかでいつもと同じ食事だが、すごく美味しく感じられた。


やっぱり人と食べるご飯は美味しいな。



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