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第15話 食欲モンスターバッカス




あるぅ日♪ハワード家の中♪

バッカスに♪出会あた♪


無駄に♪でかい廊下でぇ♪

バッカスに♪出会あた~♪



頭の中で森のくまさんの替え歌、ハワード家のバッカスが流れる。


そう今まさに目の前で起きていることを私は頭の中で即興で替え歌にしていた。


学院もバイトもない週一の休日。

昼食の時間だった為、食堂に座りに行った帰り道。ハワード家の廊下でバッカスがうずくまっていた。


何事。




「どうしたの?バッカス」




さっきまで元気に昼食食べてたじゃん。


ただならぬ様子のバッカスが心配で思わず声をかける。




「…その声は咲良か。…動けないんだ」




するとバッカスはこちらを向くことなく辛そうにそう言った。


え?緊急事態じゃない?


ここが日本なら、



『貴方はAEDを!貴方は救急車を!』



と叫んでいてもおかしくないのでは。


いや、それはやりすぎか。




「怪我?体調不良?」




何が原因なのかわからない以上どうすることもできない。私はとりあえずバッカスと目線を合わせるようにしゃがみバッカスの様子を伺った。




「…体調不良だ。腹が減った」


「体調不良ね。腹が減った、と。じゃあとりあえずエドガーでも呼んで…ん?腹減り?」


「ああ、腹が減って動けない」


「…」




心配して損した!


思わず出そうになった本音を慌てて抑える。

バッカスの様子からして大真面目に言っているのだ。本人には切実なことなのだろう。




「昼食さっき食べていたよね?」


「ああ」


「人より多い量でしかも私の食べなかったご飯にも手ぇ出してたよね?」


「ああ」


「胃もたれとかじゃない?食べ過ぎの」


「それはない」




もしかしたらバッカスの勘違いかもしれない。

そう思った私は丁寧にバッカスに聞いてみるがバッカスは淡々と私に頷くのみ。

しかも最後の質問にはしっかり否定の言葉付きだ。


いやおかしくない?

食べ過ぎじゃん、絶対。




「んー」




どうしたものかなとバッカスの姿を見て首を傾げ考える。


あ、ポケットの中にクッキーなかったっけ?


ふとクッキーの存在を思い出してポケットに手を入れると予想通り私の手に個包装のクッキーの袋が当たった。




「バッカス!ほら!これ!」




私はポケットからクッキーを出してバッカスへ差し出す。




「ナイトメアのクッキーだよ。これあげるから元気出して」


「…!ありがとう、咲良」




バッカスは無表情だが、今まで見たこともないほど目を輝かせて、私からクッキーを受け取った。


袋を開けてクッキーを口に含んで飲み込むまで10秒もなかったと思う。




「元気出た?」


「さっきよりマシ。部屋には帰れると思う」




顔色が少しだけ良くなったバッカスを確認して私はその場から立つ。

バッカスもまだ少し辛そうではあったが私と同じようにその場から立った。


…これはまだお腹空いているな。




「バッカス、少し遠いけど私の小屋に来ない?そこでこれから昼食の続きを食べようと思っているんだけど一緒にどうかな?」


「…行く」




どうせ私もこれから昼食だ。

1人分が2人分に変わってもそんなに困ることはない。そう思ってバッカスを我が小屋の昼食へ誘うとバッカスはまた目を輝かせて頷いた。



バッカスは本当に食べることが好きだな。




*****




「はい!召し上がれ」


「っ!いただきます」



小屋の中の小さなテーブルに私とバッカスのご飯が所狭しと並ぶ。

それをキラキラとした目で見ていたバッカスは私の声を合図に無言でだが、とても幸せそうにパクパクと食べ始めた。


何ていい顔で食べてくれるんだ。


私自身もバッカスのいい顔に幸せな気分になりながら昼食を口へと運ぶ。




「美味しい?」


「ああ。美味い。咲良お前はシェフになれる」


「ふふ、ありがとう」




バッカスの顔を見ればわかるがどうしても他人から「美味しい」の一言が欲しくてわかりきった質問をすると予想通りの、いや予想以上の答えが返ってきて私は思わずにやけた。


実は私たちが今食べている料理には先週から始めた家庭菜園の野菜たちも入っている。


そしてここが一番重要なのだが、この野菜たちは今日初めて収穫をしたものだった。

つまり今日は私にとっての収穫祭だ。


こんなにも規格外の速さで野菜が育ったのもミアの力のおかげだった。


家庭菜園を始める時、私はミアにいろいろと相談をした。

魔界をまだまだよく知らない私がそう簡単に野菜を育てられるとは思えなかったからだ。


そんな私にミアはまず根本的なことを教えてくれた。


魔界にも人間界と同じ周期で四季があるが、日光が人間界と比べて微量しかない為、人間界と同じ収穫の仕方で野菜はできない、と。


それを聞いた私はひどくショックを受けた。

家庭菜園の為にある程度小屋の前を整備していたし、バイトも頑張っていたのに。

それらが全て水の泡になりかねない話ではないか。


しかしその問題はすぐにミアによって解消された。

ミアが私の畑になる予定の土にある魔法をかけてくれたからだ。


その魔法とは日光量も四季も関係なく、きちんと水をあげれば最短1週間でどんな野菜もできるというものだった。


さすがミア、優しい上に性格が天使である。


話が長くなってしまったがミアのおかげで何とかできた野菜たちの料理を私は誰かに振る舞いたい気持ちがあった。


ドヤ!これが私とミアの共同制作野菜やで。

と声高らかに主張したかったのだ。


バッカスが「美味い」と言い、美味しそうに食べているだけで私は満足だ。




「…さて、と」




私は自分の分を食べ終えると席から立った。




「働くぞ」




そしてまだまだ畑の開拓をしたかったので畑仕事をする為に準備を始めた。




「働く?これからバイトか?」


「いや。これからするのは畑仕事」




バタバタと準備を始めた私を未だにご飯を食べながら不思議そうにバッカスが見てくる。




「畑…。この料理たちの食材も?」


「うん、そうだよ」


「俺も行く」




私の返事を聞くなり、バッカスはすぐに席を立って私の側までやって来た。


無表情で何を考えているのかさっぱりわからないが興味があることだけは伝わる。




「食べられないよ?」


「…我慢する」


「…頼むよ」




無表情のバッカスを見て不安になる。


どうか野菜が成る前の大切な子たちを食い尽くされませんように。

人間界の野菜の苗、結構いい値したんだからね。




*****




バッカスと小屋の外へやって来た。


私はバッカスに「絶対食べちゃダメだからね!」と何度もしつこく言い、新たな開拓地へ向かう。


草はもう取っ払っているので後は柔らかい土になるように耕して肥料を入れるだけだ。


私はこの前ネットで買ったクワを大きく振り上げた。

畑仕事の始まりだ。


そして畑仕事を始めて20分。

私はもうすでに体力の限界を感じていた。



「はぁ、はぁ、しんど」



クワを何度も上げ下げした腕は先程から小刻みに震えており、中腰を続けている腰も痛い。

クワを力一杯掴み続けていた手のひらは痛いし、足も重かった。


満身創痍。

これが若さが足りないということか。




「咲良」




ついでに軽い立ちくらみに襲われていると先ほどまで黙って畑と私を見ていたバッカスが私に近づいて来た。


…どうしたのかな。

飽きたから帰りたい、とかかな。


どちらでも特に私への被害はないのでいいのだが。




「俺も手伝う」




バッカスはそう言うと私の両腕に触れた。




「…っ」




バッカスに触れられたところから妙に力がみなぎっている気がする。


突然の不思議な力の出方に驚いているとバッカスは次にしゃがんで私の両ふくらはぎに触れた。




「…っ!!!」




バッカスに触れられた足にも腕と同じような現象が起きる。


一体何?


バッカスに何かされたのだということはすぐにわかった。だからといって自分の体に何が起きているのかは正確にはわからない。




「…バッカス、一体何をしたの?」




なので私は恐る恐るバッカスに聞いてみた。




「俺のギフトを咲良にかけた。俺のギフトは自身や他者の身体強化だ。俺に触れられた部位が一時的に飛躍的に強化される。仕事がやりやすくなったはずだ。仕事続けてみて」


「はぁ、なるほど」




バッカスに無表情にそう言われてとりあえずクワを振り上げてみる。




「うわ!」




そこでクワがめちゃくちゃ軽いことに気づき私は思わず驚きの声をあげた。


バッカスすごい!




「体軽い!なにこれ!バッカスありがとう!」


「一時的だけどな。喜んでくれてよかった。俺も手伝う。指示してくれ、咲良」


「バッカス!何から何までありがとう!」




感謝をバッカスに伝えるとバッカスはどこか嬉しそうな瞳になった。


そしてバッカスとの畑仕事が始まった。


バッカスと2人掛で畑を作ったこと、バッカスが私に身体強化のギフトをかけてくれたこと、この二つによって、畑仕事は予想を大きく上回る時間で終わったのであった。




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