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第18話 強い悪魔は気まぐれである




魔王との話も終わり、さっさと謁見の間から追い払われた私は魔王城から帰宅する為に魔王城の外へ出た。


そこから無駄に広い庭を歩く。

目指すは城門だ。


ヘンリー曰くエドガーがそこで私を待っているらしい。

魔王からの令状を届けたあの日、後からエドガーはヘンリーの元へ行き「せめて帰りは俺が迎えに行く!」とヘンリーに言ったらしい。


クズなところもあるが一度心を許すとエドガーは思いの外面倒見がいいのかもしれない。いいところもある男だ。


とにかくヘンリーにそう言われたので私はエドガーが待っているであろう城門へ向かった。




「あれ?バッカス?」




だが城門で待っていたのはエドガーではなかった。

何故かそこにはバッカスが立っていた。


何故?




「咲良。エドガーの代わりに迎えに来た。エドガーはギャンブルで手が離せないらしい」


「…へぇ、そうなんだ。わざわざありがとう、バッカス」




不思議そうにバッカスを見つめる私にバッカスが何故自分がここにいるのか無表情のまま説明してくれる。

私は表面上では何とか笑顔でバッカスにお礼を言ったが心の中ではエドガーを非難していた。


前言を撤回させて欲しい。

エドガーはやっぱりクズだ。いいところなどない。




*****




バッカスと一日中薄暗い魔界の街を歩いて帰る。

バッカスは食のこと以外無関心なので私もバッカスも特に何かを話すことなく、黙ったままだ。


たまに私から話しかけてはみるが食以外の話題には「ああ」くらいしか返ってこないので私たちの会話はすぐに終わってしまっていた。


だからと言って別に気まずくはない。

バッカスはこういう性格だからね。



『すでに力がある分、強い悪魔は契約に対して気まぐれだ』



ふと先程魔王が私に言っていた言葉が頭をよぎる。


私が人間界に帰る為には5兄弟全員と契約を結ばなければならない。


バッカスは今私と契約をしてくれるのだろうか?




「バッカス」


「なんだ」


「あの…私と契約してくれない?」




私は早速バッカスの様子を伺いながらそうバッカスに聞いてみた。


もちろん全く期待はしていない。

本当に聞いただけだ。




「いいぞ。代償は咲良のご飯だ」


「だよね。いきなりすぎるよね…ん?いいの?」


「ああ。咲良のご飯が食べられるのなら俺は構わない」




嘘!本当に!?

そんな簡単にしてくれるの!?


驚く私をバッカスが無表情に見つめている。

まさかの了承である。




「えっと、待っててね、バッカス。ちょっと整理するから」




私はそんなバッカスに言い出したのは私なのに少しだけ待っててもらえるようにお願いをした。


契約をこれから結ぶにしろ、正式に改まって結ぶのはこれが初めてだ。ミアの時もエドガー時も言い方は悪いが一方的に契約をされた為、私は契約についてよくわかっていない。


契約とはどういうものなのか少しでも今知っている情報だけでも整理しておく必要がある。


魔王は確か『悪魔にとって契約とは己を縛るものであると同時に己の欲しいものを手に入れる手段でもある』と言っていた。


つまり契約をする為には契約をしたい悪魔の欲しいものを私が与えなければならないということだ。それが代償と呼ばれるものなのだろう。


エドガーと契約をした時エドガーは



『今回は特別だ。咲良は俺を助けてくれた。それが代償でいいぜ』



と言っていた。


つまりエドガーとの契約の代償はエドガーを私が助けたこと。こんなことで契約が成立するとはあの契約はエドガーがすごくおまけをしてくれて結ばれたものなのだろう。


さすが強い悪魔である。


ここまで考えて疑問が一つ。

両耳を塞いでいた私はミアが私に対して何を求めて契約をしたのかわからない。




「…」




これに関しては考えてもわからないので今は保留にしておこう。

とりあえず私はバッカスが求めるものを与えればいいのだ。




「バッカスは私のご飯を代償に契約をしてくれるんだよね?」


「ああ。俺が望んだ時に必ず食べさせてくれ」


「わかった。じゃあそれでお願いします」




改めて代償の内容をバッカスに確認するとバッカスは私に何を望むのか改めて教えてくれた。




「ここだと通行の邪魔になる。こっち」




バッカスに腕を引かれて人気の少ない路地裏に入る。

そしてバッカスは「それじゃあ始めるぞ」と私に相変わらずの無表情のままそう言った。




「我が名は特級悪魔バッカス・ハワード。今人間桐堂咲良と契約を結ぶ」




バッカスの静かな呪文の後に私とバッカスの足元にエドガーの時と同じように魔法陣のようなものと紫色の光が現れる。




「代償は咲良のご飯。俺が望んだ時に必ず俺に咲良のご飯を与えること」




バッカスは代償の内容を淡々と言うと私の手首に噛みついた。




「…っ!」




代償のことばかりで忘れてた!

契約の時はどこかしら噛まれるんだった!


忘れていただけだが、思わぬバッカスの行動に驚きで声が出そうになるのを私は何とかグッと抑える。

そんな私の手首にバッカスは噛みついたまま血を吸い取った。

今にも私の手首を食いちぎってしまいそうなそのバッカスの姿に私は思わずエドガーとは別の意味でドキドキする。


私の手首を犠牲に契約成立なんてことはないだろうが普通に怖い。


ドキドキしながら手首の無事を祈っているとバッカスの口が私の手首から離れ、私たちの足元にあった光り輝く魔法陣が姿を消した。


契約成立だ。さすがに3度目なのでそう判断できる。




「これで俺は咲良の契約悪魔だ。よろしくな」


「…うん。ありがとう、バッカス。よろしくね」




無表情のまま私に手を差し出してきたバッカスの手を握って私は笑う。


本当にバッカスと契約できちゃった。


人間界へとまた一歩近づけた。

人間界へ帰れるまであと必要な契約は三つだ。




*****




バッカスと契約を結んだ数日後。

本日はバイトも学院もない週に1回の休日。

私はミアと魔界の街へ出て、ミア案内の元、ショッピングを楽しんでいた。




「おいで!咲良!」


「はいはい」




終始ご機嫌な様子のミアが私を手招きで呼ぶ。

私は本日何度目かわからないミアからの呼び出しに笑顔で答え、ミアの元へ向かった。




「この口紅咲良に似合うと思うの。だからこれあげるね」


「え!?」




本日10回目のミアからの贈り物に私はまた驚く。

どうやら私が1人でコスメを見ている内に買ってしまったようだ。




「いや!いいよ!もういいから!」


「なんで?私は咲良にこれをつけてもらいたいのに」


「…っ!じゃあせめてこれは私に払わせて!私が買うから!」




私に贈り物を断られたミアは本日10回目の悲しそうな表情を浮かべる。

そんなミアの表情に私もきっちり本日10回目の心の痛みを感じ、カバンから急いで財布を出した。


せめてお買い上げさせてください。

年下の子から永遠と貢がれるなんて無理。

大人としてダメだ。




「嫌。これは私から咲良への贈り物だもの」


「いやいや。もう10個くらいもらったから十分だよ?」


「嫌なものは嫌なの。お金ならいくらでもあるもん」


「…んー。でも…」




お金を払おうとする私だが、ミアはそれを許さない。

これも10回目の会話だ。




「お金はいらないから今すぐこれをつけさせてよ」




真剣だがどこか怪しい雰囲気のミアにそう言われて私が折れるまでがこのミアと私の会話の1セットだった。




「…わかったよ」




何を言ってもミアは折れてくれないので私はここで仕方なく頷く。

するとミアの表情は先程の悲しそうな表情とは真逆のとても嬉しそうな表情へと変わった。


この顔を見せられたら何も言えなくなる。




「少し顔を上げさせてね」




クイっとミアに軽く顎をあげさせられ至近距離からミアに見つめられる。


異性が相手ならまるで今にもキスされそうな状況だ。

もちろんミアは同性で、キスする為にこんなことをしているのではなく、ただ私に口紅をつける為にしているだけだ。




「…」




至近距離で見るミアは本当に美しい。

毛穴も肌荒れもシミもない陶器のようなツルツルのお肌が羨ましい。

私を見つめる青い瞳はまるでサファイアのようにキラキラ輝いて見える。


ああ、私もこんなスッピンになりたかった。




「じゃあいくね」




ミアに見惚れている私にミアは丁寧に口紅を塗り始めた。

そしてそれは少し待てばすぐに終わった。


今履いている靴、着ている服上下、カバン、髪型、アクセサリー、香水等々。

全てミアが私に今日贈ったものだ。


今の私は意図せず全身ミアプロデュースになってしまっている。




「かわいい」




私を見てミアは本当に真剣な表情でそう言った。

その目はまるで草食動物を狙う肉食動物のようにギラギラとしている気がする。


異性に向けるようなそんな瞳。


まさか。

同性をそんな目で見るか。視力落ちたかな?


ミアの視線に一瞬ドキッとしたが私はすぐに気持ちを切り替えた。




「ありがとう、ミア」




きっと気のせいだ。




*****




ミアと一通り買い物を楽しんだ後、私たちはミアおすすめのカフェでデザートを楽しんでいた。




「ええ?ハワード家の兄弟全員と契約しないといけないの?」




私の近状報告を聞いたミアは周りには聞こえないように小声でそう言って驚いた。

愛らしく大きな瞳がさらに大きく開かれている。




「そうなの。2人とは流れで契約できたんだけどあと3人もいてさ…。自信がなさすぎる」




はあ、と大きなため息を吐き、私は項垂れる。

ここでは本音を言えるのも本当のことを言えるのもミアしかいない。

ミアは私にとってたった1人のここでの気を許している大事な存在だ。


ミアのおかげで私は最初から孤独ではないし、何だかんだでやれているんだと思う。




「諦めて残っちゃおっか。私はそれでも嬉しいな。ずぅと一緒に居られるなんて」


「んー。魅力的な話だけど帰らないと」


「そっかあ。帰って欲しくないなぁ」




愛らしく小悪魔っぽく笑うミアを今まで何度見たことか。

まさにミアという悪魔からの悪魔の囁きだが、その可愛らしさに負けるわけにはいかない。


私は人間界へ帰りたい。

両親や友だちがいる、私が育ったあの世界に。




「私も咲良の契約悪魔だからね?絶対咲良の力になるから何でも言ってね?」


「ありがとう、ミア。心強いよ」




やはりミアは悪魔だが天使のようにいい子だ。


優しく笑うミアに私はそう思った。




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