『他の兄弟とも契約するんだったら咲良はもっと悪魔と人間の契約について知っていた方がいいよ。悪魔を好きな時に好きな場所に召喚できるだけが契約じゃないんだよ?』
数日前のミアとのショッピング中、あまりにも契約について何も知らない私にミアはそう少しだけ呆れたように言っていた。
なので現在。
いつもより早めにバイトを終えた私は初めてハワード家の書庫へやって来て契約について勉強をしていた。
今この数時間で契約について知れたことは何をするにもあの厨二病呪文が必要だと言うことだ。
つまり恥じらいがある今の私のままでは契約した悪魔たちに何もできないということだった。
逆に呪文さえ言えてしまえば悪魔に対して何でもできるようになるらしい。
だから人間は自分の願いを叶える為に強い悪魔とどんな代償でも支払って契約をしたがるそうだ。
まあ、そうだろうな。
私だったら何でも願いを叶えてくれるのならとりあえず巨乳にしてください、とか願っちゃうかなー。
いや、人間界へ帰してください、か。
契約について勉強をしながらもそんなことを思っていた時だった。
カンッ!私の手の横ギリギリの机の上に矢が刺さったのは。
「え」
何事!?
いきなりのことに驚いて私は矢がどこから飛んできたのか、周りを見渡して探す。
だが、どこにも人の気配はない。
何故、私は命を狙われたんだ?
「…こっわ」
身の危険を感じてさっさと小屋へ帰ろうとしたが、矢に紙が括り付けられていることに私は気がついた。
え?これアニメとかでよく見るやつじゃない?矢文だよね?
非常に物騒だが、私宛への手紙である可能性もある。
そう判断した私は矢から丁寧に紙を取る。
そして折り込まれた紙を広げてみると、
『我が名はギャレット。貴殿に大事な用事がある。これを見次第直ちに我が部屋へ参られよ』
とおそらく筆ペンで書かれたギャレットによる私を呼び出す文が書かれてあった。
どういう伝え方。
ギャレットのクセと個性しかない伝達方法に私は苦笑いを浮かべる。
呼ばれたからには行くしかない。
だが、問題が一つだけあった。
ギャレットの部屋ってどこだ?
*****
目的地…ギャレットの部屋の場所がわからないままとりあえず書庫を出た私だったが廊下を少し歩いたところでそれは解決した。
「え?ギャレットの部屋?3階にあるよ。左の奥から3番目の部屋」
たまたま廊下で出会ったクラウスが甘い笑顔を浮かべてギャレットの部屋の場所を教えてくれたからだ。
「ありがとう、クラウス」
「どういたしまして!女の子からのお願いなら何でも聞いちゃう」
ギャレットの部屋の場所を教えてくれたクラウスにお礼を言うとクラウスはにっこりと私に笑った。
ああ、遊び人オーラが今日も全開だ。
「じゃあ僕これからクラブで可愛い女の子たちとオールだから。あ、咲良も一緒にどう?すっごく楽しい…」
「遠慮するわ。いってらっしゃい」
クラウスが言葉を言い切る前に私はクラウスを白い目で見て、クラウスの言葉をバッサリと切る。
だが、そんなことで折れてしまうクラウスではない。
私に途中で言葉を切られても、全く気にしていない様子のクラウスは「えー。つれないなぁ。まあ、そんなところも好きだけど」と非常に甘い笑顔とウィンク付きで言っていた。
…やっぱり苦手だ。
クラウスと別れた後、私はクラウスに教えてもらったギャレットの部屋の前まで来た。
「ギャレット。私だけど」
コンコンッと扉をノックした後、ギャレットからの返事を待つ。
「…どうぞ」
すると扉の向こうから少し暗めのギャレットの声が聞こえてきたので私は扉を開けた。
薄暗い部屋の一番奥に座っているギャレットの姿が目に入る。
他の兄弟たちと同じで美しいがどこか暗い印象のあるギャレット。
実はここへ来て3ヶ月も経とうというのに私はまだギャレットときちんと話をしたことがなかった。
ギャレットはいつも他人を強く拒否しているオーラを身にまとっている。
そんなギャレットがわざわざ私をあんな方法で呼びつけるだなんて一体どうしたのだろうか。
「突っ立ってないで入れば」
黙ってギャレットを見つめているとギャレットは冷たく私にそう言った。
てっきりギャレットは他人を自分の部屋には入れさせたくない質だと思っていたので私は少しだけ驚きながらもギャレットに言われた通りにギャレットの部屋に入る。
「…えっと、で、何で私は呼ばれたのかな?」
今の状況が未だに理解できていない私はとりあえずギャレットに私を呼んだ真意を聞いてみた。
するとギャレットの表情は真剣な表情へと変わった。
「単刀直入に聞く。嘘をついてもバレるからちゃんと答えるように」
「あ、はい」
ギャレットの真剣を通り越して少し怒っているような様子に、まるで身に覚えのないことでこれから上司に怒られるかもしれない雰囲気を察してしまった時のような気分になる。
私は一体何をしてしまったの。
「あの天下のメイド喫茶、ナイトメアで働いてるよね?」
「うん」
「No.1のミアちゃんと一番仲がいいよね?一番気にかけてもらえているよね?そうだよね?」
「まあ、そうだね」
「…チッ、やっぱりね」
ギャレットからの尋問がここで一旦終わる。
一体彼は何が聞きたいのだろうか。
そもそも何故ミアの存在や私とミアの関係を知っているのだろうか。
バイト先くらいなら5兄弟たちも知っているだろうとは思っていたが、バイト先の人間関係まで把握されていたなんて。
「ギャレットは何でミアを知っているの?」
「…は?」
ギャレットに対する疑問を口にした瞬間、この部屋の空気がギャレットによって一気に冷え切った。
私を睨みつけるギャレットの目が怖い。
親の仇を見る目だ。
「あのナイトメアのNo.1メイドミアちゃんだぞ!?魔界のオタクで知らない奴なんていない!知らない奴はにわかだよ!俺がにわかだって言いたいの!?」
「…ひぃっ!声のボリューム!」
いきなりすごい勢いでギャレットに怒鳴られてしまい私は思わず身を引く。
こっわ!急に大きな声出さないで!
「にわかとか知らないけどギャレットナイトメアに来たことないじゃん!どうやってミアを知るのよ!」
こんな目立つ美形がメイド喫茶に現れたら嫌でも覚えるし、目立つし、浮くはずだがナイトメアでギャレットを見た覚えはない。
深緑色の頭と灰色の瞳のギャレットをじっと見つめる。
やっぱりナイトメアで見たことない!こんな美形!
「ナイトメアにお忍びで何度も何度も何度も通ってるんだよ!」
「…本当に?ギャレットのような美形居たらすぐわかると思うんだけど」
私の目に狂いはない…はず。
「お忍びでって言っているでしょ!変装しているんだよ!魔法とかいろいろ使って!」
「…な、なるほど」
魔法というワードが出てくると私は弱い。
あまりにも無限で未知数なその魔法の前では私の常識は無力だった。
にわかに信じられないがこのスーパー美形はナイトメアに変装して通っていたようだ。
「でもどうして変装を?」
ナイトメアは変装をしてまで来るような怪しい店ではないはずだが。
「はっ、これだから一般人な上に何も持たない人間は…」
私の純粋な質問を聞いてギャレットが私を馬鹿にしたように笑う。
うわー。うぜぇ。
「俺は特級悪魔な上にハワード家の人間だ。おまけに無駄にキラキラしたビジュアルで目立つ。俺が望んでいなくても存在全てが目立ってしまう」
「だから何?」
「…そんな俺がナイトメアに通いでもしてみろ『ハワード家ってオタクがいたの?』『気持ち悪い』『ハワードの名に傷がつく』『特級のくせに』て言われるのがオチ」
「自意識過剰では?」
「いいね。お前は脳内がお花畑で。悩みとは無縁だろうな」
少しだけだがギャレットと会話をしてわかったことがある。
この男、私が言った言葉に対してかなりの確率で毒を吐きやがる。
気分がずっと優れないのだが。
「バカとでも言いたいの?」
「間違っていないでしょ?」
「間違ってるわ」
また私を馬鹿にしたように笑うギャレットに私は思わずツッコミを入れた。
「あー。バカと話してたら話が進まないわ」
「…」
はぁ、と大きなため息を吐くギャレットに軽く殺意が湧く。
仲良くなれそうにないのだが。
こんなのと契約しないといけないのか?
「本題に入るよ。俺はお前にある頼みがあってここへ呼んだんだ」
「そっか。お断りするね」
「まだ何も言っていないんですけど」
流石にギャレットの態度にムカついてさっさとギャレットの頼みを断るとギャレットは呆れたように私を見る。
いや何でそんな目で見られないといけない。
そんな目で見られる筋合いはない。
「ミアちゃんと特別な関係であるお前だからこそ希望が持てることなんだけど」
「…何?」
腹は立つが一応聞いてやるか。
私はいずれギャレットとも契約をしなければならないのだし。
その為には当初の条件通り5兄弟たちと良好な関係を築いた方がいいのは明確で。
「ミアちゃんのサイン付きチェキをもらってきてくれない?」
「…え」
ギャレットの頼み事の内容に私は思わず固まってしまった。
あまりにも無理のあることだったからだ。
ミアはナイトメアNo.1でありながらチェキの撮影もサインも一切していなかった。
他のメイドは自らの人気確保の為にしているというのに。
もちろん、私もしている。
お客様に推してもらう為の営業活動みたいなものだからだ。
だが、ミアはそれをしていない。
それでも不動のNo.1人気のミアは本当にすごい存在なのだ。
では何故ミアからサイン付きチェキをもらうことが無理のあることなのか。
それはミアが写真全般を絶対NGにしているからだった。
お客様にもそうアナウンスされている。
それでも隠し撮りをしてでもミアの写真を手に入れようとした者に何度稲妻が落ちるところを見たことか。
なのでナイトメア内ではミアの写真にはそれだけの価値とレア度があり、難攻不落と呼ばれていた。
そんなミアのサイン付きチェキをもらって来いだと?
「私に新たな焼死体になれと?」
「気に入られているお前が焼死体になる訳ないでしょ。そんなこともわからない訳?だからお前に頼んだんだよ、察してよね」
うぜぇ。
本日2回目のギャレットに対する〝うぜぇ〟が私の中で木霊する。
…言わないよ。
今の時点での関係悪化は望ましくない。
「…わかったよ。頼んでみるけどあまり期待はしないでよ?」
「いやここは敢えて期待するよ。頑張ってよ、脳内お花畑さん」
「くそがきぃ」
「?何?」
「任せてって言った」
終始私を馬鹿にしたように笑うギャレットに私は本音を抑えて殴りかからないように努力した。
これも人間界へ帰る為だ。
これをきっかけに今まで関わりのなかったギャレットとの仲を深めよう。
そしてバッカスの時みたいに頃合いを見て契約を持ちかけるのだ。