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第20話 チェキと契約の条件





「と、いう訳でどうかな?」




ギャレットにミアのサイン付きチェキを頼まれた翌日。

私は早速バイト中に暇を見つけて、昨日あった出来事をミアに話してみた。




「えー。嫌かな」




私の話を聞いた後、いつもと変わらない可愛らしい笑顔でミアが私の…いやギャレットの頼み事をバッサリと予想通り断る。


やっぱり嫌だよね。


ミアは本当に何故かチェキや写真を嫌がる。

ガードがめちゃくちゃ固いのもよく知っている。

そんなミアが私からのお願いだからといってすんなりとチェキを了承してくれる訳がないのだ。




「そこを何とかお願いできないかな…」




それでも無理を承知で天使なミアならもしかしたら…と淡い期待を込めてミアを見つめる。




「んー。咲良は私が写真嫌いなの知っているよね?」


「…うん」




するとミアは先ほどと変わらないいつもの可愛らしい笑顔でだが、冷たい瞳で私に淡々とそう言った。

怒っているようにしか見えず、私は思わず小さな声で返事をしてしまう。


地雷だったかも。


これ以上は無理だ。

何よりミアの気分を害することを私自身したくない。


私はミアのサイン付きチェキを今は諦めることにして、「無理言ってごめんね」と言い、仕事に戻ることにした。




「諦めちゃうの?」


「…え」


「私は咲良の契約悪魔なんだよ?」




立ち去ろうとした私の左手をミアが掴む。

そしてミアは不思議そうに私を見つめてきた。




「だから何?」




ミアが何を言いたいのかわからず私は思わずミアに問う。




「…」




私の問いにミアの顔から一瞬だけ表情が抜けた。

冷たい、どこかで見たことのある、絶対零度の表情。

誰かを連想させる表情だが、その誰かが誰なのかどうしても思い出せない。




「…私は咲良のものなのよ。咲良が望むように命令すればいいの」




先ほどの冷たい表情が嘘かのようにミアはそう言ってまた可愛らしくにっこりと私に笑った。


ああ、そういうことか。




「違うよ。ミアは確かに私と契約してくれているけど私のものではないでしょ?」


「…じゃあ私は咲良の何?」




笑顔のままだが不安げに私をミアが見つめる。


一体何が彼女にそんな顔をさせてしまっているのだろうか。




「友だちだよ。そうでしょ?」




私は不安げに私を見つめるミアが少しでも安心できるように優しく笑い、私の左手を掴んでいるミアの手に自身の右手を重ねた。


ミアはそんな私を見て目を大きく見開いた。




「…うん。友だち」




そして本当に嬉しそうに笑った。


この世で一番美しく愛らしいものに出会えた瞬間だった。

ものすごく愛らしいミアの笑顔は私の心臓を鷲掴んで離さない。


可愛らしい!




「咲良、サイン付きチェキ撮ってあげるよ」


「本当!?」


「うん。他でもない咲良からのお願いだもん」




やはり天使!


ミアの明るい笑顔からの承諾に今度は私の方が嬉しくなり、笑顔になる。




「ただし条件付きね」


「どんと来い!」




何言われても必ず成し遂げるから任せなさい!




「私のサイン付きチェキを欲しがっているギャレットと契約してきて。これがサイン付きチェキを撮ってあげる条件」


「…」




思っていたものよりも厳しいミアからの条件に私は笑顔で固まる。




「どう?契約のこと協力するって言ったでしょ?いい考えだと思わない?」




ミアはそんな私に誇らしげに笑っていた。


いい考えではあると思う。どんな手を使ってでも5兄弟と契約を結び、人間界へ帰りたい私にとっては。


だがしかし、これからこのことをきっかけにギャレットと良い関係を築き、その先で契約をしてもらおうと思っていた私にとって、今すぐにギャレットと契約しなければならないのはあまりにも厳しすぎる条件だ。


そのことをミアに伝えると、




「大丈夫。彼、きっと望みのものを手に入れる為なら多少のことは我慢するし、その為に何でもするタイプだよ。私を信じて」




とウィンク付きの笑顔で言われた。


きっと私が男だったら今ので恋に落ちていたはずだ。




*****




バイトが終わって夜。

私は私の小屋へ帰る前にギャレットの部屋に寄っていた。




「はぁぁぁぁあ!?お前と契約しろだと!?」




今日ミアに言われたミアのサイン付きチェキをもらえる条件をギャレットに伝えるとまあ、予想通り…いや予想を通り越した反応をされた。


大絶叫だ。




「そう。それがミアからの条件だって」


「…なっ!う、嘘でしょ!?」


「ここで嘘なんて言ってどうするの」


「うわああああ…!」




ギャレットの嫌がり方に若干引いている私なんておかまいなしにギャレットは叫びながら頭を抱えている。

思っていた以上の反応にこちらもどう対応していいのか困ってしまう。




「咲良、用事は済んだか?早く帰ろう」




ギャレットをどうしたものかと見ていると私の隣に立っていたバッカスが無表情でそう言ってきた。




「…何でバッカスがここにいるの。黙ったまま人間の後ろに立っているから俺にしか見えない幻覚かと思ってたよ」




私がバッカスに答える前に少しだけ落ち着きを取り戻したらしいギャレットが疲れ切った顔で思い出したかのようにバッカスを指差す。




「廊下で咲良と会ったからだ」


「質問の答えになっていないから。この脳筋ヤロー。何で人間に付いて歩き回ってるの」


「…会いたいと思っていた。咲良のご飯は格別だ」




無表情なバッカスに大きなため息をついているギャレットにそれを何とも言えない気持ちで見守る私。


バッカスのマイペースな答えにギャレットはまた大きなため息をついていた。


ギャレットの気持ちはわからないこともない。

バッカスとの意思疎通は食抜きではなかなか難しい。




「それでギャレットはミアからの条件を飲むの?」




話が逸れてしまったので私は再び話を戻すためにギャレットに話しかける。




「…」




ギャレットはそんな私を黙って睨みつけた後、ふいっと視線を逸らした。




「嘘だと思いたいけどこれは大きなチャンスなのでは?あのミアちゃんがチェキの許可を条件付きでくれるとか絶対今後あり得ないことだよ。嘘にしては信憑性がありすぎる。ミアちゃんのことだ。大切な友だちからのお願いが断れなくて逆に俺が諦めるような無理難題を言ったんだ。そうに違いない。さすが俺。計画通り。やっぱり友だちからのお願いは断れなかったね。焼死体になる訳ないじゃん。バカじゃん」




こちらを一切向くことなくブツブツとギャレットが何かを言っているが全く聞き取れない。


だが雰囲気的にバカにされているような気がする。気のせいだろうか。




「…バッカス。私、ギャレットにバカにされているような気がするんだけど」


「されている。あんな顔をしている時は大体人をバカにしている時だ。だからあんなやつ放っておいて早く帰ろう。咲良と一緒にご飯食べたい」




バッカスと同じような無表情でバッカスに声をかけると私以上に感情のない表情でバッカスはそう答え、グイグイと私の腕を引っ張り始めた。


大きなお子さんを持った気分だ。




「ちょいちょい!待って!あとちょっとだけ!」



まだギャレットの答えを聞いていない!


私を無理やり連れて行こうとするバッカスに私は何とかその場で踏ん張り、連れて行かれないように必死に抵抗する。




「…おい、人間」




そんなことをバッカスとしているとすごく思い悩んだギャレットの声が私たちに届いた。




「俺は同志、つまりオタクである者、しかも俺が認めたオタクとしか契約をしたくない。だけどミアちゃんのサイン付きチェキはどうしても欲しい。つまり、だ。お前は俺に認められるオタクになる必要があるんだ」


「…はぁ」




何と自分中心なお話なのでしょうか!


呆れながらも私は一生懸命話すギャレットにとりあえず頷く。




「それさ、私に断れらることも考えなかったの?私には別に何のメリットもないからギャレットと契約せずにミアのサイン付きチェキをもらわないって選択も当然あるんだよ?」




本当はギャレットとの契約を望んでいるが、あまりにも自己中心的なギャレットの言葉に思わず思ってもいないことをつい私は言ってしまう。




「それでもいいよ。断られたらそれまでの話だっただけ。また別の機会をうかがうよ。何度も言うけど俺はミアちゃんのサイン付きチェキは欲しいけど同志のオタク以外とは絶対契約したくないからね」




だがギャレットは案外平気そうにしていた。

私に断られる可能性もきちんと頭にあったみたいだ。


まあ、断らないが。




「なるよ、私。ギャレットに認められるオタクになる」


「ふ、頭の悪そうな人間にしては英断なんじゃない?」




決意を固めてギャレットを見つめる。

すると、ギャレットは私を小バカにした笑顔で私を見つめて…いや見下していた。


…あ、うぜぇ。




「それで私は一体何をすればギャレットに認めてもらえるの?」




いきなり「オタクになりました」と言ってもギャレットには認めてもらえないはずだ。

具体的に何からすればよいのかギャレットに聞いてみる。




「オタクと言ってもいろいろなオタクがいる。人は誰しも何かしらのオタクだしね。だけど俺が求めているのは同じ志を持つオタク。つまりアニメ、漫画、ゲームが好きなオタクだね」




長々とまずはオタクについて語り始めたギャレットだが、これだけ言うとギャレットは部屋のあちこちをうろうろし始めた。


よく見ると紙袋にアニメのDVDらしきものを丁寧に何枚も何枚も入れている。


そして紙袋が3袋目になったところでギャレットはそれを私に差し出した。




「俺の推しアニメ『らぶ☆さばいばー~戦わなければ生きられない!~』略してらぶ☆さばだ。ここにはらぶ☆さばのアニメ3クール分と映画3本がある。これを明日から3日で全部見ろ。その後俺から口頭でテストをする。それに全問正解すれば合格、晴れて俺の同志として認めよう」




キラキラ顔でマシンガントークをしているギャレットから紙袋を受け取る。

あまりの量の多さに隣にいたバッカスがすぐに「俺が持つ」と全部持とうとしたが2つだけ持ってもらうことにした。


3クール…て、何時間?

映画3本って何時間のものを?


明日から3日で全部見ろって時間は足りるのだろうか。


途方もない時間に気が遠くなっている私にギャレットは「本当はらぶ☆さばは漫画原作なんだ。原作まで読んでこそだけど今回は時間がないからアニメだけで許してやる」と言っていたが、頭に入ってこなかった。


眠れない夜が始まる予感だ。





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