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第21話 眠れない夜に悪魔が2人




契約の条件など必要事項を言い終えたギャレットは放心状態の私と相変わらず無表情なバッカスに「じゃ、5日後」と冷たく言い放ち、私たちを部屋の外へとさっさと追い出した。



そして現在。


やっと小屋に帰ってきた私は、私に付いてきたバッカスとすでに小屋にいたエドガーと3人で遅めの夕食を食べ終え、アニメ鑑賞の準備をし始めた。


エドガーもバッカスもこれから始めようとしているアニメ鑑賞に付き合ってくれるらしい。


事情を知っているバッカスは「咲良に協力する」と言い、夕食時に流れでこれまた事情を知ったエドガーは「暇つぶしに付き合ってやる」と言い、2人とも夕食後もここへ残ってくれていた。


大変有り難い話だ。

1人で長い時間アニメを見続けるよりも誰かとその時間を共有した方が絶対にいい。

その方がきっと気が滅入ることもないし、楽しいだろう。


アニメ鑑賞の準備も整い、時間も惜しいので私は早速アニメ鑑賞を始めようとした。

だがしかしあとは再生ボタンを押すだけだというのに未だにアニメ鑑賞を始めることができないでいた。




「あん?俺様が咲良と一緒にソファに座るんだよ」


「いや。咲良の隣に座るのは俺だ」




エドガーとバッカスによるたった1人分のソファの空席争奪戦が終わらないことによって。


どっちでもいいから早く決めて欲しい。

アニメ鑑賞を始められない。


事の発端はアニメ鑑賞の準備が完了し、私がエドガーとバッカスに言い放ったこの一言だった。




「ソファはどう考えても2人しか座れないから、私が座ることは決定として、残りの1人はどっちが座るか決めてね。1人は床ね」




私はそれだけ言うとソファに座った。


この一言により、エドガーVSバッカスによる絶対に譲ろうとしないソファ争奪戦が始まったのだ。


ソファ争奪戦が始まっておそらく10分は経っているのではないだろうか。


どちらも譲る気がない為、終わりが見えない。

初めこそ黙って見ていた私だったが流石に口を開くことにした。




「はぁ、そんなにソファに座りたいなら譲るよ。2人でどうぞ」


「「ダメ!」」




これしか解決方法はないだろうと呆れたようにソファから立とうとしたが、それはエドガーとバッカスによって阻止される。


2人の意見が合うなんて珍しい。




「…」




…いやでもこのままではアニメ鑑賞を本当に始められないのだが。




「咲良!俺が隣の方がいいよな?」


「いや俺だろ」


「俺は!お前の!特別だろ!?俺を最優先しろ!俺は咲良の最初の契約悪魔だぞ!」


「それなら俺は一番新しい咲良の契約悪魔だ。俺を最優先すべき」



エドガーとバッカスの交互に来る圧が怖い。

どっちを選んでもめんどくさいことになることは分かりきっているので選ぶに選べない。


だがら譲ろうとしたのにそれさえも許されないなんて。




「あー。もう。じゃあじゃんけん!じゃんけんして勝った方がソファね!」




困った私は半ば投げやりにエドガーとバッカスにそう言った。




「ふっ、勝ったな。じゃんけんはいわばギャンブル。素人に負ける気がしねぇ」


「負けられない」




勝ち誇ったように笑うエドガーと真剣な表情のバッカスが私に言われて睨み合う。




「いくぞ!じゃんけん!」




そしてエドガーの掛け声によりとんでもなく真剣なじゃんけんという戦いの幕が切って落とされた。



結論から言おう。

勝ったのはエドガーだった。




「よっしゃあー!俺の勝ちー!」


「…」




勝ったエドガーはこれでもかと嬉しそうに喜び、逆に負けたバッカスは目に見えて落ち込んでいる。


まさに天国と地獄な絵面だ。




「はいはい。じゃあそろそろ始めるよー」




エドガーが私の横へぴたりと座り、バッカスが私の足元付近の床へ腰を下ろしたところで私はやっとリモコンの再生ボタンを押せたのであった。




*****




「…」




やばい、眠い。


エドガーともバッカスとも一切言葉を交わすことなく、アニメ鑑賞を始めて10分。


早速眠気が私を襲っていた。


学院からのバイトからの現在だ。

1日の終わりに眠たくなるのは当然の摂理。


おまけにアニメの内容が眠気を誘った。


ほのぼの日常系アニメで、ぼーっと何も考えずに見るのには丁度いい内容なのだ。


そんなアニメ、疲れている私に寝てくださいと言っているようなものではないか。


寝ちゃダメだ。

まだ見始めたばかりだぞ。

お風呂にだって入っていない。

化粧だって落としていない。


絶対に寝てはいけない状態に敢えてしたのだ。

寝るわけにはいかない。




「エドガー…、バッカス…」




先程まで無言を貫いていた私だったが、ついに力なく2人の名前を呼んだ。




「もし、私が寝てしまったら絶対起こして。絶対、絶対だからね」




化粧をせめて落として寝たいからね。


しっかり起こしてもらえるようにエドガーとバッカスに念を押す。




「任せろ」


「わかった」




するとエドガーもバッカスもすぐにそう返事をしてくれた。


ああ、これで安心できる。


その安心感が私を眠りへと誘ってしまった。




*****




『もし、私が寝てしまったら絶対起こして。絶対、絶対だからね』



そう咲良が言って5分も経たない内に咲良は寝てしまった。

咲良の隣にいたエドガーがそれに気がついたのは咲良が自分の肩にもたれかかったからだった。




「おい。起きろ」




エドガーは咲良に言われた通り、咲良を起こそうと声をかけるが、咲良が起きる気配はない。

仕方ないのでエドガーはリモコンの停止ボタンを押してとりあえずアニメを止めた。


それを見たバッカスは「お腹空いた。厨房から食べ物持ってくる」と小屋から出て行った。




「咲良、起きろって」




何とかして咲良を起こさなければならない。


起こしてと頼まれている以上そのまま寝かせる訳にもいかず、エドガーは今度は咲良の肩を軽く揺らし、咲良を起こそうとする。




「…んー。やあ」


「…っ」




すると咲良はそんなエドガーにいつもなら絶対出さない甘えるような声で抵抗した。

そんな見た事のない咲良の姿にエドガーは思わずドキッとした。


いつもの咲良はエドガーから見るとしっかり自立した女性で、あまり隙がない。


しかし今の咲良はどうだろうか。

眠る咲良には隙しかない。


そんな咲良の姿にエドガーの心の奥底が刺激された。




「…なぁ、おい。起きろよ」




そう言っているエドガーだが、ゆっくりと咲良を自分の膝の上に倒して寝かせており、言葉と行動が伴っていない。


まるで咲良を起こすのではなく、寝かしつけるような行動だ。




「起きねぇと食っちまうぞ」




いつになく真剣な表情で頬を赤らめているエドガーは眠る咲良にそう言って自身の顔を近づけた。

あと1㎝で互いの唇が触れそうになったその時だった。




「…何しているんだ?」




バッカスが早くも厨房から帰ってきた。




「…別に。何もしてねぇよ」


「そうか」




咲良から離れて不機嫌そうにそう言ったエドガーに無表情ながらも疑いの目をバッカスは向ける。


雰囲気的にエドガーが咲良に〝何かをしよう〟としていたことを何となくバッカスは感じていた。

そして早く帰るようにしてよかったとバッカスは思った。 




「起こさないのか?」




未だにエドガーの膝の上でスヤスヤと眠り続ける咲良の姿を見つめながら不思議そうにバッカスがエドガーに問う。




「コイツ頑張りすぎなんだよ。もう少しだけ寝かせてやろうぜ」




エドガーはバッカスの問にそう答えると優しく笑って咲良の頬を撫でた。




*****




もう歳なんだと思う。


翌日。エドガーの膝の上で目を覚ました時そう思った。

絶対寝れない状態にしていたのにも関わらず私はあろうことか寝落ちしてしまったのだ。




「…」




触らなくても、見なくてもわかる。

肌が死んでいる。


はあ、と昨日の私に小さくため息をつくと、私はエドガーを起こさないように気をつけながらエドガーから離れた。


ソファに座ったまま器用にすやすやと眠っているエドガーの姿が目に入る。

先程までそんなエドガーの膝を借りて私は爆睡していた。


起きようとしない私に気を使って、そのまま寝てしまったのだろうか。


悪いことをしてしまった。

ごめんね、エドガー。


今の時刻を確認する為にスマホの画面を見る。

画面に映っている時刻は午前7時だった。


食堂での朝食は大体7時45分くらいから始まる。移動の時間も考えるとあと30分でとりあえず外に出られる顔にしなければならない。


お風呂に入るのは後回しにして顔を洗ってスキンケアをしてせめて下地と眉毛だけでも…。


頭の中でこれからやらねばならないを考えながら洗面所へ向かっていると目を疑うような光景が目に飛び込んできた。




「…っ!?」




私のベッドでバッカスが気持ちよさそうに寝ていたのである。


なーんで小屋主の私じゃなくてバッカスがベッドを占領しているんだ!?


どこにもいないのでてっきりバッカスは部屋に帰ったとばかり思っていたがまさか私のベッドで寝ているとは。


驚きのあまり大きな声が出そうになったが何とか耐えた。


今、バッカスやエドガーに起きられたら困る。

こんなカピカピのお顔を顔面宝石ご兄弟に見られたくない。




*****




何とか30分で支度を済ませた後、エドガーとバッカスを起こし、朝食の時間の為、食堂へ向かった。


もちろん私は今でも食堂でご飯を食べられない。

毒を盛られたことは今でも忘れられず、トラウマだからだ。


形だけの朝食後、小屋に帰ってからの私は忙しかった。

まずは学院とバイト先であるナイトメアへ連絡を入れ、今日を含め、4日間休めるようにした。


それからお風呂に入って、もう一度身支度。

朝食もまだだったので軽く食べられるものを用意して1人でさっさと口に入れた。




「よし」




それら全てを終わらせた私はソファに座り、テレビのリモコンを握った。


後は再生ボタンを押してアニメ鑑賞を始めるだけ。

だけなのだが。




「…え?何で2人がいる訳?」




いつの間にか自然な流れで昨日と同じようなスタイルでアニメ鑑賞をしようとするエドガーとバッカスに私は首を傾げて2人を交互に見つめた。




「あ?昨日付き合ってやるって言っただろ?」


「咲良を放っておけない。最後まで一緒に見る」




当然のような目でエドガーとバッカスは私を見つめ返す。


…いや、君たちこれから学院があるでしょうが!


私はきちんと休みの連絡を入れ、休みになっているが彼らはどうなのか。

おそらく無断で休む気なのだろう。


欠席連絡なんてこの2人がするとは思えない。




「…本当に私に付き合うつもりなの?」


「おう」「ああ」




眉間にしわを寄せてエドガーとバッカスを見つめると、2人は冗談抜きで真面目にそうだと頷いた。




「…ありがとう。せめて欠席連絡を入れてください」




学院に行きなさい!学生の本文は勉強です!と言いたい気持ちもあったが、2人とも折れそうにないし、何より時間が惜しいので私はただただ力なくそう言った。


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