目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 何番目かわからない彼女




バイトで帰りが遅くなったある日のこと。


1日の疲労を感じながらも小屋まで辿り着くと、誰もいないはずの小屋に電気がついていた。


おそらくエドガーかバッカスが小屋にいるのだろう。




「ただいま」




電気がついていることに特に驚くこともなく、私は慣れた手つきで小屋の扉を開けた。




「おかえり、待ってたよ、咲良」


「…」




するとそこには全く予想していなかった人物がいた。


クラウスだ。


クラウスは私がいつも座る椅子に座ってこちらに微笑んでいた。


疲れから幻覚でも見ているのだろうか。


ここへ来て半年以上経つが、毎日女遊びで忙しそうなクラウスと食堂以外で会うことはほとんどなかった。

もちろん私の小屋にだって一度も来たことがない。

そんなある意味毎日忙しいクラウスが自ら私の小屋へ足を運ぶ訳がないのだ。


エドガーかバッカスならまだしもあの夜こそが本番な遊び人クラウスだぞ?


こんなあり得ない幻覚を見るだなんて相当疲れているに違いない。




「…咲良?何惚けているの?僕の魅力にやられちゃった?」


「…」




いや、クラウス本人だわ。


ふわりと笑い、ふざけたことを言うクラウスを見て私は確信した。目の前にいるのは幻覚ではなくクラウス張本人だと。


しかもよく見るとこの部屋にいるのはクラウスだけのようだった。

エドガーの姿もバッカスの姿も見当たらない。


クラウスは一体1人で何をしに来たのか。

突然のクラウス訪問にあまりいい予感がしないのだが。




「どうしたの?こんな時間に」




用事があるのなら明日の朝にでも伝えればいいのに。


何故か私の小屋にいるクラウスに私は不思議そうにそう聞く。




「えっと、実は咲良に緊急のお願いがあってね」




するとクラウスは少しだけ困ったように笑った。


やっぱりいい予感がしない。

悪いことが起きそうだ。




「僕の恋人になってくれない?」


「…何番目の?丁重にお断り致します」


「ええ?僕の恋人だよ?なりたくてもなれない子たちがたくさんいる特等席だよ?嘘ついてない?」


「私にはとてもじゃありませんが務まりません。申し訳ございません」




丁寧に頭を下げる私にクラウスは最初こそ余裕そうに甘い笑みを浮かべていたが、徐々にその表情が驚きのものへと変わる。

この様子だとまさか断られるとは思っていなかったようだ。


いや、断りますよ。苦手ですもん、遊び人オーラ満載のクラウス。


しかも絶対遊びだし、そもそも何番目のかを否定しない時点で最悪。

クラウスの何番目かわからない恋人の座はなりたくてもなれない誰かに譲ろう。




「…咲良、これは咲良にしかお願いできないことなんだよね」




白い目でクラウスを見ているとクラウスが悲しそうな目で私をじっと見つめてきた。


あ、何かこれダメな気がする。


嫌な予感を感じて私は私を見つめるクラウスから勢いよく目を逸らす。




「…はぁ、咲良って本当、ただの人間なのにそういう勘はいいよね」


「…」




そんな私の行動を見てクラウスはため息をついた後、残念そうにそう言った。

やはりクラウスは私に何かをしようとしたのだ。

私の勘は当たっていた。




「…何をするつもりだったの?」


「えー。んー」




ギロリとクラウスを睨みつける。

私に睨まれたクラウスは数秒だけ考える素振りをみせると「まあ、咲良、勘が良すぎてかかりそうにないしいっか」と諦めたように笑った。




「僕のギフトは5秒以上目が合った者を僕の虜にできるものなんだけど、それで咲良に言うこと聞いてもらっちゃおうかな、て思ったんだ」


「…」



にっこり笑うクラウスに恐怖を感じ思わず表情を歪ませる。


自分の勘を信じてよかった。

クラウスのギフトを仮に食らっていたら私は今ごろクラウスの虜になり、クラウスの思い通りに動かされていたのか。




「…そこまでして私を恋人にしたいの?」




クラウスは冗談ではなく本気で私を自分の〝恋人〟にしたいらしい。


だが、その明確な理由がわらかない。


クラウスならそれこそわざわざ私じゃなくても他でいくらでも恋人を作れるはずなのに。




「したい。さっきも言ったけどこれは咲良にしか頼めないことなんだよ」


「…なるほど。理由くらいは聞くよ」




いつものように美しく笑っているクラウスだが、その表情はどこか暗い。

さすがにそんなクラウスをいつまでも邪険に扱うこともできず、私はとりあえずクラウスの話だけでも聞いてみることにした。




「…実は僕、今とても愛が重たい女の子に想いを寄せられていてね。僕くらいの美しさなら重たい愛を持ってしまうことも頷けるんだけど。その子、僕の本命になりたいみたいで」


「うん」


「僕、本命は作らない主義なの。だって僕が本命を作ると世界中の女の子が悲しんじゃうでしょ?それに僕を讃える女の子が1人だなんて僕の方も耐えられない。僕の美しさは誰にも囚われない、計り知れないものだから」


「…うん」


「つまり世界の為にも僕の為にも彼女には僕の本命を諦めてもらいたいの。で、その為には本命がもういるんだよ、て言った方が早いでしょ?」




前から思っていたが、クラウスが自分の話を始めると余計な自分褒めが入り、微妙に話が長くなる傾向がある。今回の話もそのせいで半分は自分のことを褒め讃えており、なかなか話の内容が入ってこなかった。




「…つまり本気でクラウスの本命になりたい子を諦めさせる為の口実としてもう本命がいることにしたい、と」


「そう。咲良なら僕の美しさに残念だけど目が眩んでそのまま本命にして!て言わなそうだし、適任かな、て。1週間でいいから、ね?お願い」


「…」




クラウスが私に伝えたかった内容を真顔で何とか要約するとクラウスから甘い笑顔が返ってくる。


さて、どうするか。


普段の私ならクラウスの話を聞いたとしてもこの話を丁重に断るだろう。

クラウスの遊び人オーラが普通に苦手だからだ。

話的に偽の恋人役をご所望らしいが、偽でも無理だ。嫌すぎる。


だが、これは大きなチャンスでもあった。


正直クラウスとの関係は良くも悪くもなく、日常的に関わりも少ない。

どうやって契約の話を出そうかと思っていた日々だったが、この話をだしに契約を持ちかけるのはどうだろうか?

仮に契約が難しくてもチャレンジする価値は十分あるのでは?


クラウスに見守られながら私は長い時間黙ったまま考えた。

そして時間にして1分、体感時間的には30分ほどで私は答えを出した。




「本命彼女、1週間だけならなるよ。ただし条件付きだけどね」


「…条件?」




真剣な表情の私を不思議そうにクラウスは見つめ、私の次の言葉を待つ。




「クラウスが私と契約をしてくれるのならクラウスの1週間限定本命彼女役をやってあげる」


「…」




私の言葉を聞いて今度はクラウスが目を見開いて黙った。

それから数秒だけクラウスは考える素振りを見せたが、答えを出したのは案外早かった。




「いいよ。咲良、可愛いし。1週間、僕の本命彼女になって、重たい女の子を諦めさせることができたら契約をするよ」




ゆっる。


ギャレットとの契約の条件はギャレットが認める同志…つまり、オタクであることだっただけに、クラウス基準の〝可愛い〟だけで契約の対象になれるクラウスの契約基準の緩さに驚く。


クラウスなら性別が〝女〟なら誰にでも〝可愛い〟を与えていそうだ。




「ありがとう、よろしくね、クラウス」




それでも交渉成立したことには変わりない。


にっこりと笑うクラウスに私は早速握手を求めた。

プレゼンを成功させ、私の案が見事通った気分だ。




「こちらこそよろしくね、僕のたった1人のハニーちゃん」




私の手を握り、美しく笑うクラウスを見て鳥肌が立つ。


ああ、やっぱり苦手だわ。




「じゃあ早速僕の部屋へ移動しよっか。荷物適当にまとめて。生活必需品とか」


「ん?何で?」


「え?咲良は今から僕の彼女なんだよ?僕の部屋で一緒に生活するのは当然じゃない?」


「当然じゃない。そもそも彼女には確かになるけど彼女のフリだし」




おかしなことを言うクラウスに私はきっぱりとそう言う。


わざわざクラウスの部屋で生活する意味がわからない。

この家の中にはクラウスを想う女の子はいないのだから彼女のフリをする意味なんてないはずだ。


何より一緒に生活する=すっぴんを見られる。


それは絶対に嫌!

こんなキラキラ宝石ご尊顔にすっぴんを見られるなんて私の心が壊れる。

ブレイクハートする。




「違うよ?咲良は1週間だけだけど僕の彼女になるんだよ?フリじゃない。そこちゃんと理解してね?」




ふふ、とクラウスが私に美しく微笑む。

きっと誰もが彼に恋してしまうような顔で。


ほ、本気で言っているのか?




「僕と契約したいんでしょ?」


「もちろん」


「じゃあ答えはわかっているよね?」


「…うん」




ああ、クソ!

私の羞恥心とか、変なプライド!お願いだから1週間だけ死んでください!


私が断れないことを楽しむように笑うクラウスはまさに悪魔だ。




「…荷物まとめるからちょっと待ってて」




契約の為にもクラウスの部屋へ行くしかない。


私は暗い表情でそう言うと重たい足取りで荷物をまとめ始めた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?