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第31話 1週間限定本命彼女





「…」



次の日の朝。

私は不本意だが、クラウスの腕の中で目を覚ました。


クラウスが起きる前に化粧をしなければ。


クラウスを起こさないように私は慎重に体を動かして何とか腕の中から抜け出そうする。




「…んー」


「…」




だがしかし私はクラウスの腕の中から抜け出せなかった。

自分の腕の中から抜け出そうとする私をクラウスが抜け出せないように強く抱きしめてきたからだ。


離せ!と声を大にして言いたいところだが、今クラウスに起きられると非常に困る。


すっぴんだけはあまり見られたくない。

昨日の夜ある程度見られていたとしても。


何とか抜け出せないかといろいろ試してみたが、とうとう私はクラウスの腕の中から逃れることができなかった。


いや、これ、クラウス、起きてないか?




「…ん、さくら?」


「…」




クラウスが起きている可能性が頭をチラつき始めたところでクラウスの眠たそうな声が私の耳に届く。


…今起きたようだ。




「…おはよ、咲良」




クラウスはとろんとした目で私を見つめ、私の耳元に唇を近づけると甘ったるい声でそう囁いた。




「…おはよう、クラウス」




朝から刺激的すぎるし、心臓に悪い。


そもそも私はクラウスと同じベッドで寝ようとは微塵も思っていなかった。

むしろ床ででもいいから別々に寝ようとしていた。


だが、それを申し出ると、



『契約したいんでしょ?本命彼女なら一緒のベッドでしょ?』



と、クラウスに言われ、一緒に寝る選択を選ばざるを得なかった。


もちろん一緒に寝ただけで何かされた訳ではない。

クラウスなので隙あらば襲ってくる可能性もあるぞ、と警戒していたが、その必要はなかったようだ。


そこは拍子抜けというか意外な面でもあった。クラウスは私が本気で嫌がることや望まないことはしないようだ。




「…クラウス、化粧したいから離してくれない?」




そろそろ化粧をし始めなければ朝食に間に合わない。

そう思ってもう起きているクラウスに私を離すようにお願いする。




「えー。もうちょっと一緒に寝ていようよ。あと咲良の顔、もっとよく見たいなぁ」


「嫌。離して。時間ないから。あとこっち見んな」




だがしかしクラウスは私の願いなど聞き入れようともせず、むしろ絶対に離れられないようにさらに自身の腕に力を込めた。

そんなクラウスの腕の中から逃れようと私は試みるがもちろん逃れられない。


寝ているクラウス相手でも無理だったのだ。起きているクラウスが相手ならもっと無理な話だろう。




「何で?時間ならまだあるよ?」


「ない。一分一秒でも惜しい状況」


「…んー。わかったよ」




真剣に時間がないことをクラウスに訴えると、クラウスは不満そうにだが、やっと私を解放してくれた。


よし!あとはあまり顔を見られないように洗面所へ移動するだけ!


クラウスに背を向けて私の小屋にあるベッドよりも何倍も広くふわふわのしかも天蓋付きベッドから体を起こす。


クラウスからの見え方を気にしながらベッドから移動しようと床へ足をつけた時だった。




「おはようのキスがまだだったね」




いつの間にか起き上がったっていたクラウスが後ろから私の頬にキスを落とした。


はい?




「…っ!!!!」




いきなりのご挨拶に声にならない悲鳴をあげる。


この女誑し!朝から何するんだ!




「ふふ、咲良ったら本当に可愛い」




顔を真っ赤にしている私をそれはそれは愉快そうにクラウスは見つめていた。


しんどすぎる。




*****




それからのクラウスは本当にすごかった。

まさに私こそが〝本命〟であることを周知させるような言動をどこででも完璧にやってみせた。


一日中どこへ行くにもクラウスと一緒だし、何をするにもきちんと甘々な行動や言葉で私の心臓を的確に攻撃してくる。

だが、心臓に悪いだけでクラウスは私に対して完璧な彼氏だった。


私をよく見て助けが必要な場面では必ず手を差し伸べ、ちょっとした私の望みを何でも叶え、日常に小さなサプライズまで忍ばせる。

まるで王子様のような完璧さに脱帽だ。さすがモテる男は違う。


そんな日々が続いた3日目の夜。




「なぁ、咲良」




5兄弟と私、全員が揃う夕食時の食堂で、エドガーが不機嫌そうに今日も食事に手をつけない私を見た。


一体何が不満でそんな顔を私に向けているのだろうか?

心当たりがないのだが。




「…お前、一昨日も昨日も小屋に帰って来てねぇだろ」


「…ん?」


「どこ行ってたんだよ」


「んん?」




こちらをギロリと睨みつけるエドガーの言葉に思わず首を傾げる。


あれ?何故帰らなかったことを責められているの?私?




「…いや、確かに帰ってないけど」




小屋には帰っていないけどクラウスの部屋には居たんだよ、と私はエドガーに伝えようとした。


したのだが。




「…今日は帰って。咲良のご飯食べたい。咲良と一緒に」




と、悲しそうな表情を浮かべたバッカスと




「帰らなくてもいいけどどこにいるかくらいは教えてよね。新作のゲームに誘おうと思ったのにいないし。今晩はいいよね?」




と呆れたように笑うギャレットによってそれは遮られてしまった。




「いや!咲良は俺と今日は賭場に行くんだよ!」




バッカスとギャレットがそれぞれ違うことで私を誘う姿を見てエドガーが負けじと大きな声を上げる。


…残念だが、バッカスと夜ご飯を食べることも、ギャレットと新作ゲームをすることも、エドガーと賭場に行くことも今はできない。


何故なら学院とバイト以外の時間はクラウスの本命彼女をしなければならないからだ。

だがこれをそのままエドガーたちに伝えるのはどうかなとも思うわけで。




「…」




何て言ったらよいのか、どうやってエドガーたちの誘いを断るべきか、と考えていると、代わりにクラウスが口を開いた。




「咲良はバッカスとご飯を食べることも、ギャレットとゲームをすることも、エドガーと賭場に行くこともできないよ?」


「はぁ!?何でだよ!?」


「だって咲良は僕の彼女だもん」


「は?」




にっこりと相変わらず美しく笑うクラウスにエドガーが固まる。

そこから沈黙約10秒。




「「はぁああああ!?」」




10秒後、エドガーと私は同時に驚いたように叫んだ。

派手に驚いているのは私とエドガーだけだが、ここにいる全員、クラウスの発言に驚いており、それぞれが違うリアクションをしている。




「は?マジ?冗談はその性癖だけにしてよね」




と不機嫌そうに毒を吐いているギャレットに、




「…嘘」




と眉間にしわを寄せているバッカスに、




「…」




黙ったまま、目を見開いているヘンリー。




「て!咲良!お前までなんで驚いているんだよ!」


「…え!あ!それは…っ」




だってまさか全員に包み隠さず宣言するとは思わなくて!


兄弟たちと同じように驚いている私をエドガーが不審そうに見るが、急すぎていい言い訳が思い浮かばない。


クラウスのバカ野郎!

どうしろって言うのさ!




「秘密にしてって咲良言ってたんだよね、僕たちの関係。でもごめんね?言いたくなっちゃって」


「そう!それ!」




クラウスが咄嗟に私の代わりに言い訳を言ってくれたので、私も勢いよくそれに便乗した。

そんな私を見てエドガーが「あ?そうなのか?」と今度は不満そうにこちらを見る。




「咲良は僕の彼女だから。よろしくね」




そしてクラウスは兄弟全員にそう言って微笑んだ。




「「「「…」」」」




エドガー、ギャレット、バッカスはどこか不満そうに、ヘンリーは呆れたように黙ったままそんなクラウスをただ見つめた。

私は私でこの状況にただ苦笑いを浮かべていた。




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