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第36話 魔王と電話と状況説明




それから私たちは短い時間で幼いヘンリーが目覚めても大丈夫なようにいろいろと準備を進めた。

その中で私が任されたことは学院やヘンリーの職場へ欠席連絡を入れることだ。


学院に5兄弟全員と私の欠席連絡を終えた後、今度はヘンリーの職場である魔王城へ私は自分のスマホから直接電話をかけていた。




「…」




無機質な機械音が耳元で繰り返し鳴る。




『お電話ありがとうございます。魔王城でございます』




そして2コール程で魔王城の窓口と電話が繋がった。スマホ越しから物腰の柔らかい男性の声が聞こえる。




「ヘンリー・ハワードの家の者です。ヘンリーの体調が優れないので本日は欠席させます」


『かしこまりました。そのように伝えておきます。ご連絡ありがとうございま…っ!』




早速ヘンリーの欠席を伝え、ミッションコンプリートだと思ったのだが、スマホ越しの向こう側の電話対応されている方の様子がおかしい。


いや、心なしか彼の周りが非常に騒がしいような…。

スマホ越しなので詳細はわからないが。




『代われ!』


「…っ!?」




電話対応の彼の次の言葉を待っていると聞き覚えのある声が向こうから聞こえてきた。


…テオだ。

何故魔王城のトップがこんな電話対応の現場にいるんだ。




『…ま!魔王様!電話対応は私がしますので!どうぞ業務にお戻りください!』


『いや!今回は俺がする!お前は下がっていろ!』


『しかし!』


『…これは命令だ!』


『ゔぅ!』




現場が騒がしい理由がスマホ越しから聞こえてくる声によってよくわかってしまった。

声だけでも伝わるテオの鬼気迫る勢いとそれに負けじと健気に対抗する電話対応の方の攻防がよく聞こえてくる。


何でテオはそんなに電話に出たいんだか。




『咲良!』




テオと電話対応の方の攻防が終わるのを待っていると数秒後、テオの明るい声がスマホ越しから聞こえてきた。


どうやらテオがあの攻防を制したようだ。


スマホ越しのテオの様子からして何故かテオは電話の相手が私だとわかっているようだった。


謎しかない。

ほんの少ししか言葉を発していない電話の向こう側の人物を迷いなく私だと言い切れる根拠はどこにあるのか?




『…声聞けて嬉しい。ヘンリーのことはわかったからゆっくり休むように伝えて』


「うん。ありがとう、テオ」




先程の攻防の時とは全く違う甘えるような優しいテオの声が私の耳へ届く。

謎しかない展開だが、こちらも急いでいるのであまり深くは考えず、何も聞かないことにした。




『全然。あぁ、もっと咲良の声が聞きたいな。今度うちに用事がある時はこんなところじゃなくて直接僕に連絡を入れて?他のやつにこんなに可愛い咲良の声聞かせたくない』


「…いや、ヘンリーの仕事のことだから職場に直接連絡するのが筋かなって」


『僕はヘンリーの直属の王だけど?何か問題でもある?』


「プライベートと仕事はきちんと分けるべきだよ」


『その必要はないよ。だって僕は咲良の悪魔だよ?』




今スマホの向こう側で私に話しかけ続けているのが、あの冷酷冷徹な魔王だなんて誰が思うだろうか。

この会話を聞いている部下たちもきっと自分の耳を疑っているはずだ。


ミア=魔王だと打ち明けられたあの日からテオはずっとこんな感じだった。

冷たさなんて感じさせない。ずっと優しくて甘い。女の子の友だちミアとしてではなく、私を想う1人の男の子テオとして私に接してくる。




「はいはい。わかったよ」




私はとりあえずテオの言葉に頷くことにした。

こうなってしまえばテオは絶対に折れないし、そもそも今は時間が惜しい。

いつヘンリーが目覚めるかわからないので悠長なことはしていられない。




『…よかった。じゃあまたね』


「うん。また」




テオの満足げな声を聞き、私は電話を切った。


これで私に任されたことはすべてやり遂げた。あとはギャレット辺りにでもこのことを伝えて指示でも受けよう。


そう決めた私はスマホをポケットに入れて振り返った。




「…人間。状況を説明しろ」


「…っ!」




ギロリとこちらを睨みつけるヘンリーの手にはナイフが握られており、私の首元に添えられている。

どちらかが少しでも動けば首に傷ができるナイフの位置に私は息を呑んだ。


私、死ぬのか?




「エドガーとクラウスはどうした?あの変化は呪いか?この俺の意識を奪うとは何を考えている?」


「いや、えっと…」




変化しているのはアナタの方!

意識を奪ったのはクラウスです!


そう声を大にして主張したくてもヘンリーからの圧でうまく舌が回らない。




「な!?おい!ヘンリー!」




この危機的状況にまず気づいたのはエドガーだった。

エドガーが慌てた様子でこちらに駆け寄る。




「…?エドガー?元に戻ったのか?」




そんなエドガーをヘンリーは不思議そうに見つめているが、ナイフは未だに私の首元のままだ。


早くそのナイフを避けてくれませんかー!




「何言ってるんだよ!最初から俺はこうだ!それより咲良からナイフ離せよ!」


「は?咲良?」




こちらに来たエドガーはヘンリーの腕を掴み、ぐいっとナイフを私の首から遠ざけた。


やっと得られたナイフとの距離に私は安堵の息を漏らす。




「…エドガー、説明しろ。この人間は何者だ」




エドガーの様子を見てヘンリーは冷たい表情でエドガーにそう問いかけた。




「…咲良は!えっと…、その…」




エドガーは何とか私のことについて説明しようとしているのだが、どのように説明したらいいのかわからない様子で言葉を詰まらせている。


おいおいおい!エドガー!

エドガーに私の命がかかっているんだぞ!

そんな感じだとますます怪しまれるじゃん!


恐る恐るエドガーからヘンリーの方へと視線を移すとヘンリーは鬼の形相でエドガーを見ていた。


ああ、これ私逃げるしかないのかも。




「咲良は今日からここへ来た家政婦だよ!忘れたの?ヘンリー!」




エドガーの様子を見て逃げる算段を考えていると今度はギャレットが慌ててヘンリーに声をかけてきた。

ギャレットの後ろにはクラウスやバッカスもいる。




「そうそう!悪魔の使用人は信用ならないって全員一斉解雇したからとりあえず人間の咲良を雇ったんだよ!」




ギャレットの言葉を肯定するようにクラウスも慌てて口を開く。




「咲良はうちの家政婦」




バッカスもヘンリーを何とか納得させようと無表情ながらも強くそう言った。




「…」




ギャレット、クラウス、バッカスを無言でヘンリーは見つめる。




「…そういうことならわかった」




ヘンリーは納得していないようだったが、弟たちの主張を受け入れることにしたみたいだ。




「…人間」


「はい!」


「何か少しでも粗相があれば俺はお前を殺す」


「…っ、はい!」




こちらを冷たく睨みつけるヘンリーに私は生きた心地がしないまま、ただただ大きな声で返事をした。


何でこんなことに。




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