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第35話 全員もれなく幼い






「ギャレット!」




バーン!と勢いよくエドガーがぐったりとしたヘンリーを小脇に抱えて食堂の扉を開ける。


エドガーに急に名前を叫ばれたギャレットはもう食堂の席に座っており、「え!?何!?」と、突然の大きな音と声に驚いて肩をびくっと振るわせていた。


バッカスもギャレットと同じようにすでに席についていたが、ギャレットとは違い、いつもの無表情で特に驚いている様子もない。


…ある意味すごい。動じなさすぎる。




「ギャレット助けて!」




そんなギャレットに今度はエドガーの後ろから食堂へ入ってきたクラウスが必死な顔で助けを求めた。

クラウスと同じように私もエドガーの後ろから食堂へ入る。




「助けてって…。一体何が…」




呆れたように私たちを見つめるギャレットだが、突然ギャレットの言葉がそこで止まった。

驚いたように大きく目を見開いてこちらを見つめるギャレット。


幼くなったヘンリーに気づいたのだろうか?




「…咲良っ!それっ!」




ギャレットは勢いよく席から立つと血相を変えて私の方へと近づいてきた。


ん?私?




「どうしたの!?その首!?」


「…え?」




エドガーが抱えている幼いヘンリーをスルーして私の元へ来たギャレットが痛々しそうに私を見る。


…首?


一瞬何のことだとも思ったが、すぐに何故ギャレットが痛々しそうに私を見たのかギャレットの視線と言葉でわかった。


ギャレットの視線は私の首にある。


そこは先程ヘンリーに絞められていたところだ。

鏡などで見ていないのでわからないが首にヘンリーに絞められた跡でも残っていたのだろう。




「…いやぁ、これにはいろいろ事情があって」


「事情って何!?こんなの相当な力で絞められないとできない跡だよ!?咲良殺されかけた自覚ある!?」


「…うん。それで事情なんだけど」


「言って!今すぐ説明して!ソイツに報復に行くから!」




すごい勢いで私に迫るギャレットに私は苦笑いを浮かべる。


そんな私なんて気にも留めずにギャレットは「全く!エドガーとクラウスは何していたのさ!特級が2人もいて情けない!」と相当怒りをあらわにしていた。


まさかギャレットが怒るとは思わなかった。

跡が残っているとも思わなかったけど。




「事情については僕とエドガーで話すよ」




はは、と力なくクラウスがギャレットに笑う。

そしてクラウスとエドガーによる先程起きたことの説明が始まった。





*****





「…つまり今そこで寝ているのは謎の秘薬を浴びて幼くなったヘンリーなんだね」




とりあえず食堂の椅子に座らされて眠っているヘンリーに視線を移し、ギャレットが大きなため息をつく。




「そう。咲良を殺そうとしたからとりあえずは僕のギフトで眠らせたんだけどさ。ヘンリーの力なら起きてくるのも時間の問題だと思う」




クラウスもギャレットと同じようにヘンリーを見つめて苦々しく笑った。




「…」




そして私はというとクラウスの言葉を聞いて先ほどのことを思い出していた。


…あのクラウスによる質疑応答はクラウスのギフトだったのか。

初めてクラウスのギフトを見たのであれがクラウスのギフトだとは気が付かなかった。


クラウスのギフトは確か目が何秒か合った者を魅了し、自分の思い通りに動かすことができる、とかだったはずだ。

ああやって眠らせることもできるとは融通が利く上に便利な力だ。


ますますクラウスと目を合わせるのが怖くなる。




「…幼くなってまずは咲良を殺そうとした…ね。咲良はわからなかったみたいだけどエドガーとクラウスのことはわかっていたんだよね?」


「ああ。俺たちのことはちゃんとわかってたぜ。でも俺たちのことを見て驚いてもいたな」




今までの話を整理しているギャレットに今度はエドガーが答える。




「…まあ、ヘンリーの様子から見て何の秘薬かは大体目星はついているんだけどよ?その秘薬の特性も持続性も対応策も何にも知らねぇんだわ」




そしてエドガーは困り果てた顔で大きなため息をついた。


…え?もう何の秘薬かわかっていたの?

それさえも私は知らなかったんですけど。


エドガーの言葉に驚いてチラリとクラウスを見てみるがクラウスも驚いている様子はない。

どうやらあの場に居た者であれが何か判断できなかったのは私だけみたいだ。




「液体の中身を見ていないから何とも言えないけど、ヘンリーの様子からしておそらく身も心も若返る秘薬だろうね。種類にもよるけど長くても1日で元に戻るんじゃない?」




少しだけ考える素振りを見せた後、ギャレットは真剣な表情でついに先程の謎の秘薬の正体について話し始めた。




「おそらく今のヘンリーは体もだけど、記憶も100歳前後何だと思う。だから記憶とは違うエドガーたちの姿に驚いたし、記憶にはない人間の咲良が目の前にいたから全ての元凶と判断して殺そうとしたんだろうね。何よりも100歳くらいのヘンリーならそうすると思うよ」



…100歳。


彼ら悪魔がどのくらい生き、今いくつなのかわからないが、今眠っているヘンリーの年齢が推定100歳なことに心の中で驚く。


あれは12歳くらいでしょうが。

よくて14歳よ。


どこからどう見てもまだまだ大人に保護されるべき子どもにしか見えない。




「これ以上幼いヘンリーに負担をかけさせる訳にはいかないから俺たちもヘンリーが元に戻るまでヘンリーの記憶に合わせるべきだよ」


「わかった。それで行こう」


「そうだね。賛成」


「…わかった」




難しい顔をしたギャレットの答えにエドガー、クラウス、バッカスがそれぞれ真面目な顔で頷く。




「…?」




そんな中、私はというと〝記憶に合わせる〟と言うギャレットの言葉の意味がわからず、首を傾げていた。


幼いヘンリーに負担をかけさせたくないのはわかった。だが、記憶に合わせることの意味がまるでわからない。




「じゃあヘンリーが起きてしまう前にさっさと準備を始めよう」




ギャレットはそう言うと自分の右手で自分の左胸辺りに触れた。

すると数秒後、ゆっくりとギャレットの見た目が変わり始めた。




「…え」




気がつけばギャレットの見た目はヘンリーと同じくらいの年齢の少年に変わっていた。


え?

ギャレットも秘薬を使ったのか?




「よし、次、クラウス」


「はいはーい」




幼いギャレットは先程のヘンリーのようにパニックになることなく、落ち着いた様子でクラウスに声をかけている。


エドガーもクラウスもバッカスも突然幼くなってしまったギャレットに驚いている様子はない。


私だけが現状を理解していない状態だ。




「…ま、待って待って待って!」




説明を求めます!


さすがにこれだけで現状を理解するのは無理だと判断した私はとりあえず声を上げる。




「どうしたんだ?咲良?」




すると先程までほぼ無言だったバッカスがそんな私を不思議そうに見つめてきた。




「いや、状況の説明して!ギャレット、少年になってるじゃん!秘薬!?」


「…あー」




軽くパニックになっている私を見て、バッカスは無表情だが、どこか納得したような表情になる。




「…ギャレットは咲良の契約悪魔なんだろ?ギャレットのギフト知らなかったのか?」


「…ギフト?」


「ああ」




バッカスの言葉に首を傾げているとバッカスは少しだけ本当に少しだけ残念なものを見る目で私を見た。


そんな目で見られても仕方ないではないか。別に悪魔の力を使ってどうこうしたかったから契約した訳ではないのだから。


私はただ元の世界へ帰りたいから契約をしただけだ。

それが人間界へ帰れる唯一の方法だったから。




「俺のギフトはちゃんとわかっているのか?」


「わかっているよ。身体強化でしょ?」


「そうだ」




最初こそどこか不安そうに私を見つめていたバッカスだったが私の答えを聞くと嬉しそうに笑った。


うっ、また出たよ。

バッカスのたまに出る笑顔。


心臓に悪すぎる。




「バッカス。次、バッカスの番だよ。おいで」




バッカスの笑顔にやられているとギャレットがバッカスを呼ぶ。


待って!まだ話の途中!


バッカスを呼ぶギャレットに少しだけ待ってもらえるように声をかけようとギャレットの方へ視線を向ける。

そして私は言葉を失った。




「…なっ!?」




ギャレットだけではなく、エドガーとクラウスも幼くなっていたからだ。


知らない間に子どもが増えている!?




「あれがギャレットのギフトだ。ギャレットのギフトはギャレットが10秒間触れた対象の人や物の年齢やサイズを自在に変化させられる。ギャレット自身とエドガー、クラウスはそれで幼くなっている」




あまりの衝撃に固まっているとバッカスはそう淡々と説明してギャレットの元へ向かった。




「じゃあ行くよ」




ギャレットは自分の元へやってきたバッカスにそう言ってバッカスの右肩に触れる。

そしてきっちり10秒後、先程のギャレットのようにバッカスの体はみるみる変化し始め、最後には幼い子どもの姿に変わっていた。


これがギャレットのギフト…。


これでここにいる5兄弟全員がキッズだ。

全員美形なので大変可愛らしいことになっている。




「よし。とりあえずはいいね。今日一日俺たちは100歳前の子どもとしてヘンリーと関わろう。あとはあの頃となるべく同じような生活ができるようにいろいろ準備をしないと」




ギャレットは全員を自身のギフトで子どもに変えた後、真剣な表情でこれからのことについて兄弟たちに話し始めた。




「じゃあ僕とエドガーで使用人に話をつけてくるよ」




まずは幼いクラウスがそう言い、




「だな。とりあえずは今日は帰らせるか」




と、幼いエドガーが幼いクラウスに同意する。




「俺は屋敷をあの頃と同じようにする」




それから幼いバッカスがそう言って




「バッカスだけだと手が足りないだろうから俺も手伝うよ」




それに幼いギャレットが頷いた。

兄弟たちの真剣な話し合いが私の目の前で進められていく。

全員もれなく幼い。




「…」




可愛らしい会議に私はしばし時間を忘れてそれを見つめていた。


可愛いのよ、みんな。

中身は個性と欲望の塊だけど。






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