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第34話 怪しい秘薬




魔界へ来てもうすぐ1年。

私が帰る為に必要な契約は残すところヘンリーとの契約のみとなった。


人間界へ帰りたい。

だがここでの生活も悪くないと思い始めている自分がいることも確かだ。

特に焦ることなく機会を伺い続けた結果が今である。


そんなある日の朝のこと。




「…お、咲良、はよ」


「おはよ~、咲良。今日もかわいいね」




食堂へ向かって廊下を1人で歩いていると後ろから明らかに朝帰りらしいエドガーとクラウスに声をかけられた。


2人ともそれぞれ違う場所で朝まで遊んでいたのだろう。エドガーがギャンブルでクラウスが女の子関係であることは間違いない。


オールで動けるなんて若いなぁ。


少しだけ眠たそうだが特に変わった様子もない2人に感心しながら私も2人に「おはよ」と挨拶をした。


朝帰り組と私、3人で並んで他愛もない会話をしながら食堂へ向かう。




「あ、そう言えば俺賭場で珍しいらしい秘薬を貰ったんだけどよ」




会話の途中でふと思い出したかのようにそう言ってエドガーが自分の服のポケットからガラスの小瓶を出す。




「何の秘薬かわかんねぇんだわ」




そしてエドガーは面白くなさそうにそう言った。




「「…」」




エドガーの発言により、エドガーの手の中にある小瓶に私とクラウスの視線が自然と集まる。

ガラスの小瓶の中には水色の液体が小瓶いっぱいに入っており、ユラユラと揺れていた。


…秘薬ね。

普通に怪しいんだけど。




「いくら珍しくても何かわかんねぇと高値で売り捌けねぇよ」


「…んー。媚薬系ではないことはわかるけどこれが何か僕にもわからないなぁ」




エドガーもクラウスも小瓶を見つめて首を傾げている。

どうやらクラウスも小瓶の中身が何なのかわからない様子だ。




「見た目だけじゃわからないんじゃない?匂いとか液体の感じとかでわかったりして」




人間である私がわかるはずもないが、私目線でどうすればよいのか考えて言葉にしてみる。




「あー。それは一理あるわ」




するとエドガーは私の言葉に納得したように頷き、カポっと小瓶の蓋を開けた。




「…」


「どう?」




黙ったまま難しい顔で小瓶の中身を覗き見ているエドガーの答えを私は待つ。

数秒そのまま動かなかったエドガーは、数秒後、顔をしかめて、




「わかんねぇ」




と呟いた。




「ここはやっぱりヘンリーかギャレットに聞くのが1番じゃない?2人とも博識だし、知識お化けじゃん」


「確かに。それが1番早ぇな」




諦めたように笑うクラウスにエドガーも同じように笑っている。

そんな時だった。




「おはよう。俺がどうした?」




タイミングよく後ろからヘンリーが現れて声をかけてきた。




「おーう!ヘンリー!ちょうどいいところに!」




ヘンリーの登場にエドガーが嬉しそうに勢いよく後ろへと振り向く。


そしてここから悲劇が始まった。


勢いよく振り向いたエドガーの手には蓋の閉まっていない小瓶がある。

その小瓶の中身、怪しすぎる秘薬がその勢いによって、小瓶から勢いよく飛び散ってしまったのだ。




「…っ」




もちろん振り向いた先にいたヘンリーはそれをもろに被った。

まだ何の秘薬かわかっていない、怪しさ満点の液体を。


おいおいおい!大丈夫なのか!?




「…やべっ!」




わざとではないとはいえ、ヘンリーに謎の秘薬をかけてしまったエドガーの顔から一気に血の気が引く。

それと同時にヘンリーの体からもくもくと水色の煙が上がり始めた。

そして煙の中から中学生くらいの美少年が現れた。


ん?

どちらさま?ヘンリーは?


美少年は何が起きているのか理解できていない様子でその場に立ち尽くしている。


もちろん美少年を含め、私、おそらくエドガー、クラウスも状況を理解できていないのでただただ黙って美少年の様子を伺っていた。




「…?」




いーやちょっと待って。


目の前の美少年の見た目に既視感を覚える。

短すぎず長すぎない綺麗な丁寧にセットされた漆黒の黒髪に切れ長の赤い瞳。

氷のような冷たさを感じる雰囲気。

極め付けは美少年が着ているサイズの合っていない服。

その服は先程までヘンリーが着ていたものだ。


そこまで気がつくともう目の前にいる美少年が幼いヘンリーにしか見えない。


ヘンリーのお子さんか?

まさかヘンリー本人…とかじゃないよね?




「…お前、何者だ」




嫌な予感を感じているとヘンリーのそっくりさんがまだあどけなさの残るこれまたヘンリーとそっくりな冷たい声でそう言って私をギロリと睨んだ。


明らかに私を警戒し、敵意を剥き出しにしている。




「何者って私は…」




この家でお世話になっている人間の留学生です、と私を警戒しまくっているヘンリーのそっくりさんにそう説明しようとした。

したのだが。




「状況を説明しろ。苦しんで死にたくはないだろう?」




と、ヘンリーのそっくりさんに言わられ、一瞬で距離を詰められ、首を掴まれた為、私はその先の肝心な状況説明ができなかった。




「…っ」




突然の命を狙われる状況に私は息を呑む。


まだヘンリーのそっくりさんの手には力が入っておらず、絞められてはいない。

ただ掴まれただけだ。

だが少しでも彼が力を込められばすぐに絞め落とされるだろう。

冷や汗が止まらない。


この一瞬で私の生死がこの目の前にいる美少年に握られてしまったのだとそう本能で理解した。

そもそもこのヘンリーのそっくりさんは私を生かしておくつもりがないようにも見える。




「「ヘンリー!」」




そんな状況にエドガーとクラウスは顔色を変えてヘンリーのそっくりさんに向かって叫んだ。


…私の勘は残念ながら当たっていたらしい。

目の前にいるのはものすごくあり得ない話だがあのヘンリーのようだ。

エドガーとクラウスがそう呼ぶのだからそうなのだろう。




「…エドガー?クラウス?」




エドガーとクラウスに名前を呼ばれてヘンリーが初めて2人の姿を視界に入れる。




「…お前たち、何故、そんな…」




ヘンリーは2人を見つめると目を大きく見開き、動揺した様子で言葉を詰まらせた。

そして少しだけ考える素振りを見せた後、再び私を睨んできた。




「人間。俺の弟たちに何をした?お前はできる限り苦しんで死ね」


「…っ!」




ぐっとヘンリーの右手に力が入り、いよいよ首が絞められる。


恐れていた事態が発生してしまった!

よくわからないが多分不審者認定された!


まだ死になくたい!




「おい!ヘンリー!やめろ!…ああ!クソ!」




エドガーが私の首を絞め始めたヘンリーの腕を掴み、必死に辞めさせようとするが、ヘンリーが手を離す気配はない。




「…っ、かっ」




どんどん洒落にならない勢いで苦しさが増していく。

このままでは確実に死ぬ。




「…ヘンリー!こっちを向いて!」




死を意識し始めたところで今度は焦った様子のクラウスの声が聞こえてきた。

クラウスは勢いよくヘンリーの顔を両手で挟むと無理矢理自分の方へと向けさせた。




「ヘンリー、僕のことが好き?」


「…あ、ああ」


「僕は美しい?」


「ああ」


「そう…。じゃあ眠ろうか」


「ああ」




問いかけるクラウスに最初こそ歯切れの悪い返事をしていたヘンリーだったが、徐々にそれは無感情だが、ハッキリとした返事へと変わる。




「…」




そして最後には私の首を絞める右手から力が抜け、その場に力なく倒れた。




「…はっ、はぁっはぁっ!」




ヘンリーの手から解放されたことによって、私もその場に力なく膝をつく。


それと同時に私は今まで吸えなかった酸素を一生懸命取り込むように何度も何度も繰り返し息を吸い込んだ。



な、何が起きた!?



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