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第33話 ミアの正体





クラウスとやっと契約が結べたその日のバイト終わり。




「ねぇ、咲良」


「ん?」




スタッフルームで一人荷物をまとめているとミアがスタッフルームに入って来た。


あまり聞かないミアの暗い声に思わず自分の荷物からミアの方へと視線を向ける。




「…」




するとそこにはひどく暗い表情でこちらを見つめて立っているミアがいた。




「…ミア?」




一体何がミアをそんな表情にさせているのかわからず心配になる。

私は私の名前を呼んだミアの次の言葉を固唾を呑んで待った。




「咲良はクラウスと付き合っているの?」


「…」




ああ、なるほど。


ミアの暗い表情から出た言葉に私は1人納得する。


どうやらミアはクラウスと私の関係について気にしているようだ。

私の口からではなく、人づてにクラウスと私が付き合っていると聞いてしまったことが気に食わなかったのだろう。


あるあるだ。

私も大切な友だちのそういう話を本人から直接聞けず、知ってしまった時は辛かった。私の価値がその友だちにとってその程度だったのだと思えてしまったからだ。




「もう付き合ってないよ」




暗い表情のままのミアに私は今の私とクラウスの関係について安心させるように優しい笑顔で伝えた。


数時間前までは確かに一応付き合っていたが、クラウスからの条件も満たしたのでもう付き合っていない。


そもそもきちんとしたお付き合いじゃないからね!ミアそんな顔しないで!


ミアにクラウスとのことをきちんと話そう。悲しい顔も辛い想いもミアにはさせたくない。




「…」




どんな言葉でどんな風にクラウスとのことをミアに伝えようか。


クラウスとの関係をミアへどのように説明しようかと考えている時だった。




「…もう、てことは付き合っていたのは本当なんだ」




ミアは私の言葉なんて待たずにそう呟くと冷たい瞳で私を見つめた。




「…あ、まあ、うん。でも…」




それには事情が…。




「何も聞きたくない」




静かに怒っている様子のミアに事情を説明しようとしたが、それをミアが許さない。

珍しい…いや初めて本気で怒っているミアの姿を見た。


相当怒っている。これはいけない。

何とかことの経緯を早くミアに説明しないと。




「…我慢の限界」


「え」




ふっ、と冷たく笑ったミアの声はいつも聞いているような明るく可愛らしい声ではない。


低い男の人のような声だ。


冷たいその声に私は聞き覚えがあった。


美しく愛らしい見た目であるミアのひどく冷たい笑顔。

ミアの大きな青色の瞳には一切の感情がない。


待って。

すごい既視感。




「…」




一度だけミアを初めて見た時、誰かに似ていると思ったことはあった。

だが、そんな存在はいないとすぐにそれを私は否定した。


しかし今はミアとありえない人物が重なって見えてしまう。


絶対に違う。そもそも性別が違う。

ミアと魔王が重なるなんてありえない。




「…咲良、私…いや、僕はずっと咲良を騙していたんだ」


「…え」




軽くパニックになっている私にミアがいつもとは違う口調でそう言う。

言葉の意味をうまく飲み込めていない私なんて置き去りにしてミアはぱちんと指を鳴らした。


キラキラと細かい無数の光がミアの周りを取り囲む。

そして一度ミアの姿が見えなくなると次の瞬間には光の中から薄紫色の髪が印象的なものすごく美しい少年、魔王が現れた。


半年以上前、5兄弟たちと契約をすることを強要させたあの魔王だ。

あれ以来一度も姿さえ見ていない存在のあの魔王が今まさに私の目の前にいる。


どういうこと?

ミアはどこに行ったの?

いや…まさか…




「…ミアなの?」




違うと否定して欲しい。


大好きな友だちが全ての元凶である魔王であるはずがない。

そうであって。




「そうだよ。ごめんね、咲良」




祈るように吐いた私の言葉を否定し、にっこりと笑う魔王の笑顔はミアそのもので。


魔王がミアだったのだと理解するには十分なものだった。




「な、何で、ま、魔王…様、が、こ、こんな…」




訳がわからなかった。

ミア=魔王だという事実だけは飲み込めたが本当にそれだけだ。


驚きと今までの大好きだったミアが全て嘘だったことへの悲しみといろいろな感情がぐちゃぐちゃに混ざってうまく喋れない。




「…咲良がヘンリーたちから酷い目に遭うことは今までの留学生たちと予言で知っていた。だから次こそは無事ヘンリーたちと契約できるように僕は自分の姿を偽って咲良を陰ながら助けられるようにしていんだ」


「…」




申し訳なさそうにこちらを見つめる魔王に本当に彼は魔王なのかと違和感を覚える。


最初に見せた冷たい笑顔と今の見た目こそは魔王そのものだが、今見せている態度や喋り方は全くの別人にしか見えないほど私が知っている魔王とは違う。


そのせいで今目の前にいる魔王が性別の違うミアに見えて仕方がない。




「…アナタは誰なんですか。何で私に正体をバラしたんですか」




私は今目の前にいる魔王に違和感を覚えながらも魔王にそう問いかけた。


魔王が私を陰ながら助ける為に姿を偽っていたのならそのことを私に隠し通せばいい。

私にそれを伝える理由なんてないはずだ。




「…咲良、敬語は辞めて。僕たちの仲でしょ?」


「…何を言っているんですか。私はアナタに敬語以外使えない立場です」


「違うよ。僕は咲良の契約悪魔で、咲良の友だち。だからいいんだよ?」


「…それはアナタではなく、ミアだったから…」


「咲良、その〝ミア〟が僕なんだよ?」




愛らしい顔だけはミアとよく似ている魔王が私の言葉をおかしそうに次々と否定していく。

私の言葉になど聞く耳を待たず、自分の言うことを聞いて欲しいと言われている気分だ。




「咲良は僕に僕は誰なのかと聞いたね。僕は咲良の契約悪魔、テオだ。魔王でもミアでもない。わかった?」




私をじっと見つめる魔王はまるで小さな子どもにものを教えるように優しくそして言い聞かせるようにそう言った。




「…わ、わからないよ。私が大好きなミアと魔王は、別人で、私はミアだけが大好きだったから…」




ミアは私の特別で大切な友だちだ。


だが魔王はその逆。

魔王は全ての元凶で、そんな魔王にいい感情なんてない。あるはずがない。


そんな2人を一緒だと、簡単になんか思えない。




「じゃあミアじゃない僕とは仲良くなれない?僕が咲良のミアだったのに?」




ミアじゃない魔王がミアと全く同じ顔と声ですごく悲しそうに私を見る。

その姿は性別が違えどミアにしか見えない。




「…」




先程も言ったが魔王にいい感情なんてない。


…それでも私はミアが好きだ。

ミアはたくさん私を助けてくれたし、魔界で何とか頑張れているのもミアのおかげだ。

今目の前にいる彼は全ての元凶であると同時に今まで私を支え、時には助けてくれた大切な友だちなのか。




「…ミア、だよ。私の大切な友だち。だから仲良くなれる」




悲しそうな魔王…テオに私はそう言わざるを得なかった。

否定などできなかった。


私の返事を聞いてテオは「よかった」と安心したように笑う。

そんな顔までミアなのだからもうテオを突き放すことはできない。


彼は私の友だち、ミアなのだから。




「それであとは正体をバラした理由だったね」




私との会話が落ち着いたところでテオは私の二つ目の質問に答えようと口を開く。




「もうミアのまま咲良の側にはいられないと思って」


「…?」


「女の子として咲良の側にいるのは辛いんだよ」


「…???」




つまり?


目の前の魔王様なテオが苦しそうに私に告げた内容の的をいまいち得られない。


何故辛いの?


訳がわからないのでまだ続くであろうテオの次の言葉を私は待つ。




「…クラウスと付き合っていたんでしょ?それを知ってから僕はおかしくなって仕事が手に付かなくなって」


「…」


「咲良が僕じゃない誰かのものになってしまうのを女友だちとして受け入れられなかった」


「…」




ちょちょちょ、ちょい待ち。


ずっと苦しそうなテオの言葉一つ一つが私の鼓動の速度を上げていく。

テオの言葉はまるで私を好きだと言っているようにしか聞こえない。


ダメだ!ダメだ!ダメだ!

テオはそんなこと言っていない。

あくまでニュアンスがそうなだけ!大人でしょうが!落ち着きなさいよ!咲良!




「…気づいたんだ。僕はちゃんと男して咲良の側にいたい。咲良が好きなんだって」


「…っ!!!!???」




い、言われたー!!??


ミアが魔王…テオだったということさえ、衝撃的で未だに受け入れきれていない。


それなのにそんなテオが私を好き、だと?




「…テ、テオ。私は…」




心底驚きながらも告白されたからには返事をしなければと私は何とか拒否の返事をしようとした。


私にとって目の前の彼はいい感情を持てない魔王で大好きな友だちだ。

異性としてどうこうって目でそもそも見ていない。




「咲良」




だが、私の返事は甘く笑うテオに遮られてしまった。




「今は返事はいらないよ。僕が言いたくて言っただけだから。ただ僕が咲良のことを男として好きだってことは知っていてね」




ズルい。


美しく愛らしい笑顔を浮かべるテオに私の体温は一気に上昇する。

先程から心臓がうるさすぎる。


テオはきっと私に断られることをわかっていたのだろう。

それをわかっていてのこれはズルすぎる。


今日私の魔界での唯一の女の子の友だちがまさか私を想うズルくて甘い男の子に変わるだなんて私は夢にも思わなかった。



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