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第38話 最後の契約




長かった場所争奪戦も終わり、やっと寝られる態勢になった。

私の左隣はあんなにも争われていたのに空いており、右隣には何故かヘンリーがいる。


これがこれ以上の争いを生まない為のヘンリーによる苦肉の策だった。


私はそんなヘンリーに背を向け眠ろうとしていた。




「…咲良」




すると私にしか聞こえないような小さな声でヘンリーが私に話しかけてきた。




「お前は赤の他人だ。何故俺たちに構う。何が目的だ」




やっと警戒が解けたと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

疑い深いヘンリーの声が私の耳に届く。




「何が目的って…」




最初こそ彼ら5兄弟が苦手で嫌いで仕方なかったが、今ではそうではない。


普通に好きだ。

だからこそ、何かあれば少しでも力になりたいと思うことはごく自然なことなのだ。


だが、そんなことを言ってもきっと今のヘンリーにはわからない。

今のヘンリーには私と過ごした1年の記憶がないからだ。突然現れた人間に好きだからとか言われても気持ち悪い上に信じがたい話になるはずだ。




「…自分の願いを叶える為に、かな」




なので私は〝好き〟だという感情以外で彼らと関わる理由を口にした。


そもそも人間界へ帰る為に彼ら5兄弟たちと過ごしてきたのだ。

間違いではないはずだ。




「願い…か。正直だな」


「別に隠すことでもないし」


「そうか」




声だけではヘンリーが何を思っているのか分かりづらい。

ただでさえ感情を隠すことが上手なヘンリーだ。幼くてもそれは変わらない。




「ずっと側に居てくれるか」


「え」




ヘンリーの感情は読めないままだが、思いもよらないヘンリーからの言葉に私は思わず声を変な声を出す。


な、何て?




「…咲良がいると弟たちが楽しそうなんだ」


「…」


「俺も咲良といることが楽しい。何故なんだろうな」




あまりにも正直でまっすぐなヘンリーの言葉に私は嬉しさと気恥ずかしさで顔が熱くなった。


このショタはなんだ。

可愛すぎて怖い。




「できる限り側にいるよ、ヘンリー」


「その言葉、忘れるなよ」




私からの返事を聞くとヘンリーは満足そうな声でそう言った。





*****





「…ん」




朝。いつもとは違う場所で目覚める。




「…ん?」




私は今自分が置かれている状況に身に覚えがなく首を傾げた。


談話室で幼い5兄弟たちと雑魚寝したのは覚えている。

だが今私の目の前に広がっているのは幼くない誰かの裸体なのだ。

しかも私はその裸体の誰かに引き寄せられて寝ていた。


裸の成人男性と寝た覚えはないのですが。




「起きたか。おはよう、咲良」


「…」




状況をあまり理解していない私の上からヘンリーの声が聞こえる。

その声で謎の裸体の持ち主がヘンリーだということがわかった。




「…おはよう」




目のやり場に困りながらもさりげなくヘンリーから離れようとするがそれを何故かヘンリーが許さない。


何だこの状況。




「服は?」


「急激な体の変化に耐えられなかったんだろう。破れていた」


「…え、じゃあ下も?」


「そうだな」




意地悪く笑うヘンリーの下半身を布団の上から見つめる。


おう…、これ以上の詮索はやめよう。




「…昨日の記憶は?」


「あるな」




あるんだ。


恐る恐るヘンリーに昨日のことを聞くと、ヘンリーからはっきりとした返事が返ってきて少し驚いた。

幼いヘンリーには記憶がなかったが、大人のヘンリーには記憶がきちんとあるらしい。




「昨日はいろいろと迷惑をかけて悪かった」


「いや、まあ、困った時はお互いさまだし」




一応はヘンリーから謝られているのだが、尊大な態度のままなのであまり謝られている感じはしない。

ヘンリーは私に謝ったあと「エドガーには継続してギフトをかけなければ」と冷たく笑っていた。


かわいそうだが仕方ない。

強く生きろ、エドガーよ。




「…それで咲良は昨日の約束を覚えているか?」


「昨日の約束?」




ヘンリーからの問いかけに全く身に覚えがなく私は首を傾げる。


幼いヘンリーと何か約束をしただろうか?




『ずっと側に居てくれるか』


『できる限り側にいるよ、ヘンリー』


『その言葉、忘れるなよ』




ふと、昨日寝る前に幼いヘンリーと交わした会話の内容を思い出す。


まさか約束って…




「薄情だな、咲良。できる限り側にいると言ったのはお前だぞ?」




ふふ、と意地悪く笑うヘンリーの瞳はどこか優しい。

今まで一度だって私に向けたことのないその優しい眼差しに思わず心臓が跳ねる。


ヘンリー、こんな顔しちゃう訳?

心臓に悪すぎるんだけど。




「…ちゃ、ちゃんと覚えているよ。むしろヘンリーの方が覚えていたことに驚いているよ」




ドキドキとうるさい鼓動。

それがヘンリーに聞こえていないかハラハラしながらも私は何とかヘンリーに答える。

するとそんな私に「忘れる訳がないだろう」とヘンリーが薄く笑った。




「だから契約をしよう、咲良」


「え?」




今なんて?


あまりにも都合がいい展開に思わず目を見開く。


契約をしようって言われた?




「…本気?」


「ああ。側にいると言ったのは咲良だ」




慌てて本気なのか聞けばヘンリーはおかしそうに頷いた。


本気だ。

あんなにも契約の機会がなかっただけに突然のことに驚かずにはいられない。


いや、嬉しいことではあるんだけどさ。




「早速契約をするぞ」




ヘンリーはそう言うとその場に立ち上がり、その辺にあったシーツを腰に巻いた。

私もヘンリーの後を追うようにその場から立つ。


立ってみて気がついたが他の兄弟たちはまだ寝ているようだった。

もちろん、ヘンリーと同じようにもう元の姿に戻っている。みんな裸だ。


…目のやり場に困る。




「咲良」


「ん?」


「俺がお前のものになる訳じゃない。お前が俺から離れられないように契約をするんだ。つまりお前が俺のものになるんだ。わかっているな?」


「…うん」




不敵に笑うヘンリーに私はとりあえず頷く。

ヘンリーらしい契約理由だ。




「我が名は特級悪魔ヘンリー・ハワード。今人間桐堂咲良と契約を結ぶ」




ヘンリーは私の返事を聞くと呪文を口にし始めた。

ヘンリーの呪文と共に毎度の如くヘンリーと私の足元に淡い紫色に光る魔法陣のようなものが現れる。




「契約の代償は俺の側にできるだけいること」




ヘンリーはそう言うと私の鎖骨の下辺りに牙を立てた。




「…っ」




もう6回目なのでわかっている展開ではあるが毎度この距離の近さや舌使いなどに恥ずかしくなる。

もちろんヘンリーはそんな私なんて気にも留めず、傷口から私の血を吸うように口づけをした。

そしてヘンリーが唇を離すと同時に私たちの足元にあった光り輝く魔法陣が姿を消した。


ついにヘンリーとの契約も完了したのだ。




「これで契約完了だ。これからもよろしく、咲良」


「うん。こちらこそよろしく」




満足げに笑いこちらに手を差し出すヘンリーの手を掴み、笑う。


これで私はやっと人間界へ帰れるのだ。




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