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第39話 咲良の願い




ヘンリーと契約をして数日。

人間界へ帰れる条件をもう満たしている私だが、そのことを魔王であるテオに私はまだ伝えていなかった。


理由はただ一つ。

いつでも帰れる状況になった途端、ならば今すぐではなくてもいいかと思えてしまったからだ。


ここでの生活を、彼ら5兄弟たちとの日々を、私はいつの間にか気に入っており、もう少しだけ彼らと居たいと思ってしまった。




「さーくら」




そんな日々が続いていたある日のこと。

いつものようにナイトメアでバイトをしているとミアに可愛らしく声をかけられた。


テオは私に正体を明かした後も基本的にはミアとして私の前に現れることが多かった。

魔王の姿だと目立つし、ミアの姿の方がいろいろと都合がいいのだろう。


ちなみにテオが未だにナイトメアでミアとしてバイトをしている理由は単純に私に会いたいかららしい。

前に一度だけ気になって聞いてみた時に、そう恥ずかしげもなく言われ、心臓が無事に死んだ。

あんな美少女or美少年にまっすぐ「会いたいから」と言われると誰でも死んでしまうだろう。

心臓に悪い。ある意味テオは私の心臓を狙うテロリストだ。




「どうしたの?ミア?」


「ちょっと聞きたいことがあってね。こっち」




私を呼んだミアの方に視線を向ければ、ミアは私の手を引いて、誰もいないスタッフルームへと連れて行った。

そんな私たちの行動を見てもユリアさんは特に何も言わない。

今の時間帯はお客さんも少なく、そこまで従業員がいなくても大丈夫な為だ。


パタンっ、とミアによってスタッフルームの扉が閉められる。




「契約の方はどう?クラウスと契約を結べた話までは聞けたけど…」


「…」




そしてミアは心配そうな表情で私を見た。


ミアはどうやら私と5兄弟たちの契約の進行具合を確認したかったようだ。

クラウスのことを報告して以来、何も言えていないので、ミアもさすがに心配になってきたのだろう。




「魔界へ来てもう一年が経つでしょ?そろそろヘンリーとの契約もできそうなんじゃないかな、て。難しいなら私…いや、僕も魔王として協力するし」




こちらを未だに心配そうに見つめるミアは何て優しくて天使のような子なのだろう。

中身があの魔王、テオであるとわかっていても、ミアの評価は私の中でどうしても崩れない。


ずっと大好きな友だちのままだ。




「大丈夫。もう少しで契約できそうだから。いつもありがとね」




私はミアの優しさが嬉しくてミアににっこりと笑った。




「…そう。じゃあ咲良はまだヘンリーとは契約できていないんだね?」


「…」




心配そうにだが、確かめるようにミアが私をまっすぐ見つめる。


ヘンリーとの契約について言ってしまうのなら今なのかもしれない。

しかし私はまだあともう少しだけ彼らと一緒に過ごしたい。




「うん。まだヘンリーと契約できていないよ」




だから私は嘘をついた。

いつもと同じ笑顔を浮かべて。


ごめんね、ミア。

今度必ず本当のことを言うから。

今だけでもどうか嘘をつくことを許して欲しい。




「そっか」




ミアは私の答えを聞くとこちらもいつものように愛らしく微笑んだ。

もうそこには心配の色はない。


よかった。




「ミアー!咲良ー!そろそろ戻って来なさぁーい!」




丁度ミアとの会話が終わったタイミングで、扉の向こうからユリアさんが私たちを呼ぶ声が聞こえてくる。




「呼ばれているし行こう、ミア」


「そうだね」




そして私たちはスタッフルームから出た。




「…何で本当のこと言ってくれないのかな」




仄暗い笑みを浮かべて小さく何かを呟いたミアの声は私には届かなかった。





*****





「咲良、どうして僕に嘘を付いたの?」




ミアに契約のことを聞かれた数日後。

バイト先の女友だちのミアではなく、魔王としてテオは私にそう問いかけていた。


とても寂しそうな笑みを浮かべて。




「…」




まずは何を言えばいいのかわからず、私は黙ったままその場に立ち尽くす。


ここは魔王城の謁見の間。

5兄弟たちと私はテオに呼ばれてここへ全員で来ていた。


テオが言っている〝嘘〟とは一つしかない。


…ヘンリーとの契約のことだ。

私がテオに嘘をついたことと言えばこのことだけだ。


この口ぶりからしてテオはミアとしてヘンリーとの契約の有無を聞いたあの時にはすでに全てを知っていたのだろう。




「…テオ、咲良の嘘とはどう言うことだ?」




黙ったままの私を見かねてか、不思議そうにヘンリーが口を開いた。




「…ヘンリー」




いつものように笑っているテオだが、その笑顔はどこか仄暗く、一目で普通ではないことがわかる。


きっと私の嘘に怒っているに違いない。

私の言葉で早く弁明をしないと。




「…テ」


「ヘンリー、君は咲良と契約をしているね?」




何とか言葉を発そうとするとそれを冷たいテオの声が遮った。




「?ああ、そうだ」




ヘンリーはテオの質問の意図が掴めず、未だに不思議そうに返事をしている。


ああ、やっぱりテオはわかっていたんだ。

もう私の嘘に怒っていることは確定事項だ。


これは早くまずは謝らないと。




「テオ、ごめん。私…」


「…何故咲良が君たち兄弟と契約をしたがっていたと思う?」




今度こそ遮られないように急いで頭を下げたが、それを無視してテオは話を進める。

それも私にではなく5兄弟たちに。




「…願いを叶える為、でしょ」




それに答えたのギャレットだった。

ギャレットもまた不思議そうにしている。


エドガー、クラウス、バッカスも何も言わないが同じようにただ不思議そうにテオをまっすぐ見つめていた。




「その咲良の願いが何かわかる?」


「「「「「…」」」」」




冷たく笑うテオに誰も答えらない。


答えられなくて当然だ。

私はその願いの内容である、人間界へ帰りたいということまでは彼らに伝えていないのだから。




「咲良の願いは人間界へ帰ることだよ。咲良はただの留学生じゃない。君たち5兄弟と契約する為に強制的に魔界へ連れて来られた人間なんだ」


「…は?」




テオの言葉にヘンリーが思わず驚きの声を漏らす。

今のヘンリーにはいつもの冷静沈着さはなく、状況をうまく飲み込めていない表情を浮かべたままだ。




「…どういうことだ、テオ」




冷たい、テオを責めるようなヘンリーの声がこの静かな謁見の間に響く。




「言葉の通りだよ。君たち5兄弟は近い将来、特級である絶対的な力と、己の欲望の為に、この魔界を滅ぼすと予言されている。


その予言を現実のものとしない為の存在が咲良だよ。君たち全員と人間…ここでは咲良が契約を結ぶことによってこの予言は回避できると予言されている。


そして咲良は君たち全員と契約を結ぶことが、人間界へ帰れる条件だと僕に言われていたんだよ」




テオは冷たい笑顔を浮かべたまま、全てを5兄弟たちに話した。



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