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第40話 強制送還





テオの話を聞き終えた5兄弟たちは皆、同じようなリアクションをしていた。




「…そんなこと、俺は…」




ヘンリーは信じられない様子で




「…嘘、だろ?」




エドガーは驚きを隠せないように、




「…どうして?」




ギャレットはまだ理解が追いついていない表情で、




「…そんな」




クラウスは今にも泣き出しそうな顔で、




「…」




バッカスは無表情だがどこか辛そうに、


全員が絶望していた。




「…咲良。最後の仕上げだよ」




そんな5兄弟たちなんて無視してテオが今度は私に向けて冷たく微笑む。




「契約者は契約している悪魔に絶対の〝命令〟ができる。咲良がヘンリーたちに魔界を滅ぼさないように命令してしまえば魔界が滅ぶ未来も来ない。だから咲良は今ここで彼らにそう命令するんだ。それが最後の仕上げだよ」


「…」


「大丈夫。どんなに気に食わない命令でも彼らは君を殺せない。だからこそ咲良、君が予言の人物なんだよ」




そしてテオはそう言い切ると私の側までやって来た。


これで全部終わるんだ。

私が命令すれば魔界はヘンリーたち5兄弟に滅ぼされない。私も約束通り人間界へ帰れる。


だけど私はもう少しだけここに居たかった。




「咲良は呪文苦手だよね?僕と一緒に呪文唱える?」




急な展開に追いつけず、呆けている私にテオが優しく何かを言っているが、うまく聞き取れない。




「…咲良」




そんな私の名前をエドガーが突然呼んだ。




「行かないでくれ。まだここに居てくれよ。お前の命令ならどんなものでも従うからさ。まだ帰らないでくれ」




エドガーの方を見れば、エドガーが辛そうにそう懇願している。




「そう、だよ。俺たち同志でしょ?まだ一緒に見たいアニメもやりたいゲームもあるんだよ?いきなり帰らなくたって」




それを見たギャレットも同じように私に懇願する。




「…咲良がいなくなるのは嫌だ。行くな」


「僕もバッカスたちと一緒だよ。お願いだから、まだ行かないで」




バッカスもクラウスも私をまっすぐ見つめてそう懇願した。

エドガー、ギャレット、バッカス、クラウスの気持ちが痛いほど伝わってくる。




「ああ、こうなるとわかっていたのならば俺はお前と契約しなかったのに。…咲良ずっと側に居てくれるんだろう?まだ帰るなよ」




最後にヘンリーはそう言うと、絶望したような表情のまま冷たく笑った。


私だってまだ帰りたくない。

あと少しだけ、彼らと居たいと思ってテオに嘘を付いたのだから。




「…テオ、聞いて」




私は今の自分の気持ちを正直に伝えようと、私のすぐ側にいるテオをまっすぐ見据える。




「ちゃんとヘンリーたちに命令はするよ。だけどもう少しだけヘンリーたちと一緒にいたい。私はヘンリーたちとまだ居たくてテオに嘘をついてたの。だから…」




テオは優しい。

魔王としてはちっとも優しくないけれど、ミアとしてならここにいる誰よりも私に優しかった。

だからきっと私の願いもいつものように叶えてくれると私は信じて疑わなかった。




「…ダメだよ」




それなのにテオは暗い表情で私の願いを否定した。




「咲良には僕だけでしょ?魔界に来てからずっと咲良が頼れるのも、安堵できるのも、僕だけだったはずだよ?それなのに何?ヘンリーたちと一緒に居たい?だから嘘をついた?」


「…」


「ダメだよ。咲良には僕だけしかいらないんだよ。なのになのになのに!」




テオの勢いに何も言えずにいると、テオの口調が、静かなものから荒いものへと変わり始める。




「ちょっとずつ僕から離れて、その分ヘンリーたちと一緒に居て!」




そんなテオの瞳には激しい嫉妬の感情があった。


まさかこんなふうに思われていたとは知らず、私は驚いて余計に何も言えなくなる。




「特別だって言って。僕しか必要ないって」




そしてテオは最後に静かにそう言った。


これがあの優しかったミアなのか?

それとも冷たかった魔王なのか?


どちらにせよ、どちらからも想像できないほどの感情をぶつけられて困惑してしまう。


嫉妬だけでここまで変わってしまうものなのか?




「…テオ、私にはテオも必要だよ。だけど同じくらい…」


「何も言わないで」




私の答えを察したテオが私の言葉を冷たく遮る。




「…命令はいつでもできるから今はいいよ。さあ、咲良。人間界へおかえり」


「…っ!」




テオがそう言った次の瞬間、ぐにゃりと私の視界が大きく揺らぐ。


何!?


突然のことに驚くが、ただの人間である私にはもちろん何もできない。




「「「「「咲良ぁ!!!」」」」」




何もできない私のぐにゃぐにゃの視界の中に必死にこちらに手を伸ばす5兄弟たちの姿が入った。




「…っ!!」




彼らに私も手を伸ばそうとするのだが、体が上手く動かない上に、声まで出ない。

訳のわからない状況に私はますます焦った。

それから視界がどんどんぐにゃぐにゃになり、意識が保てなくなっていく。


魔界へ来た時は普通に扉から来たのだが、人間界へ帰る時はこんなにも気持ち悪い体験をしなければならないのか。


じゃなくて!


まだ5兄弟たちと居たい。

それが叶わないのならせめて別れの言葉だけでも!


そう思っても今の状況ではその願いでさえも叶えられそうにない。


人間界へ帰りたかったが、望んでいた形ではないこの状況に、私は手放しには喜べなかった。



さようなら、ヘンリー、エドガー、ギャレット、クラウス、バッカス。

今までいろいろありがとう。楽しかったよ。

言葉では言えないからせめて心の中で。



そして私は意識を手放した。



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