今日は学院はお休みだが、その分午後からバイトだ。
つまり午前中は特に何も予定がない。
なので私はバイトまでの暇つぶしに1人書庫へとやって来ていた。
「…」
私以外誰もいない書庫内を静寂が包む。
集中して本を読むには最適な環境だ。
そんな素敵すぎる環境の中、私は目の前にある机に何冊かギャレットおすすめの本を積むと、ゆったりと椅子に腰掛け、読書を始めた。
もちろん今、読み始めた一冊もギャレットおすすめのものだ。
ギャレットの選ぶ一冊にハズレはない。
今日もわくわくしながらも読み始めた私だったが、やはり期待通りその本はとても面白く先が気になって仕方のない内容だった。
さすがギャレットだ。
やはりギャレットの選ぶ一冊にハズレはない。
ギャレットに感心しながらも、時間を忘れページを捲り続けること数十分。
突然、カンッ!と私の手の横ギリギリの机の上に矢が刺さった。
「え」
おう、デジャヴ。
見覚えしかない矢に思わず苦笑する。
おそらくこの矢を飛ばしたのはギャレットだろう。
一応矢がどこから飛んできたのか、矢の出所を探ってみるが、何故かどこにもギャレットの姿はない。
「?」
ギャレットは悪魔じゃなくて忍者だったのかな?
仕方がないのでギャレット本人を探すことは早々に止め、矢へと視線を向ける。
すると矢には小さな紙が括り付けられていた。
これでもう本人の姿がなくとも、この矢を飛ばしたのはギャレットであると確定した。
ギャレットが私に初めて自分から話しかけてきたあの時と全く同じ状況だからだ。
…いや、話しかけてきたと言うよりも矢を撃ってきたと言った方が正しいのかもれしないが。
はは、と苦笑しながらも、紙が破れないように矢から紙を丁寧に取り、その紙を広げてみる。
きっとあの時のように何かしらの文が書かれているのだろう。
部屋に来い、とか、この本を探せ、だとか。
そんなことを考えながらも紙を見てみたが、そこにはまさかの何も書かれていなかった。
こちらの予想はどうやら外れてしまったらしい。
「?」
ただ私に向かって矢文が飛んできた謎の状況に私は首を傾げる。
「…ギャレット、いるの?」
それからもしかしたらギャレットご本人がここにいるのかもしれないと、誰もいない書庫内で何となくギャレットの名前を呼んでみた。
「さすが俺の同志。名乗らなくても俺だってわかったんだ」
すると本棚の後ろから満足げに頷きながらギャレットが現れた。
いや、こんなことするのなんて5兄弟の中でギャレットくらいしかいないでしょ。
間違えようがない。
「…で?急にどうしたの?」
「特に何も。ただ俺たちの友情の最初を演出してみただけ」
呆れたように笑いながらも、ギャレットを不思議そうに見つめれば、ギャレットは楽しそうにそんな私を見る。
最初、か。
まさかあのギャレットがこんなふうに私に笑いかけてくる日が来るとは最初の頃は夢にも思わなかったな。
最初のギャレットとの出会いからいろいろ言われた悪口まで私は主に悪い意味で印象的だったギャレットの場面をいくつか思い浮かべる。
『…三男のギャレット・ハワード。話しかけてくるなよな、人間』
『はっ、これだから一般人な上に何も持たない人間は…』
『いいね。お前は脳内がお花畑で。悩みとは無縁だろうな』
ギャレットの最初の頃の印象は暗くてとんでもなく口が悪いやつだった。
今も変わらず、攻撃的ではあるが、仲間だと認めた者には多少その攻撃性もなくなるし、何より相手を心配し、思いやる心もある。手放しにいいやつとは言えないが、悪いやつでもないのだ。
「何ぼーっとしているの?」
「いや、別に」
この一言だって前なら絶対に気分の悪くなる言葉を一つや二つ添えてきたのに今ではそれもない。
すっかりいい方向に変わったギャレットに私は何だか嬉しくなり、口元が緩んだ。
…まあ、相変わらずエドガーやクラウスとかには毒吐きまくっている印象だけど。
「咲良」
「ん?」
突然真剣な表情でギャレットが私を見つめる。
「お前なら俺の…友だち、いや嫁にしてもいい」
「…へ?」
嫁?
よめ?
yome?
…嫁?
ギャレットの突然の発言に私は固まる。
友だち通り越したよね?
「嫁?」
「…ああ!もう!今のなし!やっぱり咲良は俺の同志!以上!」
自分の耳を疑い、聞き直してみるとギャレットは真っ赤になってこちらを睨んできた。
いーや。理不尽だわ。
「…あ!」
何でやねん、と理不尽なギャレットの睨みに心の中で小さく抗議をしていると、ギャレットが私の手元を見て突然声をあげる。
いきなり何だ?
「その本!俺がおすすめしたやつだ!さすが咲良わかっているね!俺もそれ読む!」
そして未だに顔を真っ赤にしたままギャレットはそうぎこちなく叫んだ。
照れ隠しなのかな?
何だか可愛らしいギャレットに私は思わず、微笑ましい気持ちになる。
「じゃあ一緒に読もっか」
「…うん。俺、最新刊取ってくるから。咲良それ読み終わったら感想会開くよ」
「はーい」
にっこりと笑う私にギャレットが頬を赤くしたままいつもの高圧的な態度を取る。
そんなギャレットに私はますます笑みを深めた。
こうしてギャレットと2人での読書会or読み終わりの感想会が始まった。
そしてそれはバイトの時間が迫るギリギリまで続いたのであった。
*****
本日のバイトは明日のこともあるので、夕方頃には終わっていた。
「ただいま」
私は慣れた手つきでいつものように小屋の扉を開ける。
「おかえり、咲良」
するとそこにはいつかの時のように優雅に椅子に腰掛けているクラウスの姿があった。
暇を持て余して遊びにでも来たのだろうか。
「咲良、バイトお疲れ様」
「ありがとう」
相変わらずの甘い笑みで私の元へやって来たクラウスが私から荷物を取り、慣れた手つきで片付ける。
…彼氏通り越して旦那通り越して奥さんじゃん。
新婚夫婦じゃん。
最初の頃のクラウスからは想像もできない姿だ。
いや、今でも遊び人オーラは相変わらずなのだが、私に真摯である姿は最初の頃なら絶対に見られない姿だろう。
最初の頃のクラウスはそれはもう薄情で遊び人で多分5兄弟の中で一番苦手な部類だった。
そんなクラウスの遊び人で薄情だった姿を私は思い浮かべる。
『はいはーい。次僕ね!四男のクラウス・ハワードだよ!いろいろ仲良くやって行こーね!夜とか特に!』
『じゃあ僕これからクラブで可愛い女の子たちとオールだから。あ、咲良も一緒にどう?すっごく楽しい…』
『ええ?僕の恋人だよ?なりたくてもなれない子たちがたくさんいる特等席だよ?嘘ついてない?』
うん。やっぱり普通に苦手だったわ。
仲良くなる前の最低なクラウスに私は思わず苦笑いを浮かべた。
「何々?どうしてそんな顔しているの?」
そんな私の変化にクラウスはすぐに気がつき、面白くなさそうに私を見つめる。
「あー。いやちょっとね」
過去のアナタの悪行の数々を思い出していました、と言うつもりはない。
「ふーん」
クラウスは私の曖昧な返事に不満そうにしていたが、それ以上聞こうとはしてこなかった。
さすがクラウス。
私が嫌がることは絶対にしないんだよね。
「寂しくなるなぁ」
ふと、クラウスがしみじみとそう言う。
「…僕、咲良が本当に好きなんだよ。前にも言ったと思うけど僕の全部をあげてもいいくらい」
「うん」
寂しそうに笑うクラウスの言葉にはきっと嘘はないのだろう。
あの軽薄だったクラウスが大真面目にこんなことを私に言うようになるなんて最初の頃の私なら想像さえもできなかったはずだ。
「この部屋は僕が…いやきっとエドガーとかもいるだろうけど、可愛く綺麗に維持しとくから。だから安心して人間界へ行っておいで」
「うん。ありがとう」
私はいつもとは違うまっすぐなクラウスに素直にお礼を言った。
「咲良、可愛い」
「うん」
「大好き。愛してる。僕よりも」
「ありがとう」
「咲良は?咲良もだよね?」
「もちろん」
「っ!だよね!」
私の言葉を聞いて嬉しそうにクラウスが笑う。
それから私たちは何気ない会話をしながらも小屋で何となくいつものように一緒に過ごしたのであった。