翌朝、怠さと火照りの症状はだいぶ治まっていた。
念のため、もう一度抑制剤を飲む。
なるべく普通に過ごす。それが一番の隠れ蓑になるとテオは考えていた。
どのみちハーブの補充にも行かなくてはならない。
今朝の抑制剤には睡眠作用のないハーブを選んで調合した。効力は多少弱くなるが、アルファ性じゃないマルゴや店の客たちなら嗅ぎつけられることはないはずだ。
ブルーベリー摘みに行くと告げるとマルゴは「まだ顔色が良くないんじゃないか?」と心配そうな顔をしていたが、テオは笑顔を作り「もう大丈夫だよ」と応えた。
大きなカゴを手に、部屋へ戻る。
森で人に出くわすことはまずない。でも念のためにと、頭からフード付きのケープを羽織った。護身用のナイフも腰に巻き付け、重装備で山小屋へと向かう。
ナイフは小さく心もとないが丸腰よりマシだ。隣町にドラゴンが現れ、信じたくはないが生まれて初めて対面もしてしまったのだ。用心にこしたことはない。
ハーブを摘んでいると、否応なしに子犬を思い出す。
もう、あの時の血痕は当然ながら消えてしまっている。しかし、テオはその跡がどこにあったのか今でもハッキリ覚えている。
ハーブを摘みつつ、気が付けば子犬が倒れていた場所にいた。
子犬の後ろ足の肉が裂かれていたのを思い出す。
誰かに切りつけられ……。
子犬の正体はドラゴン族。だとするならば、切りつけたのは人間?
なぜか、妙な胸の痛みを感じたテオは頭をブンブンと振った。
切りつけられたのはきっと人間を襲ったからなんだ。そもそもそれ以外にドラゴン族が山を下りてくる理由なんてないんだから。きっと返り討ちにあっただけ。
「自業自得なんだから」
自分でもよくわからないモヤモヤとした感情に蓋をするように、テオは唇を尖らせてその場を立ち去った。
その時、頭上でバサッと羽音が聞こえ、テオは天を仰いだ。
「…………」
木々の合間には静かに雲が流れているだけ。
何もない。何もないのに、なぜか気配を感じる。辺りを見回しても、何もいない。ただ、空気がいつもと違って濃く、重い。そしてやけに静かだった。鳥の声も、虫の音もしない。
妙な予感にジリジリと後ずさるテオの背後で、パキッと木の枝が折れる音がした。
「……おお、匂うと思ったら、こんなところにオメガがいるじゃねぇか」
木々の間から現れたのは二人の男だった。ふたりとも銀髪で整った顔をしている。しかしその表情は冷たく、口元にいやらしい笑みを浮かべていた。
テオの背筋に冷気が走る。
アルファの強烈な存在感。ジッと見つめられるだけで膝がガクガクと震えてくる。
服で隠れて痣は見えないが、人間じゃない。ドラゴン族だ。
今やその蛮行から悪魔にしか見えないが、昔は天使と崇められていたこともある。目の色、髪の色、顔立ち、背の高さ、逞しい体躯。全てにおいて美しく、洗練された生き物。
人間とは作りが違う。
────しまった。
「そんなに怯えんなよ。おとなしくしてたら痛い思いはしねぇから」
「いい匂いすんな。ん? 名前なんていうんだ」
ふたりは優しい言葉を用いながらジリジリと近づいてくる。
「くっ、来るなっ!」
慌てて腰にあるナイフを取り出そうとするも、手が震えうまく取り出せない。落ち着いて手元を確認すればいいのに、目の前の二人から一瞬たりとも目を離すことができなかった。
「ひゃっ」
もたついている間にテオはあっさりとふたりに取り囲まれてしまった。
強烈なオーラに頭がクラクラする。
男たちは信じられないほど力が強かった。テオの抵抗は無いに等しい。赤子同然だった。あっという間にひとりに羽交い締めにされ、もうひとりに服の上から体をまさぐられた。大切な腰袋やナイフを下げたベルトは、あっさりむしり取られ、足元に投げ捨てられてしまう。
「ああっ!」
ベルトへ目を向けるテオの顎をグイッと持ち上げると、男はニヤリと笑みを浮かべた。そのままテオの輪郭をなぞるように撫で、首筋をスルスルと撫で下ろす。
「うぁ………あ、あ、っ……」
抑制剤で押さえていたはずの甘い香りが、テオ自身にもわかるぐらい漏れ出してくる。
「こんなところにいるにしてはなかなか上物じゃないか」
「白い肌に、つるんとした頬。見ろよ、ふよふよだ」
「は、放せっ、放して……」
あわあわと声を上げるもその声は細く、驚くほど頼りない。
「ああ? 小さな花びらみたいな口でなんて言った?」
「やべぇ。興奮してきた。城までもつきがしねぇ。ここで一発やるか」
「ああ、今すぐかぶりつきたいな。城のみんなで回すのも勿体ない。俺たちでこっそり飼ってやろうじゃないか」
「おお、そりゃいいな。じゃあさっそく」
鋭く変形した爪がテオの服を容易く割いた。前がはらりとはだけ、テオの白い肌と薄ピンクの小さな突起が露わになる。
「見ろよ、旨そうだ。ガクガク震えながらも、こっちはしっかり立ってやがる」
舌を覗かせ顔を寄せる男をもう一人が止める。
「おい、まぁ焦んなって。時間はたっぷりある。もっと奥に連れてって、楽しもうじゃないか」
体をまさぐっていた手がテオの尻に伸び、大きな手がいやらしく揉みしだいた。
「ひっ」
体の奥に電気が走る。一気に体内が発火する感覚。
尻の間に指があたる。ありえないところを素手でなぞられ、テオは思わず声をあげた。
「うわあっ」
「あ? ガチガチ。へ~、お前、まだ男を知らないのか?」
「そりゃぁいい。俺たちでしっかり解してやるよ。死ぬほど気持ちいい目に合わせてやるぞ」
いやだ……やだやだやだやだ、こわいっ怖いっ!
こんなのヤダッ────
「ひひひっ。良すぎて気絶するぞ? 頭真っ白になってたまらなくなる」
既にテオの頭も顔も恐怖で真っ白だった。抵抗の言葉すらでない。そんなテオの状態とは裏腹に、甘く濃く立ち込めるオメガの香り。
やだ、やめて……とまれ、とまれ! とまれっ!!
テオの必死の願いも届かない。自分の体なのに、制御できない。立ち昇る甘い香りにあてられてか、男たちは涎を垂らさんばかりにハァハァと息を荒げ興奮を隠しきれなくなっている。
「わっ!」
片方の男がテオを軽々と脇に抱えた。無残に落ちるケープ。男たちはそのまま森の奥へ奥へと入っていく。
逃れたくとも、体は硬直して言うことを聞いてくれない。
テオはなす術もなく人形のように運ばれた。
どうしよう、どうしよう。どうしよう────
男たちは飛ぶように走った。
速すぎて色でしかなかった一面が森の景色に戻る。
顔を上げると石造りの大きな祭壇のようなものが見えた。そこには、ご丁寧にも分厚い絨毯のようなものが敷いてある。
ドラゴン族が狩りをした獲物を持ち帰る前に、楽しむための場所なんだとテオにもわかった。
こんな場所があったなんて……。
ドラゴン族の縄張りのすぐそばで暮らしていた事実を突き付けられテオは愕然とした。
石台に転がされ、裂けてはだけた服をむしり取られる。男たちの目が色濃く輝く。その目はまさに獲物に食らいつかんとする雄の顔だった。
テオは眩暈を覚えた。
視界が霞んでいく。
こんなの────死んだ方がマシだ。