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第9話 オルレアンの街


「着いたぞ」


 馬のいななきと男の声でテオは目を覚ました。

 寝たふりのつもりが、いつの間にか本当に眠っていたらしい。


「帰りは日暮れに出る。乗りたいやつは空が赤くなり始めたら戻ってきてくれ」


 荷馬車を降り、皆に続いてテオも街へ入る。

 オルレアンは、テオの住むメールや、教会があるのどかな田舎町のルベルドとは違いとても大きな街だった。二階建ての建物が壁のように並び、足元も石畳が敷いてあって歩きやすい。市場もすぐに見つかった。


「わぁ~……」


 初めて見る市場の光景に、テオは思わず声を上げた。

 活気溢れる街の朝は大変賑わっている。それぞれの屋台にはリンゴやバナナ、キウイ、パイナップルなどの色とりどりのフルーツが並んでいる。一体どこから集まってくるのか、他にも川で獲れた大きな魚やカニやエビ。新鮮な野菜などがところ狭しと並んでいた。


 マルゴに頼まれた香辛料の材料や岩塩はすぐに見つかった。一袋ずつ購入する。お使いはこれでおしまい。あとは夕暮れまで、時間をつぶすだけとなる。

 テオは購入した品を鞄に入れ、いろいろと並ぶ露店を眺め歩いた。市場の露店は食料品ばかりでなく、日用品や衣類を売っている店もある。花屋まであった。


「そこの可愛い子ちゃん! 収穫したばかりの新鮮なブドウだよ! おまけしとくから買ってってよ」


 陽気な声があちらこちらから掛かる。

 常連客からも言われ慣れているテオに今さら抵抗もないが、小さな村とは違い、ここには可愛らしい娘があちらこちらに歩いているじゃないかと呆れてしまう。その上、最近はその言葉のせいでろくな目にあっていない。正直もう勘弁して欲しいと思っている。


 呼びかけを無視していると「ほら、兄ちゃん」とズイと目の前にブドウが差し出される。ツヤツヤした紫色の大きな実。甘い香り。とても美味しそうだ。でもテオは「けっこうです」と首を振り、その場を去った。


 しばらく歩いていると武器屋の露店を見つけ、テオは吸い寄せられるようにふらふらと店へ足を向けた。

 今も護身用のナイフを腰に下げているが、やはりちゃんとした剣が欲しい。

 ガッシリとした柄。煌めく剣身。

 間近で見たイルディオが振り下ろす見事な剣筋を思い出した。


 すごくかっこよかった。僕もいつかあんな風に………。


 誰かに救われるんじゃなくて、自分の身は自分で守りたい。強くなって、屈強なアルファたちにも負けず、ずっと自由の身でいたい。


 この決意は教会を出た時からずっとテオの中にあった。

 しかし、教会で保護を受けているオメガは箱入り娘のように大事に育てられており、日々の授業も教養や礼儀作法に治癒訓練が中心だった。オメガやアルファ、ドラゴン族のことは学べても、戦闘能力をあげる訓練などしたことがない。ましてや、剣の訓練などもってのほかだった。


 癒し手である聖なる子のオメガは誰かに守られて生きる。

 それが当たり前の考えだ。

 そんなテオが、強くなりたいと願ったところで、森で拾った枝を剣に見立て素振りをするくらいしか手立てがなかった。

 目の前に現れたドラゴン族の男たちに震え、小さなナイフですら取り出すことができなかったテオだが、憧れは諦められない。


 小さなナイフなんかじゃなく、短剣でもいいから手に入れたい。


 そう思いながら、テオは熱心な眼差しで、立派な長剣ちょうけんを見ていた。無意識に、首から下げた小袋を握り締める。


 テオの首に下げてある小袋の中には、イルディオからもらった金貨が入っていた。ペンダントのように首からさげているこの小さな袋はテオの手作りだ。

 初めはポケットに入れ毎日のように触っていたが、なにかの拍子で失くしてしまうかもしれないとぎれを縫い合わせて手作りした。

 今やこの金貨は、テオにとってお守りになっている。


 マルゴからもらった駄賃では、ブドウは買えても剣など買えるはずもない。でも、イルディオがくれた金貨ならば、長剣を手に入れられる。

 テオは店頭に並ぶ長剣を見つめながら、ゴクリと唾液をのみ込んだ。

 目を輝かせ、悩ましく長剣を眺めている時だった。突然後ろからひょいと顔を覗き込まれる。


「……ああ! やっぱりテオだ!」





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