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第11話 黒い翼

 背後から振り回す腕をガシッと掴まれる。

 こっちからも!? と思った瞬間、背後に感じるオーラにハッとして振り返った。

 ふわりとなびく金色の髪。


「そんなものを振り回すと、自分が怪我するぞ」


 青とグレーの綺麗な瞳。ふんわり香る爽やかな甘い夜の匂い。


「イルディオ……」


 なんで……ここに?


 沸きあがった疑問も、すぐにかき消される。

 握られる手と受け止められている背中がジンジンと熱を帯び、あの日空へ舞った時のような安心感がテオを包み込んだ。

 バサッと黒い翼がイルディオの背中で大きく広がった途端、ベータたちが後ずさる。


「おい、あれ……」

「ドラゴン族だ!」


 不吉な色のはずなのに、テオにはその翼が神聖なものに見えた。ゆっくり羽ばたく翼がテオを包み、イルディオの腕に抱えられる。

 誰かに守られるなんてもう嫌だとずっと思ってきたはずだったのに、今はただイルディオの逞しい腕の中にいることで安堵と同時に、キュウと胸が苦しくなる。

 テオは無意識のうちにイルディオの服をギュウッと掴み、体を寄せていた。

 翼の外側では不穏なざわめきが、すぐに戸惑いに変化する。


「あれ、消えたぞ?」

「ドラゴン族なんていねぇじゃねぇか! 脅かしやがって」

「いや、さっきまでいたんだよ、なぁ!」

「そんなことよりあのメスはどこ行った?」


 外ではいったい何が起こっているのか? 聞こえてくるざわめきに、テオはイルディオをおそるおそる見上げた。


「大丈夫だ。私のそばにいれば気付かれない」


 子犬の姿だったイルディオ。もしかしたら今も何かに姿を変えているのだろうか? そんな疑問も浮かんだが、今のテオにとってはやはりどうでもよかった。


 優しく包まれる体。すぐそばで囁く言葉に素直に頷く。


 僕を守ってくれてる────。


 テオの心臓がゆっくり大きく波打つ。アイレンの時に感じたものとは違うキラキラとした喜びが全身に満ちていき、またイルディオの服をさらにギュッと引き寄せた。

 イルディオが再び囁く。


「大丈夫だ。信じろ」


 低く穏やかに骨の芯まで響く声。

 背後からイルディオの逞しい腕に包まれ、肌がジンジン熱い。全身に満ちていった高まりはその勢いが徐々に増し、いつしか激しく流れてドドドドドッと心臓を打ち付ける。


 あぁ、イルディオに聞こえちゃう……。


 ゼロ距離のせいで体がカンカンに熱い。緊張と熱気の中でテオはフウフウと呼吸をしながら、涙ぐむ目でイルディオの唇をただひたすら見上げていた。

 テオの異変にイルディオが気が付く。


「辛いか?」

「う、うん」


 テオの顔は耳や首までもが赤く茹で上がっていた。腹が内側へ引っ張られるような感覚。内側で灯ってしまった熱のせいで疼く。なのに、なにもできない。


 ────助けて欲しい────


「そうか」


 テオから溢れ出す声にならない訴えに、イルディオの手が動き、テオへ伸びる。


「やあっ!」

「静かに。声は出さないほうがいい」


 思わず声を上げてしまい、テオは口を両手で塞いだ。

 翼で囲われてはいるものの、外からの声が聞こえるということはこちらの声も同様に外へ聞こえていることになる。イルディオが何に変化しているかわからないが、ここは紛れもなく外なのだ。

 動揺するテオをよそに、さらにイルディオが耳元で追い打ちをかける。


「触れるぞ」


 テオは囁きに身震いしながら、絶対にダメだと必死で首を横に振った。


 ただでさえこんな状態なのに……触られるだなんて、こんなとこ人に触られたことなんてない。怖いし! でも、こんな状態じゃ自分でもできないしっ!


 迷いと耐えの中で、テオはギュッと身を縮めた。


「許せ」


 テオを宥めるようにイルディオが囁く。ゾクッとした。それが意味することが頭に浮かぶ。真っ赤になったテオは慌てて腕を股の上でクロスさせ、触られないようガードした。


 無理無理! そんなの無理、絶対ダメっ!


「テオ」


 イルディオの唇が耳の表面をなぞる。肌がブワッと粟立ち、体の芯に響く。さらに動悸が激しくなった。


 もう、してっ────


 体が叫び声を上げる。

 それでもテオはその声を振り払うように首を横に振り続けた。


「手を下ろしなさい」


 ピクッと体が跳ねる。

 イルディオの声は静かだったが、強い意志がこもっていた。

 絶対に無理だと抵抗していたテオの動きがピタリと止まる。


「抵抗は許さない」


 命令口調にも聞こえるのに、なぜかとてつもなく甘く、体の芯がとろりと溶けてしまうような感覚に陥った。

 何が起こったのか考えようとしても、頭の中はぼんやりとかすみ、思考を侵食していく。

 体の前で固く重ねていた腕が解け、そのまま体の両脇にだらりと落ちた。


 あぁ……。


 明らかにテオの意思ではないのに、勝手に体が動いた。


「いい子だ」


 再び耳元で聞こえた心地いい囁きに、ほわほわと温かい気持ちが生まれてくる。そのまるい陽だまりがテオの戸惑いを包み込んでいった。


 無抵抗になったテオを、イルディオの手が優しく追い詰めていく。


「んぅっ!」


 イルディオから施される刺激は甘い痺れとなり全身へ広がっていった。肌が波打つようにブルブルと震えて止まらない。

 テオは両手で口を押さえギュッと目を閉じ、溢れ出そうになる声を必死に堪えた。なのに、感覚は容赦なく研ぎ澄まされていく。


「……ふうっ!」


 喉の奥から高い呻きが漏れ、ビクンとテオの体が跳ねる。

 自分でするのとは全然違う。細胞のひとつひとつが喜び、気持ち良さがつま先まで流れ全身を駆け巡る。体の奥底から湧き出る初めての感覚に腰はガクガク揺れた。腹の奥がキュウキュウと切なくてたまらない。

 必死に結んだ口からは呼吸できず、熱い息が鼻からフーフーと出て、目からは強い快感による生理的な涙が溢れだす。

 イルディオの手はゆっくりと容赦なく、波打ち際までテオを運んだ。

 もう、ここがどこで、どんな状況なのか、そんなものはテオの頭の中から消え去っていた。

 ただただ、イルディオに触れられていることがテオを最高潮へと導く。


 もうだめっ!


 口を押さえた両手で頭をキツく抱え込むのと同時に、テオは勢いよく弾けた。イルディオの手がキュッと絞る。


「んっーーー!」


 全身にビリビリと電気が走った。

 イルディオの気遣いがあだとなり、それは更なる刺激となってテオを襲う。萎えるどころか、テオの欲をさらに搔き立てていた。


 耳元に熱い息を感じた瞬間、イルディオの声が聞こえた。


「まだ欲しいか?」


 囁かれるだけでたまらない気持ちになる。


 もうだめ、こんなの耐えられない……。 


 テオは眉を寄せ涙を浮かべながら首を横に振れど、イルディオの手の中の熱は露にまみれながら更なる先を欲している。熱にのぼせ潤んだ瞳も、頬を濡らす涙も、香り立つ匂いも、容赦なくイルディオを煽っていた。唇をクッと結んでいても、その全部で「もっと」と懇願しているのだ。


「気が済むまでしてやる」


 イルディオの頬はうっすら紅潮していたが、それでも暴走することなくテオを満足させることに専念しているようだった。ピクピクと震えるテオを手のひら全体で包み、そっと上下させる。


「ん……っん! んんーー……」


 熱い。全身に力が入る。身をギュッと小さくして震えながら、テオは二度、三度と果てた。こんなことは初めてで、やむことはないのかと薄桃色のモヤの中を漂いながらも、ぼんやりと怖くなった。


 どうにかなっちゃうよぉ……。


 意識朦朧としながら、次第に、それもどうでもよくなる。


 イルディオが与えているものは快感だけではなかった。手のひらから伝わる熱は体だけではなく、テオの心を包み込み大きな安心をもたらしていた。

 イルディオの想いが伝わってくる。


 大事にしてくれてる────


 僕のこと、好き……? うん、僕もだよ……。ずっとずっと会いたかったよ……。


 テオの想いと共に大きな波が押し寄せてくる。勢いよく溢れだした瞬間、意識はキラキラ光る白い光線のように四方八方へ飛び散った。




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