「元気になって良かったなぁ。なぁ、マルゴ」
常連客のズークにからかわれ、マルゴが嫌そうな表情で酒と料理を荒々しくテーブルに置いた。
「べ、別に、心配していたわけじゃあねぇ」
「ひひひ。そうかい? 泣いてたろ?」
「そんなわけあるかい! おめぇは飲みすぎなんだよ。まぁ、元気になったはいいが……ありゃあ、なんだ?」
マルゴが向けた視線の先でテオが皿を洗っていた。時折、手の甲で額を撫でるそぶりをする。一見、献身的に仕事に励んでいるようにも見えるが、その表情は妙にニヤニヤしている。
「確かに、元気というか……ちょっと気持ち悪いな」
「こないだはやたら憂鬱そうにしてると思ったら、今度は嬉しそうにニヤついてやがる」
「あ、ありゃぁ、やっぱアレだな? なっ!」
ジョイロが面白がってマルゴをたきつける。
「アレってなんでぇい」
認めたくないマルゴにズークが慰めるように言った。
「恋だよ、恋。テオもお年頃ってこったろ。おやっさん、また寂しくなっちまうな」
「ひひっ。だんなも、こ、子離れ覚悟しときなよ?」
マルゴは頬をヒクヒクさせながら、おもしろがる常連客達に「うるせぇ!」と返し厨房へ戻った。テオのそばによればご機嫌に鼻歌まで聞こえてくる。
マルゴは咳ばらいして、テオの背中をポンと叩いた。
「お疲れさん! もうあとはいいぞ」
「へあ? あ、うん。じゃあ、おやすみ」
挨拶を終えるとまた鼻歌を歌いながら、店内の階段を軽い足取りで上がっていく。いつもなら常連客にも愛想よく声をかけていくテオだったが、それもすっかり忘れてしまっている。テオの様子に常連客は呆れ顔で顔を見合わせた。
階段を登りながら、テオはやはり昨夜のことを思い出していた。
イルディオ……また会いに来るって言ってくれたよね。
教会を飛び出してから、テオはずっと一人だった。人を信じることが怖かったし、オメガだとバレてしまえば否応なしに去らないといけない。本当の自分を隠している限り、もう友達など作れないだろうと覚悟を決めていた。
自然と顔がニヤけてくる。素直に早く逢いたいと思ってしまう自分が気恥ずかしい。
いつ来てくれるだろう? 昨日の今日だけど、……うぅ~、もう待ち遠しいよ。
テオは逸る気持ちをギュッと胸に抱え、プルプルと上半身を左右に振り悶えた。
あぁ、もういっそこっちから会いに行っちゃうとか! なんて、あの深い森がどこにあるのかもわかんないし、歩いてなんて行けっこないよな。
やりきれない思いでプッと片頬をふくらませる。待ってるだけなのが歯がゆくて仕方がない。
うーん……部屋の窓から手ぇ伸ばして、イルディオーって叫べば現れてくれないかな?
バカな考えにクスリと笑いながらドアを開ける。仕事着から寝間着へ着替え、ベッドへ腰をおろした時だった。窓からコンコンと小さなノック音がしてパッと振り返る。
もしかして!
期待したガラス窓の向こうは真っ暗な闇。映っているのは自分の姿だけだった。
はぁ……。気のせいか……イルディオのことばかり考えていたから幻聴でも聞こえたのかな?
テオは首を傾げ、窓ガラスに映る自分にむうぅと口を突き出した。
「…………」
でも、もしかしたらとまた思い直し窓辺へ向かう。
勢いよく窓を開けて顔を出した瞬間、頭上からバサッと羽ばたく音がした。
やっぱり!