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第三話 魂の友よドッカンカザン!

3-1 朝の光、朝の食事

「お、おはよう」


 俺は少し緊張しながら教室に入った――その途端、


「おはよう、アルテナッシ!」

「アル、おはよう」

「試験一位と同じクラスとか、テンションあがるー」


 沢山のクラスメイトが声をかけてくれる、ほっとして、笑顔を浮かべながら用意された席に着く。


「席隣だね、よろしく」

「早速だけど放課後暇?」

「カラオケに行かない?」


 良かった、俺の学校生活、

 皆が暖かく迎えてくれて。

 ……、

 カラオケ?

 そんなもの、異世界にはないはず、


≪学校って、何よ≫


 ――後ろから声がした途端


≪貴方は、不合格だったでしょ?≫


 教室が、”異世界じゃなくて前世の学校の教室の風景”が、生徒達と一緒に消えて、

 何も無いからっぽの景色の中、振り返れば、

 ――母さんの影が


≪失敗作め≫


 そう言った瞬間、


「……あ」


 ……俺の視界に広がったのは知ってる天井、ぼやけてるのは、涙で瞳が滲んでる所為だ。


「……なんて夢」


 ゆっくりとベッドから体を起こす、ここはメディと一緒に三日かけて見つけた、学園生徒用の下宿。石と木で作られた五階建てアパートの最上階、2LDKでとても大きなベランダ付き。

 昨夜は今日を――学園の登校初日を楽しみに、ベッドに入ったのに、こんな夢を見てしまった。

 まだ家具も少ない俺の部屋、用意した棚に飾った、子供の頃の俺が、笑顔を浮かべてる写真をみつめる。

 ……これは、俺が欲しかった夢、現実にはなかった物。

 【笑顔】を取り戻したと思ってたけど、

 それで前世トラウマが消える訳じゃない。

 暗い気分のままベッドから降りて、寝間着を脱ぎ、枕元においていた、メディがアイロンがけしてくれていた制服に着替えてから、部屋を出た。


「あ、おはようございます、ご主人様!」


 テーブルに何かの料理が乗った皿を置きながら、メディは俺に元気に挨拶する、


「ちょうど出来上がったところです、どうぞ、席にお座りください」


 だけど、


「……どうされました? 顔色が、優れないようですが」

「ああごめん、ちょっと、悪い夢を見ちゃって」

「それは、まぁ」


 昨夜、メディは、腕によりをかけて朝食を作ると言ってくれた。

 学園入学の準備が忙しく、ごはんは全て買った物ですませていた。だから、今日が初めて俺が彼女の料理をいただく日のはずだった。

 だけど、食欲がわかない。

 ……元々前世でも、食事はエネルギー補給仕方無くみたいなもので、朝を抜く事もよくあって、それが夢の所為か思い出されて、


「だからその、朝ご飯、喉を通らないかも……」


 折角作ってくれたのにと、謝ろうとした俺、だけど、


「……それは?」


 窓から差し込む光を浴びて、キラキラと輝く黄色と紅の一皿が気になった。


「メイド長直伝、トマトトタマゴイタメターノです」

「トマトトタマゴイタメターノ」


 そのまんまの名前通りの料理、ルビーみたいに鮮やかな角切りトマトが、ふわりと卵と炒め和えられていて。

 ……気付けば、俺は椅子に座っていて、そして、


「……いただきます」


 自然と手を合わせてから、木のさじでそれを口に運んだ。


「――あっ」


 まろやかな卵の味が、トマトの甘い酸味と一緒に、口の中でふわりと広がる。胸に優しい味だ。それに何より、


(――暖かい)


 ゼリー飲料、脂が冷えて固まった惣菜パン、エナドリで流し込むサプリメント、

 ……味わう余裕もなく、胃へと押し込んでいた物とは、全く違う感想が口に溢れる。

 正直、味はそこまで感じられない、多分、俺の舌は食事を味わう楽しむ事に慣れていない。

 それでも、だ、

 暖かくて、酸味があって、柔らかに甘くて、

 メディが手ずから作ってくれた、そんな優しい味わいは、


「――美味しい」


 そう俺に、自然と呟かせていた。


「よかったぁ」


 嬉しそうなメディの笑顔、


「……メイド長から教わりました、朝の光が必ずしも、全ての人の心に届く訳じゃないと」


 そう言って、アップルビネガーとドラゴンミルクのカクテルドリンクを、素焼きのコップに注ぎ俺の前におく。


「その時、朝食は、ほんの少しだけど人の心に火を灯す切っ掛けになると」


 ……本当だ、本当に単純だけど、美味しいものって人を元気にする。

 そうだよな。

 俺がこの異世界で、何かを手にしたからって、何もかもがスイッチみたいに切り替わらないし、トラウマも0になる訳じゃないし、心も急に強くならない。

 だから、凄く嬉しい特別な事帝国学園1番合格だけじゃなくて、ちょっといい事美味しいごはんがある事が、きっと、大事で。


「あ、パンも焼きましたので用意しますね」

「それはいいけど、メディの分は?」


 そう、用意してくれた料理は一人分で、俺の目の前の席はぽっかり空いてる。


「あ、わ、私はメイドですので、ご主人様の後で」

「一緒に食べよ」

「ですが」

「確かに俺はご主人様で、メディはメイドだけど、友達でもあるだろ」

「……はい、わかりました!」


 そう返事したメディは、急いで自分の分の朝食も用意した。

 二人揃って、ごはんをたいらげた後、手を合わせる。


「ごちそうさま、美味しかった」

「……あの、ご主人様」

「何?」

「その、”いただきます”と”ごちそうさま”は、どういう意味でしょうか?」

「――あっ」


 や、やばっ、またうっかり転生バレポイント作っちまった。

 えーと、いや、誤魔化さずにちゃんと言うか。


「料理を作った人にもだけど、お肉になる前の命そのものや、野菜を育ててくれた人、それを店に売ってくれた人とか、そもそもの料理のレシピを考えた人、そういう、ごはんに関わる全ての人とか繋がりへの感謝というか……」


 実際の意味とは違うかもしれないけど、まぁ、そんな感じのはず。

 ――前世では、母にそんな事するなって怒られてからはしてなかったけど

 ……なんだか自然としてしまってた。小学校の給食の時は、当たり前の様にしてたから、それで体が思い出したのかも。

 形から、心がこもるって、こういう事か。


「素晴らしいです」

「……本当に?」

「はい、あの、私もこれから同じようにさせていただいても」

「あ、も、もちろん」

「それでは――ごちそうさまでした」


 そう言って、手を合わせたメディを見て、俺はなんだかおかしくなって笑ってしまった。最初はきょとんとしてたメディも、俺につられて笑い始めた。

 ――そして食器の片付けをした後に


「よし、それじゃ行こっか!」


 朝の悪夢も吹き飛ばして、俺は玄関の扉に向かおうとした、だが、


「ご主人様、お忘れですか? 今日からはベランダが玄関ですよ!」

「あ、そうだった!」


 慌てて踵を返して、大きなベランダに――ちょっとしたキャンプができそうなくらいのスペースに出る。後ろでメディが、ガラス窓の扉に鍵をかける中で、


「――すっげぇ」


 俺は思わず声を漏らす――学園の下宿が立ち並ぶ大通り、四車線あるくらい広い道幅に、

 ドラゴンが――様々なドラゴンのタクシーが、空を飛んでいた。

 赤青黄色、コバルトにオレンジ、様々な色彩の翼を生やしたドラゴン達が、その背に座席と竜騎手ドラゴンライダーを乗せて、学園目指して飛んでいく。

 色とりどりのドラゴン達が埋め尽くす、空と街の様子は圧巻だ。


「今日は学園の登校初日、ドラゴンタクシーも稼ぎ時ですものね」

「ああ、でも、どれに乗せて貰おう?」


 愛嬌のある顔つきをしたドラゴン達、どれに声をかけるか迷ってた時、


「おーい、二人とも、どいてくれぇ!」

「えっ?」

「わっ!?」


 え、なんか、ベランダ発着場に、他のより一回り大きなドラゴンが降りてきた!?

 バサァッ! っと、羽をはためかせる、背に客席を馬の鞍のような器具でつけた、大きい、けど愛らしい顔つきの黒いドラゴンだ。

 50歳くらいでロマンスグレーの運転手さんが乗ってて、俺達にニカッと歯を見せて笑いかける。


「も、申し訳ありません、押し売りの類いは」


 手もあげてないのに、無理矢理乗せようとするのはマナー違反、そう思ったが、


「いや、皇帝様の予約竜プレゼントだよ」

「え!? エンペリラ様が!?」

「ああ、うまい菓子の礼だってさ、ほら乗りな!」

「は、はい!」


 思わぬ名が出てきた――俺とメディは慌てて、ドラゴンの座席にかけられたはしごを使って昇ったら、ふっかふかな座席に座る。


「それじゃ行くぜ、俺の相棒は、サラマンダーよりずっと早いぞ!」


 そう運転手のおじさんが言った途端、ドラゴンはピエェェッってかわいくいなないた後、一気に舞い上がる!


「わわ!?」

「きゃあっ!?」

「しっかり掴まっておけよ、特別サービス、いいもん見せてやるからさ!」


 学園じゃなくて、どんどん上へ上へと向かっていく、そしてドラゴンは静止すれば、


「わっ」

「――これは」


 座席から、見下ろす。

 それは空飛ぶ円卓帝国が――大地に影を落としながら、雲海をいく様子だった。

 中央に、皇帝の城があって、その周りに、六つの施設が等間隔ロッピーチーズに配置されてて、

 その中には、俺が今日から通う学園もあって。


「――こんな景色、私、見たの初めてです」

「ああ……」


 異世界に来てから16年以上経った、

 だけどこの光景は、現実には存在しないファンタジー夢の世界は、

 俺の心を熱くする。


「メディ」


 俺はだから、呟いた。


「学園で、友達、出来るかな」


 前世では、叶えられなかった事、もしかしたら、俺の心のからっぽを埋める事、

 何気なく呟いた俺の言葉を、


「はい、きっと」


 メディは、肯定してくれて、

 ――そして


「そういえば、【○。。】は結局どうされました?」

「……パスした」


 あまり聞かれたくなかった事に、俺は弱々しく答えるのだった。

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