「お、おはよう」
俺は少し緊張しながら教室に入った――その途端、
「おはよう、アルテナッシ!」
「アル、おはよう」
「試験一位と同じクラスとか、テンションあがるー」
沢山のクラスメイトが声をかけてくれる、ほっとして、笑顔を浮かべながら用意された席に着く。
「席隣だね、よろしく」
「早速だけど放課後暇?」
「カラオケに行かない?」
良かった、俺の学校生活、
皆が暖かく迎えてくれて。
……、
カラオケ?
そんなもの、異世界にはないはず、
≪学校って、何よ≫
――後ろから声がした途端
≪貴方は、不合格だったでしょ?≫
教室が、”異世界じゃなくて前世の学校の教室の風景”が、生徒達と一緒に消えて、
何も無いからっぽの景色の中、振り返れば、
――母さんの影が
≪失敗作め≫
そう言った瞬間、
「……あ」
……俺の視界に広がったのは知ってる天井、ぼやけてるのは、涙で瞳が滲んでる所為だ。
「……なんて夢」
ゆっくりとベッドから体を起こす、ここはメディと一緒に三日かけて見つけた、学園生徒用の下宿。石と木で作られた五階建てアパートの最上階、2LDKでとても大きなベランダ付き。
昨夜は今日を――学園の登校初日を楽しみに、ベッドに入ったのに、こんな夢を見てしまった。
まだ家具も少ない俺の部屋、用意した棚に飾った、子供の頃の俺が、笑顔を浮かべてる写真をみつめる。
……これは、俺が欲しかった夢、現実にはなかった物。
【笑顔】を取り戻したと思ってたけど、
それで
暗い気分のままベッドから降りて、寝間着を脱ぎ、枕元においていた、メディがアイロンがけしてくれていた制服に着替えてから、部屋を出た。
「あ、おはようございます、ご主人様!」
テーブルに何かの料理が乗った皿を置きながら、メディは俺に元気に挨拶する、
「ちょうど出来上がったところです、どうぞ、席にお座りください」
だけど、
「……どうされました? 顔色が、優れないようですが」
「ああごめん、ちょっと、悪い夢を見ちゃって」
「それは、まぁ」
昨夜、メディは、腕によりをかけて朝食を作ると言ってくれた。
学園入学の準備が忙しく、ごはんは全て買った物ですませていた。だから、今日が初めて俺が彼女の料理をいただく日のはずだった。
だけど、食欲がわかない。
……元々前世でも、食事は
「だからその、朝ご飯、喉を通らないかも……」
折角作ってくれたのにと、謝ろうとした俺、だけど、
「……それは?」
窓から差し込む光を浴びて、キラキラと輝く黄色と紅の一皿が気になった。
「メイド長直伝、トマトトタマゴイタメターノです」
「トマトトタマゴイタメターノ」
そのまんまの名前通りの料理、ルビーみたいに鮮やかな角切りトマトが、ふわりと卵と炒め和えられていて。
……気付けば、俺は椅子に座っていて、そして、
「……いただきます」
自然と手を合わせてから、木のさじでそれを口に運んだ。
「――あっ」
まろやかな卵の味が、トマトの甘い酸味と一緒に、口の中でふわりと広がる。胸に優しい味だ。それに何より、
(――暖かい)
ゼリー飲料、脂が冷えて固まった惣菜パン、エナドリで流し込むサプリメント、
……味わう余裕もなく、胃へと押し込んでいた物とは、全く違う感想が口に溢れる。
正直、味はそこまで感じられない、多分、俺の舌は食事を
それでも、だ、
暖かくて、酸味があって、柔らかに甘くて、
メディが手ずから作ってくれた、そんな優しい味わいは、
「――美味しい」
そう俺に、自然と呟かせていた。
「よかったぁ」
嬉しそうなメディの笑顔、
「……メイド長から教わりました、朝の光が必ずしも、全ての人の心に届く訳じゃないと」
そう言って、アップルビネガーとドラゴンミルクのカクテルドリンクを、素焼きのコップに注ぎ俺の前におく。
「その時、朝食は、ほんの少しだけど人の心に火を灯す切っ掛けになると」
……本当だ、本当に単純だけど、美味しいものって人を元気にする。
そうだよな。
俺がこの異世界で、何かを手にしたからって、何もかもがスイッチみたいに切り替わらないし、トラウマも0になる訳じゃないし、心も急に強くならない。
だから、
「あ、パンも焼きましたので用意しますね」
「それはいいけど、メディの分は?」
そう、用意してくれた料理は一人分で、俺の目の前の席はぽっかり空いてる。
「あ、わ、私はメイドですので、ご主人様の後で」
「一緒に食べよ」
「ですが」
「確かに俺はご主人様で、メディはメイドだけど、友達でもあるだろ」
「……はい、わかりました!」
そう返事したメディは、急いで自分の分の朝食も用意した。
二人揃って、ごはんをたいらげた後、手を合わせる。
「ごちそうさま、美味しかった」
「……あの、ご主人様」
「何?」
「その、”いただきます”と”ごちそうさま”は、どういう意味でしょうか?」
「――あっ」
や、やばっ、またうっかり転生バレポイント作っちまった。
えーと、いや、誤魔化さずにちゃんと言うか。
「料理を作った人にもだけど、お肉になる前の命そのものや、野菜を育ててくれた人、それを店に売ってくれた人とか、そもそもの料理のレシピを考えた人、そういう、ごはんに関わる全ての人とか繋がりへの感謝というか……」
実際の意味とは違うかもしれないけど、まぁ、そんな感じのはず。
――前世では、母にそんな事するなって怒られてからはしてなかったけど
……なんだか自然としてしまってた。小学校の給食の時は、当たり前の様にしてたから、それで体が思い出したのかも。
形から、心がこもるって、こういう事か。
「素晴らしいです」
「……本当に?」
「はい、あの、私もこれから同じようにさせていただいても」
「あ、も、もちろん」
「それでは――ごちそうさまでした」
そう言って、手を合わせたメディを見て、俺はなんだかおかしくなって笑ってしまった。最初はきょとんとしてたメディも、俺につられて笑い始めた。
――そして食器の片付けをした後に
「よし、それじゃ行こっか!」
朝の悪夢も吹き飛ばして、俺は玄関の扉に向かおうとした、だが、
「ご主人様、お忘れですか? 今日からはベランダが玄関ですよ!」
「あ、そうだった!」
慌てて踵を返して、大きなベランダに――ちょっとしたキャンプができそうなくらいのスペースに出る。後ろでメディが、ガラス窓の扉に鍵をかける中で、
「――すっげぇ」
俺は思わず声を漏らす――学園の下宿が立ち並ぶ大通り、四車線あるくらい広い道幅に、
ドラゴンが――様々なドラゴンのタクシーが、空を飛んでいた。
赤青黄色、コバルトにオレンジ、様々な色彩の翼を生やしたドラゴン達が、その背に座席と
色とりどりのドラゴン達が埋め尽くす、空と街の様子は圧巻だ。
「今日は学園の登校初日、ドラゴンタクシーも稼ぎ時ですものね」
「ああ、でも、どれに乗せて貰おう?」
愛嬌のある顔つきをしたドラゴン達、どれに声をかけるか迷ってた時、
「おーい、二人とも、どいてくれぇ!」
「えっ?」
「わっ!?」
え、なんか、
バサァッ! っと、羽をはためかせる、背に客席を馬の鞍のような器具でつけた、大きい、けど愛らしい顔つきの黒いドラゴンだ。
50歳くらいでロマンスグレーの運転手さんが乗ってて、俺達にニカッと歯を見せて笑いかける。
「も、申し訳ありません、押し売りの類いは」
手もあげてないのに、無理矢理乗せようとするのはマナー違反、そう思ったが、
「いや、皇帝様の
「え!? エンペリラ様が!?」
「ああ、うまい菓子の礼だってさ、ほら乗りな!」
「は、はい!」
思わぬ名が出てきた――俺とメディは慌てて、ドラゴンの座席にかけられたはしごを使って昇ったら、ふっかふかな座席に座る。
「それじゃ行くぜ、俺の相棒は、サラマンダーよりずっと早いぞ!」
そう運転手のおじさんが言った途端、ドラゴンはピエェェッってかわいくいなないた後、一気に舞い上がる!
「わわ!?」
「きゃあっ!?」
「しっかり掴まっておけよ、特別サービス、いいもん見せてやるからさ!」
学園じゃなくて、どんどん上へ上へと向かっていく、そしてドラゴンは静止すれば、
「わっ」
「――これは」
座席から、見下ろす。
それは空飛ぶ円卓帝国が――大地に影を落としながら、雲海をいく様子だった。
中央に、皇帝の城があって、その周りに、
その中には、俺が今日から通う学園もあって。
「――こんな景色、私、見たの初めてです」
「ああ……」
異世界に来てから16年以上経った、
だけどこの光景は、現実には存在しない
俺の心を熱くする。
「メディ」
俺はだから、呟いた。
「学園で、友達、出来るかな」
前世では、叶えられなかった事、もしかしたら、俺の心のからっぽを埋める事、
何気なく呟いた俺の言葉を、
「はい、きっと」
メディは、肯定してくれて、
――そして
「そういえば、【○。。】は結局どうされました?」
「……パスした」
あまり聞かれたくなかった事に、俺は弱々しく答えるのだった。