「ああ、もう、ムカつくぅ!」
――円卓帝国聖騎士団本部
蒼く白い巨石を加工して作られた壁に囲まれた、鏡のように磨かれた円卓の席、そこに座った〔猛る聖火のフィアルダ〕は、己の苛立ちを全くに隠そうとせずだ。
時は、帝国学園入学式が終わって、アルテナッシが四
今のフィアルダの憤りは、新入生代表として皇帝の前に出られなかった事が理由では無い。
「なんなのよあの狼男、アルの匂いだの、私が嫉妬だの!」
突如己に絡んできた、獣人族の青年相手にだった。転んで足がグネった事に関しては己の過失、だが、ともかくもフィアは、己の赤い髪ごと感情を燃やしていた。
「本当、なんだったのよ、あの、バカァァァッ!」
そう、己の二つ名に相応しく、猛る気持ちを抑えない彼女だった、だが、
「――全く同意致します、獣人は、愚かな生き物です」
スクウェアタイプのメガネをかけ、スメルフよりも更に高い背に、聖職者風のいでたちを纏った、白色の髪を
高くもなく、低くもない、中性的な声を以て、
「聖女であるセイントセイラ様にすら見放された、卑しく、悲しい、哀れな
そう、小さな女神像を手に以て、涙を滲ませながらとうとうに語る。苛烈なその態度に対しては、
「え、いや、そこまでは言ってないんだけど……」
流石のフィアも
だがそんな中で、
「獣人もだけど、庶民も庶メイドも大嫌いです!」
〔暴れ知聖のアシモチャン〕が、
「私のかわいいアイザックくんが、ドワモフ族さんの職人さん達の手を借りても
と、アルテナッシとメディクメディではなく、その
だけどこれは体験からではない、教育の
――選民意識
社会が形成される上で、特権階級が陥りがちな考え方、同じ飯を食い景色を見て歌を奏でる相手なのに、
昔ながらの素朴な暮らしをしていた人達を、文明に乗り遅れたかわいそうな人達と、無理矢理に自分達の
フィアは、正直に思う。
(ちょっとは覚悟をしてたけど、ここまでとは思わなかった)
ともかく、話が合いにくい。彼等にとって獣人や庶民や従者というのは、同じ人間ではないからである。フィアはここに来るまでは、”特権階級は人間に差がない事を知りつつ自分の都合の為に分けている”と考えていたし、実際そういう者もいるのだが、彼等の一部は本気でそう思ってるのだ。
何故そうなったかは――アシモチャンが見るとよくわかる。
(それが善い事だって教えられたら、それを疑うのは難しいわよね)
アシモチャン、聖職者、その他にも多くいる聖騎士団の者達、きっと多くが、壁があり、それを乗り越ないようにする事は、善悪以前に”自然”だと思っているのだろう。
……だけどそれでも、
「そこまでにするべき」
例外は、存在する。
「こういう場で個人の好き嫌いを、社会の正誤のレベルに引き上げて語るべきじゃないべき」
例えばそれは、そばかす顔にベレー帽を被り、鉛筆を握って、クロッキー帳に忙しなく腕を動かす存在、【眼聖】スキルを持つ女性、〔絵師は見る人ドロウマナコ〕もそうであるし、その言葉に同意するよう、うなずく
何よりも――
「ああ、マナコの言うとおりだよ」
円卓の中でも一際に、凜々しく、それでいて涼やかな声を奏でる女騎士もだ。
そう、そもそもフィアだって、この
彼女に出会っていなければ、聖騎士団に入っていたかも解らなかった。
「価値観を変えるのは難しいのは解るが、皇帝陛下は我々にも、壁を越える事を望んでいる」
「し、しかし、セイラ様はもちろん、聖都の聖女様もきっと」
騎士は、女神像を握る者の言葉を遮るように、
「――どうか私に、任せてくれないだろうか」
そう言って、彼女は、
金色の美しい髪を、
女性平均より高い背、鍛え締まった肉体を、
その背の鞘に、壮麗たる装飾を施した、両刃の剣を納めている彼女は、
「〔何も無しのアルテナッシ〕」
そのキツリとした表情で、皆に、笑みを浮かべながら、
威風堂々としたその声で、
「私は彼の全てが欲しい」
そう告げた。
――〔剣聖ソーディアンナ〕
聖騎士団団長である彼女は、その決意を円卓に落とした。