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5-10 神様という嘘

 ――嘘

 人であるなら、誰もが使えるスキル。

 それは時に武器にもなるし、誰かを救う力にもなる。

 だけど大抵、嘘というのは、

 人の心を傷つける。

 他人はもちろん、自分ですらも。


「嘘?」


 ――遺跡の内部、女神像が立つ場所で


「まさか聖女様は、この女神像は、私が捏造したものだと言いたいのですか?」

「……せやね」


 セイカ様は、女神像に触れる。


「〔神探しのゴッドフット〕、君の功績は、うちの耳聖国の女王にも届いとるよ、大陸中のあらゆる場所で、1000年前、この世界を救う力を――」


 セイカ様は、


「スキルを、うちら人々に与えてくれた、セイントセイラ様の痕跡を、女神像やらレリーフやらを見つけてるって」


 その事を、真顔で言い切る。


「ええ、ええ、その通りです! 私は女神の意思に導かれるままに、セイラ様の威光を、穢れた者達に取り戻しているのです!」

「――穢れたって」


 それはきっと、オーガニ族さんのような、女神様を信仰しない人達。

 ……ゴッドフット先輩にとって、それは真実なんだろう。

 だけど俺はその考え方は、間違っていると思う。

 きっと、セイカ様も同じ事も。

 ――ゴッドフット先輩は、それでも語る


「ああ、何故私を疑うのですか、聖女様、この像は正真正銘、この遺跡の中にあったのですよ!」

「――せやね、それはそうやと思う」

「それならなんですか、私以外の誰かが、先回りしてこの場所に女神像を運び込んでいたと?」


 そこで先輩は、そんなはずはない! と言った。


「私は常に一人で神を探しているのです! 行先も告げずに! そんな輩が絡む事はあり得ない!」

「うん、それはうちも信じとるよ」

「それならば何故!」


 ……そこで、セイカ様は、黙ってしまう。

 ああ、そうだ、

 きっと、本当の事を言うのが辛いのだろう。

 ゴッドフット先輩の気持ちが、信仰心が解っているから。

 だから俺は、


「――先輩」


 俺が、セイカ様の代わりになるように、聞いた。


「その女神の小像は、どうやって手に入れられましたか?」


 この問いかけに、先輩は、四角い眼鏡をクイッと押し上げて、

 こう言った。


「2年前、"スライム"を倒して手に入れました」


 ――ああ、やっぱり


「嗚呼、思えばあの日から、この像と供に、私の神探しは始まったのです!」


 ……そう、

 ウソ、という言葉で、最後の問題を埋めた途端、

 俺は、先輩が手に持っている像の正体が解ってしまった。


「幾多の困難もこの女神様の像があるからこそ乗り越えてきたのです、これからも」


 ――その正体を


「――スライムなんよ」


 セイカ様が、告げた。


「……え?」


 呆然とする先輩の前で、セイカ様は、決意を固めたように、


「その小像は、スライムなんよ」

「……何を、おっしゃっているのですか?」

「スライムは、倒されそうなったら、相手の欲望信仰に合わせたアイテムに化ける、そして、心に隙間が出来たら、憎悪を流し込んで乗っ取る」

「な、何を、聖女様?」


 ああ、当たり前かもしれないけど、セイカ様も、スライムが、どんなモンスターであるかを理解してた。

 ――人の心の隙間に入り込む魔物最強


「だからきっとこの女神像も、そのスライムが、自分の体の一部で作り出した偽物なんよ」

「――何を」


 多分だけど――先輩が調査に訪れて、この遺跡の隠し扉を開けた時は、部屋の中は当然に暗かったんだろう。

 この空間を道具か魔法の明かりで、ゴッドフット先輩がテラス前に、小像スライムから分離した体が、女神の痕跡に化ける。

 十分考えられるロジックの前に、


「何を、言って」


 先輩は色と、そして、言葉を失った。

 俺ならともかく、他ならぬ聖女様の言葉だ。信じるしか無い。だけど、

 ――それでも信じがたいのだろう

 ……ただ呆然と立ち尽くすゴッドフット先輩に、


「ゴッドフット君」


 セイカ様は、


「その像を渡して」


 手を差し出す、


「君の為に、君を救う為に、【奇跡】を使う」


 ……押し黙る先輩、だがやがて、

 おこりが起きたかのように、体をぶるぶると震えさせる。


「こ、この像が、スライム? 私が今まで、見つけた痕跡も、全て、全てスライムが作った物?」

「ゴッドフット君」

「違う、そんな、そんな訳がない! 違う違う違う違うぅっ!」


 先輩が叫んで、そして、


「あかん、心を強ぉもって!」


 ――セイカ様が叫んだその時

 先輩の握った小さな像から、黒い闇が溢れ出す!


「え、あ、な、なんだ!? あ、あぁぁぁぁ!?」

「先輩!」


 やがて先輩の握った小像は形を無くす――いや、部屋中央の女神像までも、溶けるように柔らかくなって!


「うわぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴をあげるゴッドフット先輩を、そのまま覆い被さるように飲み込んだ!


「ゴ、ゴッドフット君!」


 肥大するスライムの中央で、溺れたようにもがくゴッドフット先輩、それを見て叫ぶセイカ様に、


「セイカ様、こっち!」


 俺が声をかけたらなら――慌てて先輩の傍から離れて、俺の隣にまで逃げてくるセイカ様、

 そうしている内に、俺達の目の前で、スライムは黄金色の半透明の体を輝かせっていった。体内でもがきあがいていた先輩だったが、やがて、

 ――動きを止めた

 ……だけど、静寂は長く持たずに、


「……嘘、今までのが嘘、私のしてきた事が、女神の痕跡が、全て」


 先輩は、


「――それが」


 スライムの中から、


「それがなんだと言うのです!?」


 苦しそうな――悲痛で叫ぶような笑顔を浮かべた。

 その表情と共に、雷鳴が如き声が放たれると同時――黄金こがねに輝くスライムの体に反して、中央にいる先輩の体には、黒いもやもやとしたものが纏わりつきはじめる。

 体が、心が、憎悪に乗っ取られようとしている。


「嘘も方便! そうだ、例え偽りであろうとも、信じれば真実!」


 憤る先輩に、


「せ、先輩、落ち着いてください!」


 俺は声をかけたけど、


「私に話しかけるな穢れた存在がぁっ!」


 そう、俺に対し激昂するゴッドフット先輩に、セイカ様は、


「もうやめぇよ!」


 叫ぶ、


「もうこれ以上、皆に、自分に、嘘を吐くのはやめよ!?」


 そう、スライムの中心にたたずむ先輩に、必死に言葉をかけるけど、先輩は悲痛な面持ちのままに、


「ああ、聖女様、聖女様! 女神の血を引き、この地に生まれ変わり続けていると謡われる貴方が、どうして奇跡を!」


 こう、叫んだ。


を信じようとしないのです!」


 その言葉には、一切の迷いが無いように思えた。

 そして最早先輩は、


「最早この言葉すら届かないのであれば――救済が必要です!」


 聖女様すら否定しなければ、自分を保てないようで。

 そして、先輩を飲み込んだ黄金色のスライムは、


「私が、真の聖女になって!


 まるで先輩の願いを叶えるように、不定形の体を変化させていって、

 そして、


「貴方を!」


 巨大な女神となり、そして、

 ――{神聖災罪ゴッドフットフェイカー}

 そのネームド名前と、


救う殺す!」


 ――意思を叫ぶ

 ……女神の形となったスライムは、まるで威光を誇るかのように、ますますその体を膨らましていく。

 スライムの黄色く輝く黄金半透明の体の中で先輩は、


「ははは、あははは」


 笑っている。


「あーはっはっはっは!」


 泣きながら。

 ……女神の巨躯は膨らんでいき、ついには天井に達しった。その事で、建物全体が揺れ始めた、だけど、

 その喧噪の中でも静かにセイカ様は、

 問いかける。


「誰が君を、そこまで追い詰めたん?」


 そのセイカ様の言葉を聞いて俺は、


≪こんな物、残しておける訳ないでしょ!≫


 母との思い出トラウマが、閃光フラッシュバックのように浮かんだ。

 ……俺のトラウマが、心がからっぽになった過去が思い出される時、起こる事は三つ。

 一つ目は、世界がモノクロームになって、停止する、そして二つ目は、

 トラウマは母の影となり、俺に語り続ける。


≪オール5じゃない成績表って!≫

≪こんな結果を出して、恥ずかしいと思わないの!≫

≪もういい、修正する!≫

≪貴方は完璧じゃないと許されないのよ!≫


 ……そう言って母は、俺の成績表の数字を、全部、赤いマジックで5に書き換えた。

 そしてそれは、俺の勉強机の前に貼りだされた。これを現実にする為に、勉強しろって。

 そんな、俺のトラウマの隣で、

 ――起こる事の三つ目


≪結果を出してくれないと困るんだよ≫


 他人のトラウマも、見えてしまう。

 ……ゴッドフット先輩らしき影が、沢山の、聖職者のような人達の影に囲まれている。


≪なんの為に君を聖騎士団にねじこんだ≫

≪女神を信じぬ愚か者達を救う為なのですよ≫

≪信仰を集めろ≫

≪手段は問わない≫

≪全ては、神の名の下に許される≫

≪結果を出せ≫

≪出せ≫

≪出せ≫

≪出せ≫


 ――これがゴッドフット先輩を追い詰めた者の正体

 先輩の、トラウマ。

 ……勝手に人の心を覗く行為、許されるべきじゃないかもしれない、

 だけどこれは、必要な事なんだ。

 だって俺のスキルは自分と、そして、

 誰かの心を救う為に、セイラ様がくれたスキルのはずだから。

 ――俺は一度目を閉じて、そして


「セイカ様!」


 思いっきり開けば――世界は色を取り戻し、再び時間が流れ出す!


「俺に力を、【奇跡】を貸してください!」

「――解ったぁ!」


 ――決意を固めた俺達二人の前で


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ゴッドフット先輩が雄叫びをあげた瞬間、天井の崩落が始まった。

 ――遺跡の崩壊

 このままここに居たら死ぬばかりの危機的状況、そんな中で俺は、

 ――ステータス画面のスキル欄を開く

 穴埋め問題は全て攻略した!

 ○○スキルはレベルアップして、強力なスキルが使えるようになってるはず!

 そう思い、俺が、

 メニューを開けば、


 【穴埋め最終問題】スキル -ランク Lv2

 スキル解説[全部漢字で埋めてね!]


 【○○○○】 [今日一日を振り返って]


「追加の問題ぃ!?」

「アル君!?」


 遺跡がどんがらがっしゃーんと崩れ落ちる中、

 俺は、俺の心の中の女神様が、こういう事するタイプなのを思い出した。

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