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第18話 続・反射能力向上訓練

「う……ん」


 ソラが目を覚ますと、視界には木々と、木漏れ日がまず目に入った。ソラは次第に状況を理解し飛び起きる。


 傍らには切り株に座り読書に勤しむエイラリィと、自分の顔を心配そうに覗き込むプルームの姿があった。


「あれ、俺プルームちゃんとの訓練の途中で」


「ごめんねソラ君、私加減したつもりだったんだけど」


 するとエイラリィは読んでいた本を閉じ、おもむろに口を開く。


「怪我は私の竜殲術りゅうせんじゅつで治癒しておきました」


「エイラリィちゃんの竜殲術りゅうせんじゅつ? ああ、そうかエイラリィちゃんも聖衣騎士だったよね」


 先程、礫が直撃した胸部に触れながら、そこに怪我も痛みも無い事にホッとしながらソラはエイラリィに言った。 


「はい、〈癒掌いやしのて〉それが私の持つ竜殲術りゅうせんじゅつで、他者の傷を癒す力があります」


「ちなみに、ソラ君が団長に投げられて気絶した時も、エイラがソラ君のこと治癒してくれたんだよ」


「そうだったんだ、ありがとうエイラリィちゃん。つーかエイラリィちゃんがこの場にいるってことは俺がこの訓練で怪我するって折込済みだったって訳か、あのドエス団長め」


 ヨクハが苛烈な修業の内容を伏せていた事に対し、憤りながらぼやくソラ。


「そんじゃあプルームちゃんもう一丁頼むよ」


 そして自身に負傷が無く万全な状態である事から、ソラは勢い良く立ち上がると、プルームに依頼した。


「もう止めた方がいいんじゃないですか?」


 するとソラのやる気とは裏腹に、修行の中断を提案するエイラリィ。


「さっき、あなたはまるで反応出来てませんでした。やはりこの訓練、蒼衣騎士であるあなたが達成するには無理があります。あなたはこの訓練に乗り気ではなかったですし、丁度いいじゃないですか」


 そんな忌憚の無い意見を述べるエイラリィに対し、ソラは意外にもふと笑みを浮かべた。


「それは出来ない相談だよエイラリィちゃん」


「どうしてですか?」


 そう問われ、ソラはこれまでの己を振り返る。エリギウス帝国で蒼衣騎士のまま十五の誕生日を迎えてしまい、騎士になるのはもう諦めざるを得なかった。しかしひょんなことからエリギウス帝国を追われて、この騎士団に身を寄せて、何やかんやで騎士としてやっていく事となった。


 そして、笑みを浮かべて答えるソラ。


「また騎士になるチャンスに恵まれた以上は全力でやるよ。痛いのとかきついのは嫌だし、泣き言とか文句とかは癖みたいなもんで俺の性格上めちゃくちゃ漏らすけどさ。でも何だかんだで嬉しいんだ。まだ希望を捨てずに済んで……何て柄にも無いこと言ってみたりして」


 本人の言う通り、突然の柄にも無い真面目な態度にエイラリィは少し動揺した。


「……なら好きにしてください」


 そんな自分にハッとしたのか、少しだけ頬を赤くし、そっぽを向いて返すのだった。


「よしプルームちゃん、続き頼む」


「うん、わかった」





 それから、夕刻まで訓練は続き、ソラは結局ただの一度もプルームの放つつぶてを斬って落とす事は出来なかった。


 夕食時、そこには腹部を押さえながらプルームに肩を借り、よろよろとした様子で食堂へと向かうソラと、その後ろを歩くエイラリィの姿があった。


「いたたた、はあ、まさか途中でエイラリィちゃんの刃力が切れるなんて」


 あまりにもソラの失敗がかさみ、竜殲術を幾度も使用したエイラリィは刃力が途中で尽きてしまい、最後は治癒することが出来なかったのだ。すると、食堂の扉の前には、腕を組みながら佇むヨクハの姿があった。


「調子はどうじゃ?」


「団長! こんなやばい訓練なら事前に言っておいてくれないと、俺本当に何度死ぬかと思ったか。朝からカナフさんと一緒にひたすらダッシュさせられて、大砲みたいな石何度もぶつけられて」


 ぼろぼろな状態で必死に詰め寄ってくるソラに、ヨクハはたじろぎながら返す。


「な、情けない声を出すな阿呆、仕方無いじゃろ、お主が騎士として戦場で戦えるようにするにはこれでも足りないくらいじゃ」


「くっ、ぐうの音も出ない」


 そんなやり取りを見ていたプルームが、ふとソラに問いかける。


「どうして? ソラ君はどうしてそうまでして騎士として戦いたいの?」


 エリギウス帝国を離反したソラが、蒼衣騎士でありながら騎士としてエリギウス帝国と戦おうとしている理由。それをヨクハ以外の団員はまだ知らなかったのだ。


「ああ、こやつは会ったこともない第ニ騎士師団の師団長に焦がれておってな、戦場で出会って色恋に発展させたいらしいぞ」


 以前ソラが語った事を、ヨクハはプルームとエイラリィにそのまま伝えた。それに対しソラはそれを否定する事もせずに繋げる。


「え、あ……そうなんだよなあ。まあ俺は皆みたいな崇高な戦う理由なんて持ち合わせてないし、正直エリギウス帝国のやってる事とか、オルスティアを守る事とか、俺的にはどうでもいいと思ってて、はは」


 その言葉自体はソラにとって嘘偽りの無い真実の言葉だったのだ。そしてそれは皮肉にもプルームとエイラリィに素直に伝わってしまう。


「酷いよソラ君!」


 すると突然、ソラの発言に不快感を顕わにするようにプルームが叫んだ。


「今日ソラ君が、一生懸命頑張っているのを見て、そして何度も立ち上がる姿を見て、私もエイラも凄く勇気をもらった」


「……プルームちゃん」


「この本拠地の聖堂はね、元々孤児院だったんだ」


プルームが不意に明かす真実に、ソラの表情に少しだけ影が落ちる。


「団長とシオンさん、カナフさん以外の皆は、ここの孤児院で育った孤児だったんだよ、勿論私もエイラも」


「……そうだったんだ」


「皆少なからず辛い目に会って来た。重い過去だって背負ってる。だからこれ以上私達みたいな人間を増やしたくない、そういう信念で戦ってるんだよ。今日のソラ君の姿を見て、言葉を聞いて、私はソラ君もそうなのかなって勝手に思ってた。なのにそんな言い方……」


 失意を露にしながらそう言うと、プルームはその場から走って立ち去って行ってしまった。そんな姉を見てエイラリィはソラに伝える。


「ソラさん、姉さんは、今日のあなたの姿を見てだけでなく、蒼衣騎士という弱い立場でありながら、あの教会の民間人を守ろうとしたあなたの姿を見た時から、騎士としてあなたを尊敬していたんですよ。少なからず私も……でも、見込み違いだったようですね」


 そう吐き捨てると、プルームの後を追ってエイラリィもまたその場を走り去って行く。


「やれやれ、お主も損な性格じゃのう」


 するとヨクハは、ソラにそっと言いながら肩をすくめ、その場からゆっくりと去って行った。


 そして肩を借りる相手が居なくなったソラはその場から動けず、立ち尽くすのだった。


「お願い……とりあえず誰でもいいから戻って来てほしい」

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