その日の夜。
島には静けさだけが漂い、月の明かりが闇を照らす、そんな夜更けにプルームは目が覚めた。
戦う理由はそれぞれなのに、ソラに酷い事を言ってしまった。自分の価値観を押し付けてしまった。そんな後悔で完全に寝つけていなかったのだ。
プルームはエイラリィと二人部屋の自室を出て、夜風に当たりに宿舎の外に出た。すると何かが風を切る音が何度も聞こえてくる。
雲にかかった月の僅かな光に照らされながら、闇夜の虚空に向かい何度も何度も剣を振り下ろす何者かがそこに居た。そして月にかかる雲が流れると、光が強くなり、剣を一心不乱に振り続ける人物の輪郭が顕わになる。
「ソラ……君?」
その人物とはソラだったのだ。
ソラの短い呼吸と共に
「お、あやつまだやっておるな」
「団長」
それを見つめるプルームの横に、ヨクハが現れて、並び立った。
「わしが見かけてから、かれこれ数時間は経過しておる」
ヨクハの何気ない一言で、プルームがふとソラに視線を向けると、ただひたすらに剣を振るその姿に、凄まじい集中力とただならぬ何かを感じ生唾を飲み込む。
「ちなみに昨日もやっておったぞ」
「え?」
恐らく毎日続けているのだろうとヨクハは語る。ヨクハがソラと出会った初日、握手を交わした時、ソラの手は普通の騎士が持つ手では無かった。幾度となく皮が破れ、豆が潰れ、血が滲み、固く硬く堅くなったその掌は数カ月やそこら剣を振っただけで出来上がるそれでは無い。
ヨクハからそれを聞き、ソラの持つ意外な一面にただただ言葉を失うプルームであった。するとようやく鍛錬を終えたであろうソラが、ヨクハとプルームの姿に気付き、近付いてきた。
「あれ? 団長とプルームちゃん? 起きてたの?」
「あ、そ、ソラ君、ごめん覗くつもりじゃなかったんだけど」
「日中あれだけしごかれて、鍛錬をあれだけ嫌がっていたお主が更に夜中に独り鍛錬とは、随分と精が出るのう」
すると、感心した様な口振りのヨクハに対しソラは、どこか不思議そうな顔で返した。
「え、いやいやこれは鍛錬なんかじゃないよ」
「なに?」
「ただの約束なんだ。一日一万回剣を振る。どんなに疲れた日でも、どんなに悲しい日でも、どんなに死にそうになった日でもこれだけはやる。ある奴とそう約束したからな」
約束……その言葉に何やら深い事情を察したヨクハがソラに尋ねる。
「……いつからなんじゃ?」
「えっと、五年前からかな」
「五年前から一日も欠かさず……か?」
「ん? ああそうだけど」
さらっと言い放つソラ。そのあまりにも常軌を逸した日課に、さすがのヨクハも唖然とせざるを得なかった。
「あっやばっ、もうこんな時間だ! 明日の朝も島ダッシュしなきゃならないし、少しでも早く寝ないと。じゃあおやすみ団長、プルームちゃん」
すると懐の時計を見て、ソラは焦ったように騎士宿舎へと走って入って行くのだった。そんなソラの姿を見て、ヨクハは口の端を上げた。
「あの尋常ならざる剣撃、その秘密がこんな所にあったとは。やはり思った通り面白い奴じゃのう」
※
翌日、竹林での反射及び動体視力強化訓練を再開するソラ達。
「今日も宜しく、プルームちゃん、エイラリィちゃんも」
「うん、それじゃ始めるけど……」
昨日と同じようにソラと距離を取り相対するプルームだが、昨日のやり取りのせいか、プルームはソラに対しよそよそしい態度を取るのだった。
「よし、来い!」
しかしそんな事お構いなしに、珍しくやる気に満ちた様子でソラは剣を構えて待つ。そしてプルームの額に剣の紋章が浮かび上がり、一つの石の
一方、そんなやる気満々のソラとは裏腹に、プルームの頭には昨日の事が離れずにいた。
ソラとは短い付き合いではあるものの、態度は飄々として掴み所が無いが決して軽率な事を言う人間ではない。だがエリギウス帝国のしている事やオルスティアを守る事がどうでもいい、ソラの口から出たそれはとても嘘とは思えなかった事。
だがその夜、一心不乱に剣を振るソラが、とても何かを背負わずに戦う者には見えなかった事。そんな二つの矛盾がプルームの頭の中でぐるぐると渦を巻いていたのだった。
――ソラ君、君は……
「姉さん!」
エイラリィの叫びで我に返り気付く。思考に気を取られ、無意識の内に〈
凄まじい速度で放出された礫がソラに直撃し、ソラは後方に吹き飛んだ。
「ソラ君!」
すぐさまソラに駆け寄るプルーム。そしてエイラリィ。
「ごめんソラ君、私考え事してて加減を忘れて……エイラ、すぐにソラ君の治癒を――」
直後、ソラは何事も無かったかのように自力で立ち上がり、それを見てプルームは気付く。
「今の、剣で受け止めて――」
プルームの言うとおり、ソラは
「おおっ、ようやくちょっとだけ見えてきた気がする」
そしてソラは自分に感心したように呟くと、プルームに告げる。
「プルームちゃん! 今の感覚忘れない内にどんどん頼むよ」
「え、あ、うん」
※
それからソラは来る日も来る日も
プルームの額には剣の紋章が浮かび上がり、その周囲には無数の
「ぐっうっ!」
ソラは己に飛来するそれを剣で受け流していくが、四肢を掠った
両断された
「はあはあはあ」
肩で息をしながら残心をするソラにプルームとエイラリィが駆け寄った。
「凄いよソラ君、もう直線的な動きならいくつでも捉えられるようになってる」
「ああ、プルームちゃんとエイラリィちゃんのおかげだよ」
「正直驚きました。蒼衣騎士のあなたがこの短期間でここまで反応速度を飛躍的に上昇させるとは、凄まじい執念ですね、いや下心とでも言うべきですか」
「あの……エイラリィちゃん、何か棘があるよ、素直に褒めてくれる?」
「とりあえずこれで修行の第一段階は完了だね」
「え? 第一段階?」
”第一段階”だというプルームのその言葉に、嫌な予感を募らせて固まるソラ。するとプルームが告げる。ソラは既に前方から真っ直ぐ向かってくる攻撃には対応出来るようになった為、今度は曲線的な動きからの全方位攻撃。これに対応出来るようになればとりあえず訓練は終了だと。
それを聞き、かつてプルームに初めて出会った時の戦闘で、
「はあ、まだまだ先は長そうだこれは」
「たかが一週間程度で修行が終わるだなんて甘い考えをしている所がソラさんらしいですね」
皮肉たっぷりのエイラリィの一言、しかしソラはそれを聞いてハッとしたように顔を上げた。
「一週間! そうだ今日であれから一週間」
「それがどうかしましたか?」
「聖霊花、今日俺の聖霊花が咲く予定の日だ」
幼い少年のように目を輝かせながらソラが叫ぶと、ちょうど鍛錬場である竹林の中にカナフがやって来た。
「レイウィング、お前の聖霊花が咲いているぞ。見に行くといい」
そして聖霊花が咲いている事を告げる。
「ようやく俺の守護聖霊が判明する時が来たか」
ソラはそう呟くと訓練を中断し、聖霊花が咲く聖堂の裏の花壇に向かい足早に歩きだした。そしてカナフ、プルーム、エイラリィもその後を追う。