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第21話 第九騎士師団〈不壊の殻〉

 それから一ヶ月の時が経過した。


 竹林の中、そこには相も変わらずプルームと対峙し、飛び交う十個のつぶてと格闘するソラの姿があった。


 その場には今までとは違い、治療役のエイラリィが見守るだけでなく、ヨクハも腕を組みながらその光景を眺める。


 ソラが格闘するプルームの竜殲術りゅうせんじゅつで操られるつぶての軌道は、真っ直ぐに飛んでくるだけだった一ヶ月前のそれとは天と地ほども違う物である。


 目にも止まらぬ速度でソラの周囲を、曲線を描きながら旋回し、交叉し、飛び交いながら、まずは一つ目。ソラの背後から放たれたつぶてがソラの背部目がけて射出される。


 しかし、ソラはそれに反応、剣の腹を使った横薙ぎ一閃で叩き落とす。


 続いて、連続の射出。上部、前方、右方向の三か所からの同時に放たれた礫がソラに襲いかかる。


 対してソラは、上段からの一振りで上部と前方からのつぶてを斬って落とすと、すぐさま斬り返して右方向からの礫を斬り落とした。


 更に直後、ソラの周囲を飛び交う残り六つのつぶては、次々とあらゆる角度から放たれた。すると、そこに六つの剣閃が奔り、六つのつぶては全て両断され、地へと落ちた。


 そしてソラは、振り切った剣をゆっくりと腰の鞘へと納め……その場に仰向けで倒れ込んだ。


「はあ、しんど」


 ソラは肩で息を切らしながら、思わず呟いた。そんなソラにプルームとエイラリィとヨクハが歩み寄る。


「すごい、本当にすごいよソラ君。私全力で能力使ったのに全部防がれちゃった」


「確かに、一ヶ月でここまで出来るようになるなんて」


 ソラの訓練の成果に、プルームとエイラリィが素直に称賛していると、ヨクハは冷静な表情でソラに手を差し伸べた。ソラはその手を掴み、上半身を起こす。


「どうやら蒼衣騎士としては限界に近い程に反応速度を高められたみたいじゃな。合格じゃ、何とか間に合ったようじゃのう」


「間に合った?」


 ヨクハの意味深な一言に、ソラは怪訝そうに聞きした。


「今日エリギウス帝国潜入任務から帰ったシーベットからの情報でな、遂にとある騎士師団がレファノス王国に進撃を始めるようじゃ」


「え、レファノス王国に!」


 レファノス王国が進撃を受けると聞き、ソラは思わず目を見張った。


 十年前、当時のエリギウス王国がディナイン王国とイェスディラン王国を制圧し、三国統一国家エリギウス帝国となった後、レファノス王国とメルグレイン王国が双国連合騎士団〈因果の鮮血〉を結成してからは一進一退の攻防が続き、ここ数年は冷戦のような状態が続いていたからだ。





 その後、全騎士団員が聖堂へと集結し、ヨクハは説明を開始する。


「読んでいた通り、やはり攻めてくるのはディナイン群島空域を守護する騎士師団の一つ。第九騎士師団〈不壊ふえから〉じゃ」


「第九騎士師団〈不壊ふえから〉 ……っていうか読んでたってどういう事?」


 ヨクハの言葉に疑問を抱き、ソラが尋ねる


「わしらが二ヶ月前に第七騎士師団を撃破したのはお主も聞いたじゃろ?」


 エリギウス帝国と、レファノス王国及びメルグレイン王国、どちらも自国領域の防衛を重視し、攻めあぐねていた状態が続いていたが、帝国直属の騎士師団長が討ち取られ、実質一つの騎士師団が壊滅したことでエリギウス帝国もようやく打って出る気になったのだと、不敵な笑みを浮かべながら言い放つヨクハに、ソラは呆気に取られていた。


 そしてこれまでの膠着こそ最もヨクハが危惧している状態であったのだ。人口も、騎士とソードの数や質も、資源や資金も今のエリギウス帝国はレファノス王国とメルグレイン王国を大きく上まわっている。このまま黙っていては戦力差は更に開いていき、いずれはレファノスとメルグレインも一気に制圧されるのは目に見えている。ならば戦うのは今しかないのだとヨクハは説く。


「そうだとしても、襲撃されるのはレファノス王国なんだろ? この騎士団のやったことが〈因果の鮮血〉のせいにされて、レファノスが襲われるなんてレファノス王国は黙ってないんじゃ」


「いや、二ヶ月前の襲撃は、レファノスの国王とメルグレインの国王、双方と話し合って決めたことじゃ。失敗したとはいえ〈因果の鮮血〉は〈因果の鮮血〉で先月イェスディラン群島に奇襲を仕掛けておるしな」


 それを聞き再び口を大きく開けて唖然とした様子のソラ。


「何て阿呆面しとるんじゃ。この騎士団はどの国にも属してはいない独立騎士団じゃが、打倒エリギウスの目的を共にし、レファノスとメルグレインとは同盟関係にある」


「そ、そうだったの?」


 その時、カナフは神妙な面持で口を開く。


「……第九騎士師団〈不壊ふえから〉か」


「どうかしたんですかカナフさん?」


「エリギウス帝国にいたレイウィングは知っているとは思うが十二の騎士師団は基本的に数字が若い程強い騎士団、そして騎士師団長だ」


「ああ、それは知ってます。〈不壊ふえから〉は第九騎士師団で下から四番目だからまあまだマシなのか」


「いや、そうとも言えん」


 そんなカナフの意味深な発言に、プルームが思わず尋ねた。


「え、どういう事です?」


 するとカナフは静かに答える。第九騎士師団の師団長はこれまでただの一度も傷を負ったことがなく、操刃するソードはこれまでただの一度も損傷したことが無いという話を聞いた事があるのだと。


「何それ、それだけ聞くと滅茶苦茶やばい奴だな。騎士師団の数字は当てにならないってことなのか?」


 第九騎士師団長についての眉唾物の逸話に、動揺しながら呟くソラ。するとカナフが更に続ける。


「それだけではない、その師団長にはある噂があってな」


「噂?」


「戦場では必ず一人敵の騎士を生け捕りにし、本拠地へと連れ帰る」


「えっと人質とか交渉するためとかそういう為にですかね?」


「いや、拷問を楽しむためだ」


「うわぁ」


 あまりにも穏やかでないその行為に、ソラの顔から血の気が引く。


「あの、団長……もしかしてだけどまさかそいつらと」


「当然戦う」


「もしかして俺も?」


「当然じゃ、戦力は少しでも多いに越した事はない。その為にお主をこの一ヶ月修行に専念させたんじゃぞ、ただ飯食わせて」


「いやあさすがに無理だって、修行したって言っても一ヶ月石ころ斬ってただけだし、そんなんで蒼衣騎士の俺が戦場で戦える訳ないだろ」


 実戦を行うには早すぎる、そんな不安がソラを支配していた。早すぎる……いやそもそも蒼衣騎士である自分が戦力になる日が本当に来るのかさえ彼にとっては定かでは無かった。


 直後、ソラの必死な抗議を聞き、シーベットが意地悪な笑みを浮かべた。


「何だ新入り、お前蒼衣騎士だったのか? それじゃあ戦力としては期待出来ないじゃないか。まあでもいざとなったら盾替わりにはなるか」


「何て事言うんだシーベット先輩!」


「で、〈不壊ふえから〉はいつ進撃してくるんですか団長?」


 するとソラと周囲のやり取りにしびれを切らしたエイラリィが核心に迫る。


「明日じゃ」


「明日!」


 ヨクハのその答えに、その場の全員が思わず叫んだ。



 そこはあかの空域。灼熱の群島と言われるディナイン群島の内、第九騎士師団長が治める四つの島の一つアーグラ島。周囲を砂漠に覆われ砂塵舞う島の中央部に、〈不壊ふえから〉の本拠地城塞はあった。


 その一室の玉座に座るのは一人の若き女性。ディナインの民の特徴である浅黒い肌を持ち、金色の髪にはウェーブがかかる。そしてその顔には常に淑やかな笑みを浮かべていた。また漆黒の騎士制服の左胸には、竜の卵の殻が抽象的に描かれた紋章が刻まれている。


 女性の名はカチュア=オーディー。エリギウス帝国直属第九騎士師団〈不壊ふえから〉の師団長であった。


 カチュアの前には、後ろ手に手錠をかけられた筋骨隆々の中年の男が、二人の騎士に跪かされている。


「あなたが此度の反乱の首謀者さんかしら? 最近、反乱軍連合騎士団を名乗って各地で反乱を起こす連中が後を絶たないらしいけど、あなたもそうなの?」


 カチュアは淑やかな笑みを浮かべたまま、柔らかな声で目の前の男に尋ねる。


「……そうだ」


「どうして内乱なんか起こそうとしたの?」


 カチュアのその問いかけに、男は歯を軋ませて答える。


「どうして? どうしてだと? お前がこれまでにして来た事を忘れたとは言わせないぞ」


「ごめんなさい、全く覚えていないのだけれど」


「お前の政策に反対する民を、お前は一体何人虐殺したと思っている? これ程の圧政を強いれば民の反乱を招くのは当たり前じゃねえか!」


「酷いです。私は私なりに一生懸命領主としての責任を全うしようとしただけなのに」


 突然顔を伏せて、泣くような素振りをするカチュアに、男はたじろいだ。


「まあそれはそれとして」


 しかし、カチュアは顔を上げるとケロッとした表情を浮かべ言う。


「内乱の先導は重罪ですよ、あなたにはしかるべき罰を受けてもらいますからね」


 そう言いながらカチュアが後ろの壁に視線を送ると、そこには数多の拷問器具が並べられていた。


「丈夫で頑丈そうな殿方ですね、これならたくさん痛みを教えてもらえそうです」


 そして、もう一度男に視線を戻すと、狂気に塗れた笑みで舌なめずりをしてみせた。


「た、例え俺が死んだとしても〈亡国の咆哮〉が必ずお前達を粛正する!」


 直後、カチュアがいる部屋の外の扉を守る衛兵と思わしき二人の騎士は中から漏れる凄まじい悲鳴を聞き、あまりの恐怖に耳を塞いだ。



 数時間後。


 先程の一室には、玉座に座るカチュアの前に、〈不壊ふえから〉の騎士である一人の男が立っていた。浅黒い肌と坊主頭に近い金色の短髪、右目に付けた眼帯が特徴の壮年の男性は、第九騎士師団〈不壊ふえから〉副師団長、アールシュ=デュラル。


「アールシュ、レファノス王国のみどりの空域に進撃する用意は出来ていますか?」


 カチュアは頬に血を付けたまま、柔らかな物腰でアールシュに尋ねる。


「はっ、滞りなく」


「あなたには師団の四分の一、五十振りのソードと五十名の騎士の指揮を任せますから、必ずエリーヴ島の拠点を落としてくださいね」


「はっ」


「失敗したら、もう片方の目も……わかってますよね?」


 カチュアの笑顔での問いかけに、アールシュは冷たい汗を滲ませ、肩を震わせた。


「はっ!」

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