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第23話 気高き信念

 ソラ達が本拠地を出発し、ツァリス島が小さくなった頃、ソラはある事に気付いた。


「えっ、ていうかデゼル、お前聖衣騎士だったの?」


 ソラがふと気付いたのは、デゼルのベリサルダの背部推進刃から放出されている粒子が形成している騎装衣が金色である事だった。


『えっと一応、まあ……』


 照れ臭そうな声で答えるデゼルにソラは返す。


「そんな優しそうな感じ出しといて、本当はめちゃくちゃ強かったのかデゼルって」


『いや、僕はその……強いっていうのとは無縁っていうか』


 今度は照れ臭そうというよりは迷惑そうに答えるデゼルだったが、ソラはそんなデゼルの態度より

ももう一つ気付いた事があった。


「ん? じゃあこの騎士団には聖衣騎士が四人いるって事か?」


 ――こんな小さな騎士団に聖衣騎士が四人も居るとかどうなってるんだろうな本当。


 エリギウス帝国という大国にすら二十人弱しかいないと言われている聖衣騎士。固有に所持する能力は正に脅威であり、時に戦況を一変させる。それだけに騎士の戦力としてはどの国家も重宝しているが、その聖衣騎士まで覚醒出来る騎士は銀衣騎士の中でも更にほんの一握りである。故にソラが驚くのも無理のない事だった。


『聖衣騎士が四人とは何の事じゃ? うちに居る聖衣騎士は今三人じゃぞ』


 するとソラとデゼルとのやり取りを伝声器越しに聞いていたヨクハが割って入る。


「え? だってプルームちゃんにエイラリィちゃん、デゼルと、あと団長が……って」


 言いながら、ソラは気付きヨクハのムラクモを二度見した。


 ヨクハが操刃するムラクモの、背部推進刃から放出される粒子が形成する騎装衣の色は蒼。つまり――


「え! よ、ヨクハ団長、あんた蒼衣騎士だったのか?」


 聖衣騎士であるプルームとエイラリィが所属する騎士団の団長であるヨクハも聖衣騎士であろうと勝手に思っていたソラにとって、ヨクハが蒼衣騎士である事など全くの想定外であり目を白黒させる。


『ん? 言ってなかったか?』


「聞いてないよ。団長、あんな強者感出しといて俺と同じ蒼衣騎士とかやっぱり詐欺師だな」


『見習い騎士のお主と一緒にするな、というか誰が詐欺師じゃ! 大体わしは一言も自分が聖衣騎士だなどと言った覚えは無いぞ』


「それはそうだけど、プルームちゃんやエイラリィちゃんが聖衣騎士なんだからその二人が所属する騎士団の団長は当然聖衣騎士だろうと思うでしょ普通」


『大体お主は初めて会った時からだろうだろうばかりの思い込みばかりではないか、そんな事ではだろう操刃で思わぬ事故に――』


 そんなヨクハの小言を意に介さず、ソラは今度はシーベットの操刃するスクラマサクスに視線を移す。


「えーっとシーベット先輩は……」


『人の説教を無視するな!』


 イェスディラン群島で主に使われる量産剣スクラマサクスは緑色のカラーリングを基調とし、見るからに軽量な鎧装甲、兜飾りクレストはイェスディラン大陸産のソードの特徴である角を左右の側頭部に着け、敏捷性が重視された細く小さなソードであった。


「銀衣騎士か、うん普通だ」


『何かムカつく言い方だな』


 ――いや、それでも聖衣騎士が三人もいるなんて在り得ない。もしかしてこの騎士団って〈因果の鮮血〉よりも……いやそれは流石に無いか。


 この騎士団が意外にも強力な戦力に恵まれている事で、ソラは内心で揺れていた。それを知る由も無くヨクハがソラに語りかける。


『そう言えばわしらの騎士団の目的、お主にはまだしかと話してなかったな』


「騎士団の目的?」


『うむ、わしらの目的は至極単純。エリギウス帝国を打ち倒し、このオルスティアを解放する事じゃ』


「オルスティアを……解放」


 ソラはただ唖然とした。帝国と敵対する騎士団である以上、それを打倒するのが目標である事は当然であるのだろうが、この小さな騎士団が掲げる目標としてはあまりにも大きすぎる事がその一因だ。


『十年前に始まった統一戦役で、エリギウス王国はディナイン王国とイェスディラン王国を制圧し、三国統一国家エリギウス帝国となった』


 喋り方の割に普段は砕けた態度が多いヨクハの真剣な声のトーンに、普段飄々としているソラもまた話に真剣に聞き入った。


 オルスティア統一は確かに素晴らしい事である。長い戦争が終わり、世界は一つにと……誰もがそう信じた、そして願った。しかし統一国家というのは統一者次第で全てが上手くいきもすれば全てが狂いもする。今のエリギウス帝国皇帝アークトゥルスは各騎士師団長を各空域の領主と定め、統治権を一任し、半ば独裁のような現況を許している。このままレファノス王国もメルグレイン王国もエリギウス帝国に統一されれば、このオルスティアそのものが恐怖に縛られるとヨクハは語る。


 元エリギウス帝国に所属し、現況を間近で見て来たソラとカナフは、ヨクハの言葉に耳が痛くただ黙っていた。


『これは所詮理想でしかないが、やはり各国家は各々の信念の基、自由に気高く、互いに尊重しあって、そうやって存在していくことが理想だとわしは思う。少なくとも今のエリギウス帝国のしていることは理想とは程遠い』


「…………」


『じゃがオルスティアを解放すると言っても、団結した力で敵対する力をただ捻じ伏せたとしたら、今度はより強い力を持った解放者側が世界を縛る。結局は同じ事の繰り返し』


「だったら団長達は何で……」


『だからせめてわし達はどこにも属さず、誰にも縛られず、自由に気高く、そうやって世界の解放を少しずつ目指したい、そんな騎士団でありたいと、そう思うんじゃ』


 ヨクハの語ったその気高き信条と信念。その言葉はソラの心に突き刺さっていた。ソラ自身も気付かない程に心の深奥に。


『そしてそれをするにはまずは、エリギウス帝国の戦力の根幹、帝国直属十二騎士師団の師団長を一人ずつ討ち取っていく事が必要』


「一人ずつって、そんなに上手くいくかな? 騎士師団側が団結して襲い掛かってきたらさすがにひとたまりもないんじゃ……」


 確かに総戦力では圧倒的にエリギウス帝国が上であるが、皇帝アークトゥルスは各師団長の権利を保証する為に、師団長ごとに相互不介入条約を結ばせているとヨクハは言う。


 相互不介入条約。それは各師団長は、別の師団長が治める領空で定めた政策に介入する事が出来ないというものであり、つまりは各師団長が治める領空は各師団長に一任されるという事だ。しかしその代わり、各師団長が治める領空が侵されたとしても、他の師団長が介入する事は基本的に無い。


「あーそういえば養成所の座学で習った事があるような無いような」


『まったくお主という奴は……まあよい』


 ソラの惚けた発言を聞き、ヨクハは呆れたように嘆息するも、すぐに続けた。


『各騎士師団長は領主と同等に扱われ、治められる各領空がまるで独立した一国のようになっておる。そしてそれこそが蟻の一穴、わしらの付け入る隙でもある』


 エリギウス帝国の特性を利用した十二騎士師団の各個撃破。そしてエリギウス帝国の打倒とオルスティア解放を、この小さな騎士団の団長であるヨクハが本気で見据えている。ソラは改めてヨクハと、この名も無き騎士団の信念を思い知るのだった。


『総員、間もなくレファノス空域の一つ、みどりの空域に到達するわ』


 すると本拠地に居る伝令員、パルナから全騎士団員に伝声が入り、全員が前方の島々を目視する。


 みどりの空域に存在するのは四つの浮遊島。やがて浮遊島に近付くにつれ、その輪郭が顕わになっていく。


 一つ一つの面積の規模は、ヨクハ達騎士団の本拠地であるツァリス島とほぼ変わらないが、レファノス、メルグレイン、イェスディラン、ディナインの四大群島の中でも最も自然に恵まれるというレファノス群島の内の浮遊島。緑に覆われた島々には数多の森が存在し、大小様々な鳥類が飛び交っているのが遠目で見てとれた。





 そして、碧の空域の四つの島の一つ、エリーヴ島にソラ達は降り立つ。


 木々が生い茂る森の中、民家一つ見当たらないこの島の中央に、碧の空域の拠点である城塞がそびえ立っていた。また、その周囲には数十振りのソードが並び立っている。


 黄もしくは蒼のいずれかを基調としたカラーリングに羽根の兜飾りクレストを着けたソード。それはレファノス王国の主力量産剣であるマインゴーシュである。


 背部に細身の刀身である四本の推進刃を備え、流線的なフォルムが特徴ながら厚めの体躯を持つ比較的重装甲な騎体。その左胸には〈因果の鮮血〉であることを示す血滴を抽象的に描いた紋章が刻まれていた。


 すると一振りのマインゴーシュの前に、レファノスの民の特徴である栗色の髪と翡翠色の瞳を持った一人の壮年の騎士が立っている。


 壮年の騎士は赤い騎士制服と騎装衣を纏い、その制服の左胸にはマインゴーシュと同じように、〈因果の鮮血〉であることを示す血滴の紋章が刻まれていた。


 それからヨクハ達は城塞の前にソードを降ろす。そして全員がソードから降りてその騎士の前に立った。


「お初にお目にかかります。私は〈因果の鮮血〉、碧の空域守護騎士隊長のニコラ=フォゲットと申します。此度の、第九騎士師団〈不壊ふえから〉の襲撃情報提供と助力の申し出、レファノス王国国王にして〈因果の鮮血〉団長ルキゥール=ギオ=レファノスに変わり、感謝の意をお伝え致します」


 ヨクハ達を目にし、剣を胸の前に立てた剣礼をし、堅苦しく挨拶をするニコラという名の騎士。


「なに、こちらも今〈因果の鮮血〉の戦力が削られるのは困るのでな、礼には及ばん……ところで」


 ヨクハは周囲を見渡しながらニコラに尋ねる。


「今回の防衛戦、〈因果の鮮血〉側はどれ程の戦力を用意した?」


「はい、それが……マインゴーシュ約五十振り程です」


 その返答に、ヨクハは耳を疑った。


「たった五十振りじゃと? 一個師団の戦力はソード約二百振り程じゃぞ、ルキの奴は何を考えておる? この拠点を守る気があるのか?」


 そんなヨクハの憤りに、ニコラは口ごもりながら返す。


「ルキゥール陛下は『ヨクハ殿からの情報を鵜呑みにして本国の守りを手薄にする訳にはいかない、まあもしもの事があってもヨクハ殿に任せておけば何とかなる』だそうです」


「あんの阿呆! 適当というか、他力本願にも程があるじゃろう」


 拳を握りしめて憤るヨクハを見て、ソラは不思議そうにヨクハを見た。


「あの、〈因果の鮮血〉の団長……というかレファノス王国の国王とヨクハ団長は知り合いなのか?」


「ん、まあな。この騎士団を結成し、レファノス王国とメルグレイン王国と同盟関係を結ぶにあたり、色々とあってな……まあそれ以前にも――」


 ヨクハがそう呟いた瞬間――


「ニコラ隊長、碧の空域に接近する多数の騎影を確認、エリギウス帝国直属〈不壊ふえから〉のソードです! 本当に来ました!」


 城塞から突然焦ったように報告をしに来る〈因果の鮮血〉の騎士。本拠地城塞に設置された探知器にて、伝令員が敵の接近を確認したからだ。


「人の話の腰を折るとは無粋な連中じゃのう」


 直後、ヨクハは嘆息しながらそう言うと、己の愛刀ムラクモを見上げる。

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