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第26話 己の中の矛盾

 みどりの空域を抜け、生き残った騎士が操刃する二騎のタルワールを引き連れ、〈不壊ふえから〉副師団長であるアールシュ=デュラルは自身が操刃するタルワールの中で、操刃柄そうじんづかを力一杯握りしめ、歯を軋ませていた。


 ――まさか、本当にたった七騎のソードに、五十騎近いタルワールから成る我が部隊が壊滅させられるとは。


 そして敗北の不甲斐なさからか、アールシュは晶板を殴りつけた。


「聖衣騎士が三人も、そして一人一人の並外れた強さ……一体何だというのだ、あの騎士団は!」





 時刻は夕刻。


 そこはエリーヴ島、レファノス王国の拠点の一つである城塞の格納庫には〈因果の鮮血〉のソードであるマインゴーシュが並び、第九騎士師団〈不壊ふえから〉の先遣隊との戦闘を終えたヨクハ達騎士団のソードもまたそこに並び、〈因果の鮮血〉の錬器匠れんきしょう達の整備を受けていた。


「カナフ、エイラリィ、ニコラ殿の言葉に甘え、整備は任せたらどうじゃ?」


「そうだよカナフさん、エイラ、いつ〈不壊ふえから〉の本隊が襲ってくるか分からないんだから少しでも休んでおいた方がいいと思うよ」


 〈因果の鮮血〉の錬器匠れんきしょうに混じり、タルワールの整備を行うカナフと、カーテナを操刃し、竜殲術りゅうせんじゅつ癒掌いやしのて〉による修復をデゼルのベリサルダとシーベットのスクラマサクスに施すエイラリィに、ヨクハとプルームが声を掛けた。


「いや、シオンさんには及ばないが、俺はこれでも鍛冶かぬちのはしくれでもある。自分のソードの整備くらいは自分で出来る」


「〈癒掌いやしのて〉で修復出来る損傷には限度があります。傷は浅い内に治しておかないと」


 しかし、カナフとエイラリィは、ヨクハとプルームの提言をぶっきらぼうに断った。


「やれやれ、生真面目な奴らじゃのう」


「もう、本当だよ」


 すると、自分の愛刀であるベリサルダに両掌を添え、淡く青白い光を発しながら修復を続けるエイラリィのカーテナを見上げつつ、デゼルが後頭部を掻く。


「いつもありがとう、僕いつもソードを傷付けちゃうから、エイラリィにはお世話かけっぱなしだね」


「いえ、これは私の役目ですから。それにデゼルは、前線で体を張って皆の盾になってくれているんです、気にする必要なんてありません」


 そんなエイラリィとデゼルのやり取りを見ていたソラが、目を丸くして二人の間に割って入った。


「へえ、エイラリィちゃんも他人にそんな優しい言葉かけることがあるんだな」


「人を冷血人間みたいに言わないでください。それに私に優しくされたかったらもっと信頼を得てくださいね」


「長く険しそうな道のりだなあ」


 ソラは肩を落しながら嘆息すると、エイラリィが操刃するカーテナの、両掌から発せられる青白い光に視線を向ける。


「それにしてもエイラリィちゃんの竜殲術りゅうせんじゅつ、ソードを操刃中に使うとソードの修復まで出来るんだな、滅茶苦茶便利だなそれ」


 ソードには、竜殲術拡張変換器能が備わっている為、聖衣騎士がソード操刃時に竜殲術を使用するとその器能の効果によって、術の力がソード大に拡張され、更には能力がソード仕様のものに変換される。その為エイラリィの〈癒掌いやしのて〉の場合、生身であれば人間の傷の治癒を、ソード操刃時であればソードの損傷部を修復するという効果があるのだ。


 するとカナフが珍しく他人を褒めるような言葉を投げかける。聖霊騎装の追加や変更、騎体の最終調整等の整備関係はシオンと自分で主にやっているが、騎体の修理関係はいつもエイラリィの世話になっていて、この騎士団には無くてはならない存在なのだと。


「……いえ、別にそんなことはありません」


 すると、エイラリィの貢献を認めるようなカナフの言葉に、僅かに沈んだ声で、エイラリィは呟いた。


 直後、シーベットがソラの顔をまじまじと覗き込む。


「皆こうやって騎士の仕事以外にもちゃんと役割をこなしているというのに、お前は特に何もしてないな新入り」


「いや今ちゃんと模索中だから、シバさんのもふもふ担当とか」


「馬鹿も休み休み言え」


「それはただのご褒美ではないか」


 そんなソラの発言に呆れたように返すシーベットとシバ。しかし、役割をちゃんと模索しているという言葉に対し、ヨクハは不思議そうに首をひねった。


「そういえばソラ、お主この騎士団には仮入団中ではなかったか? 遂に腹を決めて正式に入団する気にでもなったか?」


 その指摘にソラはハッとしながら、心の中で自問する。


 ――俺、この騎士団には腰掛けで入団して、チャンスがあれば〈因果の鮮血〉に入団しようなんて思ってたのに……何で俺、今〈因果の鮮血〉の拠点にいるよな?


 しかし、自分の中に孕んだ矛盾を、ソラは理解出来ずにいた。





 ディナイン群島、アーグラ島。〈不壊ふえから〉本拠地城塞の玉座の間。玉座に座る〈不壊ふえから〉師団長カチュア=オーディ―の前に片膝を付き、戦況の報告を行うアールシュは、顔中に冷や汗をかき、声を震わせていた。


「ええ、敗走の報告は既に聞いていますよ」


 笑顔のまま、穏やかな声で返すカチュアの顔を、アールシュは一度も見る事が出来ずにいた。


「顔を上げてくださいアールシュ」


 カチュアの言葉に、恐る恐る顔を上げるアールシュ。カチュアの顔はいつも通り、穏やかな笑顔であった。


 するとカチュアはゆっくりと玉座から腰を上げ、それを見たアールシュは自分の意思とは裏腹に後方に尻餅を着いた。そしてゆっくりとカチュアはアールシュに近付いてくる。


 アールシュは咄嗟に前のめりになり、頭を地面に擦り付けた。


「申し訳ありません。今回の敗走は全て私の責任です。しかし〈因果の鮮血〉とは別と思わしき騎士団に、聖衣騎士が三人もおりました」


「へえ、聖衣騎士が三人も! それは凄いですね」


「で、ですのでどうか慈悲を、この残った隻眼せきがんだけは何卒」


 土下座をしながら肩を震わせ、両手で健常な左眼を守るような姿勢のアールシュ。そんなアールシュにカチュアは肩に手を乗せた。


「そんなに怖がらなくても残った眼を抉るようなことしませんよ私、こないだのは冗談です」


「え?」


「アールシュはよくやってくれました。相手の正確な戦力も分からず敵地に攻め込ませた私の責任もあります」


「か、カチュア師団長」


 カチュアの慰めるような言葉を聞き、アールシュはゆっくりと身体を起こす。


「でも、それはそれ、これはこれです」


 次の瞬間、アールシュは腹部に激痛と、生暖かい何かが涌き出てくるような感覚があり、そこへ視線を送ると、カチュアが握る剣が突き刺さっていることに気付く。


「あっ、がっ……あっ」


 口から血を噴出させ、苦痛に顔を歪ませるアールシュの顔を見て、カチュアの表情は穏やかな笑顔から恍惚の表情へと変わった。


「ああ、何て痛そう、何て苦しそう、教えてアールシュ、その苦痛はどれ程のものなの? どういう感じ? 一言一句漏らさず私に教えて」


 声にならない苦痛を漏らし続けるアールシュを見て、カチュアは剣の刀身を左右に捻り、それによりアールシュは激しく叫びを上げる。


「ああ凄い、今までで一番痛みを共感出来そうよアールシュ」


 舌なめずりをしながら狂気と恍惚に塗れた表情を浮かべるカチュア。


 やがてアールシュから漏れる声は消え失せ、両手はだらりと垂れさがった。


「ああ、何て可哀想なアールシュ……もう痛みを味わう事が出来ないなんて」


 カチュアは事切れたアールシュの腹部から剣を抜き、床に倒れ込むアールシュを見て、哀しそうに両手で顔を覆った。





 日が登り、カチュアは城塞のソード格納庫にて、一振りのソードの操刃室に座る。


 両手で握り締めた操刃柄そうじんづかから聖霊石を通り、刃力が供給され、ソードの双眸そうぼうが輝き、騎体が起動する。


 黄色を基調としたカラーリング、背部の四枚の推進刃すいしんじんは幅広く短い刀身、兜飾りクレストは額に埋め込まれた宝玉、右の腰部に備えられた砲身が背部に収納され、左前腕部に装着された盾には砲身のような盾付属型聖霊騎装が装備されていた。


 宝剣ジャマダハル、カチュア=オーディ―専用の愛騎であった。


「さあ、今度は私も知ることが出来るかしら、本物の苦痛を」


 カチュアは笑顔で舌なめずりをしながら、放出される粒子が形成する金色の騎装衣を纏ったジャマダハルを飛翔させ、天井が開いた格納庫から蒼空へ飛び出し、それに続き約百五十騎のタルワールが飛び出した。

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