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第27話 拒絶の殻

 先遣隊との戦いから翌日、ヨクハ達はエリーヴ島を中心にして戦闘配置へと付いていた。


 夜戦となればエリーヴ島本拠地の伝令員から直に探知支援や視覚支援を受けられる防衛側が有利、であれば夜が明けてすぐに本隊が攻めて来くることは容易に予想出来ていたからだ。


そして実際に、多数の騎影の接近が既に確認されていた。


 パルナからの報告では敵の数は約百五十。一個師団のソードの数を約二百程だと考えるならば、先遣隊約五十の戦力を抜かした一個師団の総戦力である。


 そして先頭には金色の粒子を放出させるソード、つまりは聖衣騎士の存在も確認されている。間違いなく〈不壊ふえから〉の本隊であった。


「貴様は第九騎士師団〈不壊ふえから〉の師団長カチュア=オーディーで間違いはないな」


 すぐにみどりの空域へと到達する〈不壊ふえから〉本隊。ヨクハはカチュアの操刃するジャマダハルに伝映と伝声をした。


『はいその通りですが、あなたは〈因果の鮮血〉の騎士……ではありませんよね?』


 カチュアはヨクハの操刃するムラクモの胸部に、〈因果の鮮血〉のソードであることを象徴する血滴の紋章が刻まれていないことに気付き指摘した。


「わしらはレファノス王国とメルグレイン王国と同盟を結ぶ、まだ名も無き騎士団じゃ。わしは団長のヨクハ=ホウリュウイン、此度は義によって〈因果の鮮血〉を助太刀する」


『あら、名も無き小さな騎士団とはいえ、聖衣騎士を三人も擁している騎士団の団長さんが蒼衣騎士さんだなんて……そんな意味不明な騎士団のせいで優秀な副師団長のアールシュさんがお亡くなりになったのですよ、責任は取ってもらいますからね』


 副師団長のアールシュが死んだというカチュアの発言に、〈不壊ふえから〉の副師団長は撤退し生きて帰陣したはずだ、とヨクハは首を傾げて返す。


『ええ、でも彼には敗走の責任がありますから、少しだけ痛みを与えようと思って拷問をしたら、いつの間にかお亡くなりになってしまって……全部あなた方のせいですよ』


 穏やかな声色のまま、狂気に満ちた責任転嫁をしてみせるカチュアであったが、ヨクハは怯む様子も無く言い放つ。


「聞きしに勝る外道ぶり、じゃが敵が貴様のような奴の方がこちらも非情に徹せて助かる」


 瞬間、ヨクハの後方から稲妻を纏った光矢が高速で飛来し、カチュアの操刃するジャマダハルの頭部に直撃。エリーヴ島の森に潜む、カナフのタルワールからの、狙撃型刃力弓クスィフ・スナイプアローによる一撃だった。


 更に後方に仰け反るジャマダハルの背後に回っていたシーベットのスクラマサクスが、逆手に持った刃力剣クスィフ・ブレイドをジャマダハルの鎧胸部がいきょうぶへと突き立てた。


「大将首がうかつに前に出るとは大した自信じゃが、こちらの騎士達を甘く見たな」


 ヨクハが勝利を確信したように言い放った直後、ヨクハは違和感に気付く。頭部を撃ち抜いたはずのジャマダハルの騎体が落下せず、空中に制止したままであるということ、そして鎧胸部がいきょうぶに突き立てたはずのスクラマサクスの刃が通っていないこと、そしてジャマダハルの額に剣の紋章が淡く輝いている事にである。


『何だこのソードの装甲……刃が通らない』


 想定外の事態に、歯噛みしながらシーベットはスクラマサクスをジャマダハルから離れさせた。


『あら、いきなり不意打ちとは酷いですね……あ、でもいきなり攻撃するから不意打ちって言うんですよね』


 攻撃を受けた筈のカチュアのジャマダハルの額と胸部、そこには一切の傷も付いていなかった。


『今だ、一斉に放て!』


 続いて、ニコラが〈因果の鮮血〉の騎士達に一斉射撃の合図をし、エリーヴ島の森に潜む狙撃騎士と、空中に浮遊する射術騎士達が操刃するマインゴーシュから一斉に光矢が放たれ、次々とジャマダハルに直撃し、爆炎を巻き起こさせた。


 すると直後、その爆煙の中から追尾式炸裂弾アーティファクトが無数に射出され、その直撃を受けたタルワールが次々と撃墜されていく。


『くっ!』


 追尾式炸裂弾アーティファクトの被弾は回避しつつも、巻き起こる爆炎と舞い上がる土に怯むカナフ。


 そしてジャマダハルに放たれた光矢で起きた爆煙が晴れ、そこには無傷の状態のジャマダハルが浮遊し、その額には再び剣の紋章が淡く輝いていた。


『また知る事が出来ないのね、痛みを』


「嘘だろ、攻撃が効かないのか?」


 攻撃が直撃してなお、無傷。その在り得べからざる光景に、ソラは驚愕するしかなかった。


 しかし、そんなソラを余所に、ヨクハは至極冷静にカチュアのジャマダハルに視線を送っていた。


「硬化……それが貴様の能力か」


『あら、ご名答』


「しかも初撃の光矢に反応した素振りが無かったというのに能力が発動していた所を見ると、どうやら自動発動型の竜殲術りゅうせんじゅつということじゃな」


 ヨクハの指摘に、カチュアは拍手で応えてみせた。


『お嬢さんはとっても冷静で鋭いのね、正解よ、この竜殲術りゅうせんじゅつ硬身きょぜつのから〉はね、私が物心付いた頃から備わっていた能力なの』


「ほう」


『転んでも、叩かれても、自分で自分を傷付けても、勝手に発動するから私は痛みというものを知らないの……自分の痛みを知らないから他人の痛みも解らない、だから想像する事しか出来ない。他者の悲鳴を聞いて、他者の苦痛に歪む顔を見て、痛みってこういう感じなのかしらって、こういう気持ちなのかしらって』


 ヨクハ達ソードの操刃室、その晶板に映し出されるカチュアの表情、破顔に灯るは狂気そのものであった。


『だから私に痛みを教えて! 悲鳴で、苦痛の表情で、私に痛みを想像させてちょうだい』


 言いながらカチュアは舌舐めずりをし、ジャマダハルの腰の鞘から刃力剣クスィフ・ブレイドを抜く。


 するとそれを見て、ヨクハは失望したように小さく溜息を漏らした。


「興が冷めた、無傷の騎士というからどんな奴かと思っておったが何のことはない、竜殲術りゅうせんじゅつ頼りの二流騎士、しかも狂人ときておる。貴様とは戦っても面白くなさそうじゃ」


『あら、じゃあどうするのかしら? 無条件で降伏してここの拠点を明け渡すつもり?』


「馬鹿をぬかせ、わしはここの守護騎士隊長達と共に〈不壊ふえから〉の戦力を殲滅する、そして貴様はわしの騎士団の騎士が討ち取る」


『あらあら、大きく出たわね』


 一方、ヨクハのその言葉に、ソラは自分の耳を疑った。


「あのう団長、こんなやばい奴俺達に押し付けてまた自分は戦わない気かな?」


『ワシが出たらあっという間に終わってしまうからのう、それではお主達が成長せんじゃろ』


「またすぐそういう冗談を……つーかあいつどんな攻撃も一切通用しないんだぞ、どうやって討ち取れって言うんだよ」


 カチュアの恐るべき能力を目の当たりにした事で怯むソラに対し、「阿呆」と呆れたように呟くヨクハ。そして、竜殲術に“どんなものでも”などという都合の良い能力は存在せず、カチュアの攻撃とてどんなものでも防げる訳では無い。単に硬化能力を超える攻撃をしていないからダメージを与えられていないだけなのだと続けた。


「えっと……つまりどうしろと?」


『それは自分達で考えろ』


 そう冷たくソラに返すと、ヨクハのムラクモはエリーヴ島の城塞へ向かい飛び立った。


「この薄情者!」


 直後、カチュアはジャマダハルを上空に上昇させ、下降と共にソラのカレトヴルッフに斬り掛かる。


『それでは、そろそろ行かせてもらいますね』


 それを皮切りに、待機していた〈不壊ふえから〉のタルワールが、エリーヴ島の城塞を目指し、空から一斉に突撃を開始した。

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