——船での事件が解決してから一日経った。あの後は何もなく、クイーン・メイリー号は無事に合衆国に到着した。
合衆国最大の都市——
「それでは、良い旅を」
「ありがとう」
入国審査を無事にパスし、フローレンスと合流する。
「ようやく合衆国に到着しましたね」
「ああ」
『世界最高の生活水準』
そんなことを大々的に謳った看板がでかでかと掲げられている。
空まで伸びるビル群、道にごった返すフォード自動車……その全てが合衆国の繁栄を表している。街中には砂埃が舞っており、私の肺を少し刺激する。
「噂に聞いていましたが、凄まじい発展具合ですね……」
「ここまで摩天楼は見たことがない……連合王国が田舎に見えるよ」
そんなニューヨークの光景を見つめていると、空腹感が突如として襲ってきた。
「さて、ここらで昼食にしないか?」
「賛成です。少し歩き疲れました……」
私達は近くにあるダイナーと呼ばれる形式の店に入った。合衆国では「ハンバーガー」という料理が人気であると聞いたのでそれを頼むことにした。ちょうどこのダイナーの人気メニューらしい。
ダイナーに設置されているテレビで取り上げられているのはやはり「大統領選」に関する出来事のようで、キャスターがそれぞれの候補に関する情報を伝えている。置いてある新聞にはベーブ・ルースの活躍が一面に取り上げられている。
「……これは、食べ物なのでしょうか?」
「……おそらく」
今二人の目の前に提供されているものがおそらくハンバーガーと呼ばれるもののはずだ。
圧倒的ボリューム——この言葉に尽きる料理である。私の拳二個分以上の大きさはあるのではないのだろうか。
「このままかじりつくのが正しい食べ方なのでしょうか?」
「……多分」
早速一口目を食べてみる。今までに味わったことがないほどに濃いケチャップと肉汁が、口にあふれる。レタスとトマトのみずみずしさと肉の存在感が程よいバランスを保っており、それを全て包むかのようにパンがある。
「美味しい……!」
「確かに美味しいです!……美味しいですけど……(体重が)」
フローレンスは口をモゴモゴさせ、複雑そうな表情をする。
「ん?何か言った?」
「いいえ、なんでもないですよ。それより、この後の予定はどうなっていますか?」
「昼食のあとは、予め契約してあるアパートに行こう。ホテルを取ることも考えたが、どの程度滞在するのか不透明だからね」
「あぁ!?」
見慣れない食べ物を楽しんでいた所、遠くの席で怒声が飛んできた。
「てめぇ、こっちが下手に出ているから調子に乗りやがって、いい加減にしろよ!!」
若い男は机を叩き立ち上がる。
「あぁん?テメーこそ、誰に口利いてんだよ?」
無精髭の男が対抗して立ち上がる。
「お前のファミリーの所の酒をこっちに譲らねえなら、俺等にも考えがあるからな?」
「だから、上の意向で無理だって言ってんだろ!!」
「これ、ちょっと危ないんじゃないか……?」
「同意です。何時でも脱出できるようにしておきましょう」
合衆国は他国よりも銃社会の色が強いと聞いている。なにも起こらないと良いのだが……
「チッ」
無精髭の男は大きく舌打ちをした後、何かを若い男に突きつける。
「ここで死ぬか、酒をよこすか、選べ」
「……上等だよ」
その瞬間、若い男が取り出したものと、無精髭の男が持っているものが何かハッキリと認識できた——拳銃だ。
パァン!と乾いた発砲音がダイナーの和やかな空気を引き裂いた。同時に周辺の席から数名の人間が飛び出る。ここで銃撃戦を始めるつもりなのかもしれない。
「フローレンス、逃げるぞ!」
「はい……!」
姿勢を低くして、ガラス製の扉から店を出る。その間にも逃げ惑う人々の悲鳴と、拳銃の発砲音は雨のように絶えず鳴っている。地獄絵図とはまさにこのことを指すのだろう。
「なるべく遠くへ逃げよう」
そう思い、ダイナー前の路上に出ると、黒塗りの車が複数停まっていることに気づいた。そこからスーツ姿の男が何人も体を乗り出している。あのギャングたちが応援を呼んでいた、と解釈するべきであろう。どう見ても警察の格好には見えない。
……まずい、このままだと銃撃戦が拡大して、こちらにも被害が出かねない。
「教授、ここを遮蔽物にして一度止まりましょう」
たまたま手前にあった店の生け垣に隠れる。
「ああ」
頭を下げ、フローレンスと声を落として話す。
「ここからどう脱出する?正面と後方にそれぞれギャングらしき人間がいるが」
「……そうですね、ここは道路の方面に正面突破するのが手かと」
「そう思う根拠は?」
「まず、店内は既に銃撃戦が繰り広げられています。仮に店に戻って別のルートから脱出するとなると、危険度は跳ね上がります。一方、正面の道路はまだ武力衝突は起きておらず、彼らも体制が万全とは言えません。ならばその隙に突破した方が生存率は高まると思います」
「分かった、その作戦でいこう。五秒後に一斉にダッシュだ」
「分かりました。五、四、三、二……」
「一! 今です!」
一直線に道路を目指す。スーツの男達は突然の出来事で対応できずに戸惑っている。
「な、何だ?」
混乱している隙に彼らが居座っていた道路の横断をすることができた。このまま速度を落とさずに走り抜ける。
「分からん!『ジュリエット』の連中の可能性もある!すぐに叩け!」
一人が指示をすると、他のスーツらは一斉に銃を構えだす。
「次の角を右に!その次は左!」
「はい!」
追跡から逃れるには角を使って視界から消える方法が一番手っ取り早い。
「待て!!」
キャデラックに乗って来たスーツは片手にトンプソンを構えている。
——トンプソン、十五年戦争での戦況打破を目的に作られたものの、量産が始まった頃には終戦しており、ギャングなどの武装組織へ流れていると聞いた。
「嘘だろ!?」
「死ねえッ!」
容赦なく銃口をこちらに向け、発砲してくる。連続する銃声が鼓膜を震わせ、底しれぬ恐怖が背後から迫っているのを感じる。
「
路地裏から誰かが呼んでいるのが聞こえる。
「うッ……」
瞬間——頭に強い稲妻が走り、思考が中断される。同時に左半身に強い痛覚が襲ってくる。今まで味わったことがない痛みで、少しよろめく。どうやら左肩を銃弾がかすめたようだ。
左肩にじんわりとした温かさを感じる。出血しているのだろうか。
「はやく!こっちに!」
その声のする路地裏に飛び込めば追跡から逃れられるかもしれない。
「フローレンス、こっちだ!こっちへ行こ、う……!」
意識が朦朧としながら、私はその声に賭けることにした。