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第7話:事件解決とカクテル②

 天秤は金の方に傾く——ことはなく、

「おお、これは不思議だ。フローレンス君の話の通りではなくなった」

「……!」


「きっとこれは秤が壊れているからに違いない!そうだろ?」

 必死に弁明を試みる。

「……なるほど」

 どうやらフローレンスは今の「手品」でトリックが分かったようだ。やはり彼女は優秀だ。


「今回の盗難事件は確かに『何も盗まれていない』です」


「だから……!」


 エビルが何か言おうとするが、その前にフローレンスが指摘する。


「なぜならエビル氏が盗まれたと主張するのはこの『金の延べ棒』だからですね!」

 フローレンスは一本だけの銀の延べ棒を高らかに掲げる。

「何を言っているんだね!?これが金に見えるのか!? 実際にあのバトラーは銀だと言っていただろう!!」

 怒鳴り散らすエビル。血走った目はフローレンスを睨んでいる。

「そんなの簡単にごまかせます」

「ほう?」

「この部屋から腐卵臭がしたことがある、とバトラーさんは仰っていましたね」

「ええ、そうでございます」

 バトラーが頷く。

「腐卵臭がする気体で一番有名なものは硫化水素もとい、『硫黄』でしょう。元素記号S。原子番号は16、周期表の位置は16族、原子量、32.06……」

 まずい、フローレンスが無意識に解説モードに入ろうとしている

「そ、それでフローレンス君、その『硫黄』がどう関わっているか教えてくれるかい?」


「……そうでした。失礼。……硫黄はあることに使えます」

 コホン、と一度咳をしてから、本題に話を戻す。

「なんだね?」

 ムスッとしながらエビルは質問する。

「メッキを剥がす作業です」

「それが何になるんだ?」

「あなたはこの金の延べ棒を銀でメッキ加工して、船内に持ち込みました。そしてこの数日の間に持っている金の延べ棒のメッキを剥がそうとしましたが、全部はできなかった……だから一個だけ余ったのでしょう?」

「……」

 エビルは黙って聞いている。

「このまま硫黄を使おうとしたが、緊急事態が発生した……何らかの原因で硫化水素が発生したんです。おそらく、使った硫黄を下水管にでも流したのでしょう。下水管は硫化水素が発生する可能性がありますからね。……その匂いに異変を感じた人々が部屋を調べ始めたら困る。なので硫黄での方針はやめて、別の形をとった」


「それはどんなものなんだい?」

 白々しく訊いてみる。なんとなく答えの想定はついているが。


「清掃用のアンモニア水とオキシドール、過酸化水素を使ったものです」


「この二つも急激にメッキを剥がすことができますからね。……実際に盗まれているんですよね?」

 清掃員に話を振る。

「ええ」


「もし、この部屋から盗まれた二つが見つかれば、それは重大な証拠になります」

「はっ、どうだかな」


「どちらにしろ、この船の中で銀を金にする方法は見つかっています。この銀の延べ棒に加工をすれば、金の延べ棒だと証明できるはずです……まだやりますか?」


「うぐっ……」


「今回の盗難事件の犯人は、あなた! エビル氏です!!」


 ビシッと指を差すフローレンス。この子、ちょっと楽しくなってきてるんじゃないかな。


「……チッ、ああ、そうだ。確かに私は金の延べ棒を銀に偽装した。……実に見事だ」

 暫く黙り込んでから、張り付いた笑顔を見せ、こう話す。

「……さて、皆さんこれで【私のジョーク】は終わりです。いやはや、皆さんをお騒がせしてしまい申し訳ない。訴訟も記事もジョークですよ。小さな探偵さんにはお世話になりました」

 ヘコヘコしながら、退出しようとするエビル。


 なるほど、これはでっちあげた事件ではなく、「ジョーク」として押し通すつもりなのだろうか。実に往生際が悪い社長だ。たしかにで罪にすることは難しい。しかし、彼は別の所で「重大な犯罪」を犯している。なので逮捕は逃れられない。


「エビル氏、貴方は逮捕される」

「なにを言っているかわからないな、私はこの船での生活を盛り上げようとしただけだ」

「いや、

「なんだね? 私は何も法に触れることはしていないぞ!!」

「フローレンス、彼の罪状を当ててみてくれ」

「え?……」

 フローレンスは顎に手を当て、周辺のものを観察する。そしてすぐに分かったようで、ぼそっと呟く。




「……金輸出禁止令Gold Export Prohibition Order


「正解!」


「エビル氏、乗船する時から金の延べ棒を、銀の延べ棒として申請しましたか?」

「ん?まあそうですな、こののためなら税関職員の目も欺かないとなりませんから」

 急に丁寧語を使い出したエビルに対して少々の不快感を覚えつつも指摘する。

「……それ、重大な犯罪ですよ」

「はぁ? ……その金輸出なんちゃらなど知りませんぞ?」

 こんな事を言っているが、彼は海運業の重役である。輸出入に関する法律を知らないとは、部下の苦労が思いやられる。


 ため息を付いた後、呆れた様子でフローレンスが解説を始める。

「……先の十五年戦争での戦時立法です。金輸出を禁止しているものですよ」


 十五年戦争とは、大陸の方で起きた長期、複数の戦争のことを指す。およそ四〇年前に、第二帝国と人民共和国連邦が形成されたことが発端である。これに伴い、我々連合王国と革命共和国は連合国として、第二帝国と人民共和国連邦と戦争を繰り広げた。周辺諸国も巻き込む可能性があったが、外交努力により回避された。下手したら「総力戦」と呼ばれる事態になっていたことも指摘されている。


「十五年戦争などとっくの昔に終わっただろう?」


「ええ、そうです。……しかし最近、金本位制法Gold Standard Actの導入で、金輸出禁止令は延長されたんですよ。銀や絵画、宝石類は制限を受けませんけどね。……というか、そもそも出国時に所持品を偽って申告している時点で違法ですよ」


 一番最初にエビルがトランクの中身を見せた時、一部の添乗員は気づいていた。金本位制のこの社会では、金を国外に持ち出すというのは、国益を損なうこととイコールに等しい。だからどこの国でも金密輸は重罰が設定されている。


「そ、んな……」

 顔面蒼白になるエビル。


「というわけでエビル殿、合衆国に到着するまでこちらで勾留させていただきますぞ」

 ウェールはぽん、とエビルの肩を叩く。

「……」

 エビルは何も言わずに、ウェールとともに部屋から出ていった。


——


「ようやく事後処理が終わった……」

 あの後、エビルを逮捕する証拠を揃えるための証言者として、取り調べを受けた。ウェールに「私の名前を出さない」という条件で協力した。

 ちなみに取り調べといっても警察署で受けるようなものではなく、ラウンジの中で落ち着いた雰囲気で行われた。しかし、結局ディナーの時間には間に合わず絶品料理を堪能することは叶わなかった。これをウェールに言ったら「後で必ず、埋め合わせを致しますので」と言ってくれた。ありがとう、ウェール。


「お疲れ様です。……まさか、金をわざわざ銀に偽装するとは思いませんでした」

「私もそんな非常識な手を使うとは思わなかったよ。だから自信があったのかもしれないな」


 あの後、エビルが持っていた銀の延べ棒を擦ると、金色の部分が出てきた。鑑定士によると正真正銘の金らしい。


「……ちなみに君はなぜここに?」

 今はレストランは開いていないため船内のバーに行った所、たまたまフローレンスと会ったので席を共にしている。

「一人でお酒を嗜んではだめですか?」

「……そういえば君は飲酒ができる年齢だったな。忘れてたよ」

「それってどういう意味ですか?」

 正直言って、教職員から彼女を見ていたため、どうしても子供扱いしするがある。余計な一言だったのを後悔しながら、なんとかフォローする。

「……若々しいってことだ。……それより、その酒は?」

「試作品ということで頂きました。白ワインとカシスリキュールを使って混ぜたお酒カクテルみたいです。程よい甘さで美味しいですよ」

「いいね、私も何か頂こうかな。合衆国では禁酒法下と聞くし」

「禁酒法ってまだ続いていたんですね」

「ああ、前に洋上新聞で読んだんだよ。なんでも今回の大統領選の争点になるとか」


「そうなんですね。……大統領選ですか。もしかしたら魔女探しの手がかりになるかもしれませんね」

「そうなの?」


 私は前にフローレンスと三ページを見て以来、一度も開いていない。フローレンスに預けていたというのもあるが、単純にヒントを見るのが面倒だったからだ。


「四、五ページ目に『正義は二つ、椅子は一つ』と。もしかしたら大統領選のことでは?」

 二本指を立てた後、人差し指だけ立てながら、フローレンスは説明する。


 ……ヒントの内容がやけに抽象的な言い回しなのが気になるが、可能性は高いだろう。合衆国も二大政党制だったはずだ。『正義』というのが、二大政党を指しているのかもしれない。

「あり得るな……よし、では合衆国に着いたら大統領選をメインに調べよう」

「そうですね……ちなみに、何を飲むのか決めました?」

「そうだな……マスター、ニューヨークを一杯」

「畏まりました」

 恭しく対応するマスターから、横に座っているフローレンスに視線を戻す。

「ニューヨーク……合衆国の地名にありましたね」

「軽い願掛けだよ。お師匠が見つかりますように、ってね」


 夜は更けていて、窓の外には上弦の月が一つ出ていた。



——

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